第9話 スキャンダル・スパイラル

 一年に一度、全世界を巻き込み、開かれるお祭りがある。

 七大国の内の一国を舞台とし、一週間に渡って七大国それぞれが持つエンタメを競合する、一年の集大成を披露する場でもあり、普段、そう会えない人物にコンタクトを取る場とも認識している者もいる。


 たとえば、国のトップである国王――ではなく。

 言い方は悪いが、客寄せパンダとして表舞台に立つことが多い国のお姫様だ。


 彼女たちはこの一週間に限り、護衛も手薄になる。

(もちろん彼女たちが一人きりで外を出歩くことはない。普段は数十人と周囲を囲う護衛が三、四人に絞られるだけだ)


 お姫様たちからすれば、一年の内に唯一、羽を伸ばせるイベントであり、普段は近づけない『お客様』と近くで接することができる場でもある。


 今年は『学びの国』が舞台となっている。あらゆる学問の基礎から、上級レベルの教育や、才能に依存する、先人が少ない未知の分野もここで開発されている――たとえば魔法。


 学びの国が代表するエンタメは、魔法使いによる魔法だった。



「ぷかぷか浮いているこの玉はなんなのですか?」


 お姫様が、宙に漂うそれを指でつつきながら、僕に訊ねる。


「それはシャボン玉ですね。姫様、あまり触ると……」


 言うのが遅かった。つんつんと突いていたら、シャボン玉が、ぱぁん、と割れた。

 音はなく、少しの水飛沫がかかるだけだが、中身を覗き込むように見ていたお姫様には衝撃が強かったらしい……、


「わわっ!?」とたたらを踏んで、僕の胸に飛び込んでくる。


「な、なんなのじゃ、あれは!?」

「だからシャボン玉で……、見たことありませんか?」


「し、知ってはおるが……、シャボン玉の中に広告映像が乗っておった……」

「へえ、魔法なんでしょうかね」


 だから姫様は、あんなにも覗き込んでいたのか。面白い広告だ。

 たぶん、僕たちのような外向けの広告だろう。

 見慣れていなければ絶対に見てしまう。


「あ、姫様、草履の鼻緒が切れていますよ」

「ど、どうするのだ……? もう一足は持っておらんが……」

「僕が持っていますので」


 こういう時のために、僕が連れてこられたのだと認識している。


 一週間、お姫様のお世話をする……、女の子に男の子をつける意図はもちろん戦闘になった時に対処できるように、だ。

 くノ一でも悪くはないが、やはり侍とは違う。

 くノ一は基本的に奇襲であり、侍は正面突破できる。守るにしても攻めるにしても。


 僕が困った時は、周囲に常駐しているくノ一が駆けつけてくれる手筈になっている。


 僕は袴の内側から草履を出し、


「姫様、足を上げてください」

「は、はい……」


 どうして敬語? 着物をたくし上げるが、必要ないのに。


「いえ、僕がたくし上げますので」

「いい、いい! 自分でやるから!」


 伸ばした手が、ぱしんっ、とはたかれた。


「こんなところを、誰かに見られでもしたら……」


「はぁーい、ばっちり見ちゃってまーす」


 そんな声が上から聞こえてくる。学びの国と呼ばれているが、実際は魔法の国だろう。

 優秀な学者、有名な研究員が多数いる国だが、やはり注目されるのは魔法使いだ。


 箒に乗って空を飛ぶ魔法使いは、動く人間監視カメラとも呼ばれている。結局、魔法が発達しても人力? と思わなくもないが、表向きそう言っているだけだろう。

 だって魔法人形による監視の目が、至るところに設置されてあるのだから、役目を被せる必要はない。


 エンタメを重視したパトロールがメインなのだろう。


「うげ」

「うげってなぁに?」


 草履をささっと履いた姫様が、僕の後ろに隠れる。着物を着るにあたって、締め付けているはずの胸の柔らかさが、僕の背中に伝わっているのですけど……。


 箒から飛び降りた少女が、僕の後ろに隠れる姫様に向かって、ぐいぐいと詰め寄ってくる。……あの、僕を柱にして追いかけっこをしないでくれますか?


「ひっどーい、一年ぶりに会うって言うのに、そこまで嫌わなくてもいいじゃん」

「あなた、苦手」


「小さい頃は一緒に遊んであげたのに」

「小さい頃の話でしょ」


 姫様と対等に話す目の前の魔法使いは、この国のお姫様だ。

 アクセサリーを体に多数つけ、イチゴパフェみたいな明るい衣服を纏っている。


 比べてうちのお姫様は、比べてしまえば地味だが、これが僕たちの国の桜をイメージした着物であり、最も明るく、張り切った衣装である。

 国の違いがこういうところではっきりとするのだ。


 すると、滅多に見れない姫様同士の会話を見たいがために、周囲にギャラリーが集まってきていた。まずい、とは思わない。一年に一度しか公共の場では共演しない七人の姫様たち……、こういう邂逅も、エンタメとして処理している。


 ファンからすれば推しカップリングがあるらしい。

 特に人気なのが、この場にいるお姫様の二人だ。


 ぐいぐい攻める性格の学びの国の姫と、

 おしとやかで生真面目な刀の国の姫――。


 きゃー、と悲鳴にも聞こえるが、実際は歓声が聞こえてくる。カメラを向けられ、にっと笑顔とピースを向けるのは、さすが学びの国のお姫様。自国ゆえに緊張していないみたいだ。

 まあ、性格もあるだろう……うちの姫様はそういうことができないタイプだし……と思っていたけど、姫様も小さく、ピースをギャラリーに向けている。

 笑顔は、ちょっとできていなかったけど、ファンサービスとしては充分かな。


 ――ピースされちゃったっ。

 ――お、俺に目線をくれたぞ!? 


 などと騒ぐギャラリーは、実物が目の前にいるのに、撮った写真の確認や周りの人に自慢するのに必死で、姫様たちを見ていない。

 勿体ない、と思うが、興奮してまともな思考ができていない気持ちはよく分かる。


 ギャラリーに囲まれていながら、誰も姫様たちを見ていなかった――だから。


 僕を壁にして(つまり僕の耳元で囁くような体勢になる)、学びの国の姫が、我が刀の国の姫に告げる。


「そうよね、小さい頃とはもう違うものね。遊んで仲良く、なんて、ごっこはエンタメだけで充分。七人のお姫様の戦いは、もう始まっているのよね……?」


「ええ、今年こそは――あなたを暴いてみせるわ」



「できるかしら。互いの人気を奪い合う……、自慢のエンタメとファンサービスで信者を増やしてもいいけど……、簡単なのは、自分を上げるよりも他者を落とす方法よね」


「あなたの国が舞台よ、怖がっていると思っていたけど、そうでもないの?」


「そんな初歩は織り込み済みよ。去年は海浜の国、一昨年は列車の国……、招かれる者としての攻め方は考えたし、経験済み。だったら対策もできるわ」


 もしかしたら、それがパトロールや魔法人形による監視の目の多さなのかもしれない。


「確認できるだけでも相当な数、あたしの身辺を探る記者がいるわね。いつどこでボロを出すのかを狙って張り込んでいる者が多い……ま、本物のあたしを見分けられる目が彼らにあるとは思えないけどね。ちなみに、そっちのくノ一の場所も分かってるから」


「別に、あなたを狙っているわけじゃない」


「なんでもいいけど。はぁ、鬱陶しいわね。これじゃあ羽も伸ばせないわ。一年に一度の自由な一週間って言われても、実際は警備が薄いから、いつも以上に警戒していなくちゃいけないから、肩が凝るわ」


「そのまな板で?」

「胸で差別するのかしら? 記事にしたら問題になりそうね」


 発言の一つが、姫様の人生を一気に狂わせてしまう。


「なーんて、しないしない。あたしはこれでも隠れ巨乳でキャラ付けしてるし。まな板だってばれたくないの。だからあんたも他の人に言わないでね? 

 言ってもいいけど、嘘つき呼ばわりされるのはどっちかしら?」


 嘘つき。だから離れるファンも中にはいるだろう。

 そういう些細なことでも、信者は削り取られていく。


「自分の国からも、姫を落とそうとする記者がいるのが皮肉よね……」

「それはまあ、百パーセント支持されているわけではないのでは?」

「分かってるわよ、うるさいわね、ただの従者のくせに」


 思わず口を挟んでしまい、背後から姫様にお腹をつねられる。

 す、すみません、思わず……。


 僕の発言からも、姫様の監督不行き届きとして非難の的になることもある。

 姫様だけではない、姫様の周りにいる人間の立ち振る舞いも意識させられる。


「ま、一週間もあるんだから、後々、衝突することがあるでしょ。

 だからそれまでは、お・あ・ず・け――ね」

 

 最後に投げキッスを周囲にばらまきながら、学びの国の姫が去っていく。

 箒に跨り、空を飛び、空中を飛び交う数多の魔法使いの中に紛れてしまう。


 これでは、追う記者も苦労するだろう。


 すると、背後にいた姫様が、はぁ…………、と深い溜息を吐いて屈んだ。

 お疲れの様子だ。人見知りする彼女にしては、頑張った方だろう。


 いくら顔見知りとは言え、それでも一年ぶりの相手は、姫様にとっては初対面と言っても過言ではないのだから。


「……わたしがあなたを連れてきた理由、これで分かったでしょ?」


「え? ……はい、なんとなくは……。姫様の護衛、とは聞いていましたが、誘拐だけに警戒しておくわけではない、らしいですね……」


「人気があるのは嬉しい。わたしを支持してくれている人が多いのも感謝しかないわ。

 でも……、それってわたしだから? 先代の姫様が抱えていたものが、そのままわたしに乗っかっているのではないの?」


 姫様が姫様だからこそ人気が出たのではなく、

 元からあった人気に、姫様が形を合わせて嚙み合わせた、と?


 否定はできない。

 最初から、姫様には人気があった。

 求められたことを生真面目に応えていたから、離れなかっただけで。


「可愛い、美しい、尊い、なんて誉め言葉をよく貰うけど……、それは、そうであるべきだって、わたしに刃を突きつけているのと同じなのよ……」


 期待に応えられなければ、人は離れていくだけ。

 人を維持するためには、誉め言葉を言われるように姫様が歩み寄るしかない。


 エンタメ。

 姫様というアイドルですら。


 表舞台に立つ、作られたコンテンツなのだ。


「今まで積み上げてきたものが、たった一つの発言、行動で崩れるのよ……」

 

 それが一年に一度、一週間に及ぶ長期戦として、設定されている。

 他の国のお姫様を出し抜くのと同時、自分の身も守らなければならない。


 七大国が集まった祭典か……、採点じゃなくて?


「ねえ……助けてね?」


 姫様が僕の袴を指でつまむ。

 ぎゅうっと、しわが消えないくらいに強く握り込んで……。



「わたしを、スキャンダルから守ってね……?」

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