第10話 ソロ嫌いのドロシー・ワーク

 強いやつの後ろにいれば、楽に稼げる――、

 そう思っていた数時間前のあたしを殴ってやりたいね。


 世界に七人しかいない【特級】冒険者のその一人、世界中に散らばる『属性特化』の魔女の上に立つ、魔女使いの魔法使い……、


 そんなあいつがパーティ募集をしているって言うんだから、せっかくのこの手を取らない理由はなかった。


 他のやつらがあいつを無視し続けているのが少し気になったが、まあ、ランクの違いを気にしているのだろう。相手の強さに乗るにしても、合う合わないは確かにあるのだ。

 相性は大事だ。

 あたしもまずは、断られるつもりで、ダメ元で話しかけてみただけなんだからな。


「仲間に……? えっ、ええっっ!?」

「なんだよ、仲間を募集してるんだろ? じゃあ、あたしが乗ってやる」


「本当に……? 本当にわたしと一緒にクエストにいってくれるの!?」


「ああ……、やけに押しが強いな……。あたしに気を遣わなくていい、お前のやりたいクエストでいいぞ。あたしは基本的にあんたについていくだけだが、素材持ちくらいはしてやるからな」


 というか、あたしはそれが目的だ。

 特級ランクについていけば、ランクで弾かれてしまう危険地帯にも、足を踏み入れることができる。貴重な素材、貴重なアイテム……、にひひ、欠片でも欠陥品でも、高く売れる宝物がいくらでも眠っているからな。


「そっか……ありがとねっ! えっと、名前は……」

「それは秘密だ。助手、とでも呼んでくれればいい」


 有名人であるこいつの名は分かっている。

 不平等を不満に感じているのか、魔女使いの魔法使い・ドロシーは「教えてよー」とボディタッチのスキンシップが過剰だったが、あたしは頑なに教えなかった。


 名前を教えて得することはないからな。

 本当なら変装もするべきだが、さすがに見破られるだろう。一時的とは言え、パーティを組みたいと言っているのに顔を隠していれば、募集していても、こいつだって相手を選ぶだろう。

 疑われたら特級ドロシーを利用できない。


「……じゃあ、助手ちゃんでいいけど……気が向いたら教えてね」

「ああ、気が向いたらな」


「い、嫌だったらいいからね!? ほんとに、遠慮とかも全然しなくていいから! お腹空いてる? なにか食べる? わたしが奢るよ? だから帰らないでね!?」

 

 ……もしかしたら変装していても断られなかったかもな。



「腹は減ってない。とにかくクエストにいくぞ。素材が落ちてるところがいい」

「じゃあどうしよっか……火山とか?」


「いいじゃないか。火竜が落とす素材で荒稼……、こほん、最近じゃ火竜の子が町に下りて暴れてるらしいからな。火山周辺での餌が少なくなっているのかも」


「本当だ、助手ちゃんが言ったクエストが貼ってあるね」


 壁に貼られている数多のクエスト。高い位置にいけばいくほどランクが高くなる。

 ドロシーが魔法を使い、黒いローブをはためかせ、重力を無視した赤髪が肩よりも上へ――そして彼女の体が天井近くまで浮遊した。


 先行していたとんがり帽子にすぽっと頭がはまるように到着し、

 杖を向けると、ぺりぺりと依頼書が壁から剥がれていく。


 一枚の依頼書を指でつまんで、契約のキスマークを依頼書に押し、


「じゃ、このまま出発しよっか」

「このまま?」

 

 瞬間、ぞっとする浮遊感。あたしの足が、浮いて……っ!?


「待っ、あたしっ、火山へいくのになんの準備もしてなくて――」

 

 ドロシーが手をかざすと、天井が崩落していく……、落下する瓦礫が真下にいる冒険者たちを襲う寸前で、ぴたりと止まった。

 それから、ゆっくりと、崩落部分だけが巻き戻っていく……、砕いて散らばった破片が隙間なく綺麗に、元の場所へ戻っていく……。


 時間停止と遡行魔法。普通に扉から出ればいいものを……、

 高度な魔法はこいつが横着するためにあるんじゃないんだが……。


「価値観が違ぇ……」


 ぼそっと呟かれた一人の冒険者の言葉。

 ……だからなのか。


 ドロシーは、一人だった。


 ―――

 ――

 ―

 

 火山に辿り着いたあたしは案の定、暑さで脱水症状を起こしていた。

 最悪だ……、どさくさに紛れて、素材集めもできやしない……。


「大丈夫?」

「水……」

「水が欲しいの?」

「……弱くな?」


 さっきも水が欲しいと言ったら、滝かよ、と思うくらいの量の水が上から降ってきた。圧死するかと思ったぞ……っ、それで一回、気絶しているしな。

 心配してくれているし、親身になってあたしを助けようとしてくれているのは分かるが……、ドロシーのやり方にあたしが耐えられないのだ。


 どれだけ、こいつが優しくて仲間思いだとしても、それを受け取るあたしたちが弱ければ、支えられない。こいつの愛情は、あたしたちには重過ぎるのだ。


「……不憫なやつ」

「やだ……死んじゃやだよ、助手ちゃん!」


 どちらかと言えば、あんたの魔法で死にかけているんだけど、とは、さすがにあたしも言えなかったな。

 号泣じゃないか。……ったく、あたしなんて、即席で作った、今日限りのパーティだろうに。


 あたしのどこが気に入ったのかね……、あたしじゃなくても良かったのかもな。

 仲間がいてくれるだけで、こいつは満足なのだ。


「死なないでよ……、ねえ、わたし、強くなったよ……? 勉強して、修行を積んで、魔法を覚えて、何度も何度も、生きてる魔法に負けないように、従えてきたんだよ!?」

 

 そりゃすげえ。魔法使いでなければ、苦労も凄さも分からないけどな。


「弱いわたしを守って死んじゃう人をもう見たくないから――、だからわたしは強くなったのに……っ!」


 なのに。こいつは、強くなって――なり過ぎたがゆえに、仲間を寄せ付けなくなったのか……その強さが仲間を苦しめてしまう……、頑張れば頑張るほど、こいつは自分の首を絞めているのかよ……、でもさ、途中で気づけなかったのか?


 お前が強くなるのをやめれば、仲間だってできたかもしれないのに。


「でも、それじゃ守れない」

 

 ドロシーは言い切った。


 仲間が欲しい。

 強くなればなるほど仲間を苦しめてしまうけど――でも。


 仲間を守れる、『今』を選んだのだと。


 たとえ、今後一生、一人で生き続けるのだとしても――。

 遠くからでもいい、無関係でもいい、みんなを守れるなら満足だと――、



 本当に?


 それがお前の、本当の望みか?



「……そんなの……っ、友達が、欲しい……っ、仲間が、ほしぃ……ッ!


 わたしだって、背中を合わせて戦える、チームを作りだいッッッッ!!」



「泣くほどかよ……、汚ない顔だな……」

 

 それでも。


「漁夫の利どころか、美味しいところだけこそこそ盗んでいくあたしよりは、綺麗か」



 バカなことだって分かってる、立場を弁えろ、と。


 最低ランクが最高ランクにパーティを申請するなんて、笑われるどころか常識がないのかと、ドン引きされるようなことだ。……短時間だが、一緒にいて分かっただろ。ドロシーと一緒にいれば、命がいくつあっても足らない。

 それだけ、こいつが常に渡っていく道は、危険でいっぱいだ。


 それでもあたしは――、


「あんたが、気に入ったんだ」

「……じょ、助手ちゃん……」


「トト」

「へ?」



「あたしの名前はトトだ――もう、あたしはあんたの助手じゃないのよ。


 これからは対等だ……、だから気を遣うなよ、ドロシー?」



 色々なパーティを転々としていたあたしは、仲間がいるようでいて、基本的に一人きりだった。誰も信用しないし、期待しない……、利用してやるつもりだった。


 そんなあたしとは違い、ドロシーは逆だった。一人でいたくないけど、強過ぎるがゆえに一人でいることを余儀なくされた……、目的は違えど、あたしたちは互いに一人だったのだ。



 そんなあたしたちが、今日、こうして正式にパーティを組んだ――、


 もうあたしたちを、ひとりぼっちなやつ、だなんて、誰にも言わせない。

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