特別編

予知姫と年下婚約者

 今日は四月二日。夫の征士くんの誕生日だ。

 夜に帰宅した征士くんと娘の知乃と三人で、私お手製のバースデーケーキを食べて、歌を歌ってお祝いした。


「ハッピーバースデー、征士くん。私からのプレゼント」


 今年の征士くんへの誕生日プレゼントは、お給料を貯めて買ったブランド物の財布。革を細く織り込んだ、上品な黒の長財布だ。

 学生時代は家のお金で征士くんへ誕生日プレゼントに腕時計を贈ったこともあるけれど……。働き始めてからは必ず私のお給料からのプレゼントと決めている。


「ありがとうございます、月乃さん。大切に使います」


 征士くんは財布を見て喜んでくれた。彼の左手首には、未だに過去プレゼントした腕時計がはめられている。


「おとうさま。わたしからもプレゼント」


 五歳の知乃は、リボンをかけて丸めた紙を征士くんへ手渡した。


「ありがとう、ちーちゃん。何かな……」


 征士くんがリボンを解いて紙を広げると、大きな紙いっぱいに絵が描かれていた。

 実はこの絵は、少し前に知乃が保育園でもらってきた塗り絵を、拡大コピーしたものだ。知乃に頼まれて私がコピーした。

 知乃は物覚えは早いが、何だか不器用。それでも一生懸命枠からはみ出さないように色を塗り、空白部分に絵を描き足した。


「えっと……。梅の枝に鶯が留まっている塗り絵? 枝の下にいるのは、月乃さんと、ちーちゃんと、僕かな……」


 塗り絵部分は、梅の枝に鶯が留まっている絵。きちんとそれぞれ鶯色、梅色、枝の色は茶色で塗っている。余白部分に、家族三人を知乃が描いた。知乃にとったら力作で大作だ。


「すごいな、ちーちゃん。頑張ったね」


 ちゃんと人物の特徴を捉えている。私は髪が長く描かれていて、征士くんは瞳が大きい。知乃は私達の間でにこにこしている絵だ。

 知乃の不器用ぶりを知っている征士くんは、上手に描かれている絵に大喜びだ。彼が知乃の頭を撫でようとして手を伸ばしたら、その手を知乃が掴んだ。


「おとうさま。こっちきて」


 知乃は征士くんの手を引っ張って、部屋の隅へ行った。こそこそと知乃が、何やら征士くんに話している。

 ……私は知っている。時々私に内緒で、知乃は予知夢の話を征士くんへしている。

 何故知っているかと訊かれれば、答えは簡単。知乃の夢の話を聞いた後の征士くんは、大抵上機嫌で私に甘えてくるからだ。そしてその後、彼には幸運が訪れる。

 話し終わった二人は、私の側へ戻ってきた。案の定征士くんは、とびきり幸せそうな表情をしていた。


「月乃さん」

「なあに?」

「僕に誕生日プレゼント、ください」


 私は驚いた。先程長財布を贈ったではないか。


「さっき、あげたでしょう?」

「そうですけど。そうじゃなくて……僕の喜ぶ言葉というか、台詞というか……」


 私は呆気にとられた。喜ぶ言葉? 台詞? ハッピーバースデーは言ったけれど……。

 考えてみる。征士くんは知乃から予知夢の話を聞いたはず。予知夢……予知夢!


「そういえば! 征士くんがずっと事業改革していた虹川産業会社が、ものすごく営業利益が上がっていた夢を視たわ!」


 ここ数年随分熱心に、征士くんは虹川グループ傘下の虹川産業会社の事業改革に乗り出していた。昨日視たばかりの夢で、絶対征士くんへ報告しようと思っていた。この夢の話ならば喜ぶに違いない。


「本当ですか?! それは嬉しい夢ですね!」


 思った通り、彼は顔を輝かせた。長年携わってきた仕事だ。報われて何よりだ。

 しかし喜びも束の間、征士くんは真剣な顔になった。


「ええっと、それはとても喜ばしいんですけど……。んっと」


 征士くんは腕を組んで考え込んでいる。夢の話はそこまで嬉しくなかったのであろうか。

 首を傾げていると、征士くんは真剣な顔のまま、私の手を取った。


「月乃さん。……僕のこと幸せにしてくれますか?」


 唐突な質問。私は面食らいながらも答えた。


「勿論、するわよ」

「一生? 絶対?」


 そこでぴんと来た。真剣な美貌に微笑む。


「一生かけて、絶対に幸せにするわ。私を信じて頂戴」


 彼はそれを聞いて、大きく美しい瞳を笑みの形に細めた。


「不束者ですが、こちらこそお願いします。一生かけて幸せにしてください」

「うん! 絶対に、一生かけて、幸せにするわ」


 金沢での征士くんのプロポーズの再現だ。まさにあのときのように、彼はきつく私を抱きしめた。

 私は征士くんの「喜ぶ言葉」を言ってあげる。


「征士くん。約束のキスをしてもいい?」

「こういうときは訊かなくてもいいんです」


 背伸びして、口付けた。

 ずっと変わらない綺麗なお顔。大きな瞳、美しい鼻梁、瑞々しい薄い唇。滑らかな肌に、さらさらの黒髪。

 彼は私の長い髪を指で梳いた。


「好きです……」

「うん、征士くん。私も愛しているわ」


 そこまで再現したとき、更に強く征士くんは抱きしめてきた。


「僕は月乃さんと出会ったときから、ずっと幸せにしてもらっていました。これからも続くなんて夢のようです。もらった幸せを返し切れない……」


 頬を大粒の涙が伝っている。涙まで綺麗。


「あのとき誓ってくれたように、征士くんは私のことを幸せにしてくれているわ。これからも幸せにしてね」


 にっこり笑いかけると、顎を捕らえられ、貪るようなキスをされた。知乃が見ている前なのに……。

 キスから解放され知乃を見遣ると、笑顔でこちらを眺めていた。無邪気に言葉を紡ぐ。


「おとうさま。ゆめのはなし、ほんとうだったでしょう?」

「そうだな。ありがとう、知乃。月乃さんからのプロポーズなんて、何て素敵な誕生日プレゼントだろう」


 婚約者に戻ったみたいだ、とプロポーズしたときそのままの顔。十七歳の年下婚約者だったそのままの顔だ。


「可愛い小さな予知姫、予知夢を聞かせてくれてありがとう。そして月乃さん、月乃さんが僕の一番愛する予知姫です」


 私を抱きしめながらの、愛の告白。


「そうね。私も征士くんがこれ以上ない婚約者で、一番愛する夫よ」


 知乃が見ていてもお構いなしに、愛を贈り合った。


 ♦ ♦ ♦


 征士くんの書斎に飾られていた、知乃からのプレゼントの絵。のちに、私達三人ともう一人、女の子の赤ちゃんの絵が描き込まれた。

 描いたのは、勿論知乃。赤ちゃんは生まれたばかりの夢乃ゆめの

 ずっとこの絵のような、幸せな家庭が続くだろう。

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予知姫と年下婚約者 チャーコ @charko

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