魔王と私と勇者たち

うめもも さくら

魔王に捧げられた生贄の末路に祝福を

『魔王にささげられた生贄いけにえ末路まつろ祝福しゅくふくを』

そう名付けられた小説をおそらく誰もが一度は耳にしたことがあった。

その小説の話題を聞かない日はないと言われるほど世間を席巻せっけんしていた。

私も一度は流行はやりに乗っかって読んでみた。

内容はといえば良くも悪くもどこにでもありそうな王道なファンタジーからの胸くそ悪い結末。


魔法と剣が存在し、魔物が息づく世界。

王国の姫が倒れたところから物語は始まる。

姫が倒れたのは魔王がかけた暗黒魔法あんこくまほうによるもの、このままでは姫が命を落としてしまう、と王は嘆き姫を助けるよう勇者に魔王討伐まおうとうばつを依頼する。

魔王とはこの世界の全ての影と闇をべる王。

この世界に脅威きょういもたらす魔物たちを従えている。

そんな強大な力を持つ魔王に恐れることなく勇者は魔王討伐へと向かう。

しかしそれが全て王に仕掛けられた罠とも知らず。

王は権力を笠に着て好き勝手しながら、魔物に襲われる国を守ろうともしなかった。

姫はうれいて自分だけでも国を守ろうと力を得るため禁忌きんきしょを開いてしまう。

禁忌の書は絶大な闇の力と引き換えに命を喰われていくという恐ろしい魔導書。

王はそんな姫の危機さえも利用し私腹を肥やそうと勇者に魔王を倒すようそそのかけしかけた。

そんなことを露とも知らず勇者は誇りと正義を胸に平和を取り戻すために魔王の城を目指した。

仲間を増やし、数え切れないほどのダンジョンを制覇した。

数多あまたの痛みにこらえながら、それでも前を向いて戦った。


王はひとり、ほくそ笑んでいた。

勇者が魔王を倒してくれればこの国は平和になり王として私腹を肥やせる。

たとえ勇者が魔王に勝てなかったとしても我が国に痛手はない。

どうあっても王にとって都合の良い展開になる。

そんな事を知る由もない勇者は数々の苦難を乗り越え魔王のもとまで辿り着き姫を助けようとした。

そんな勇者一行に魔王は嘲笑ちょうしょう憐憫れんびんの目を向ける。

魔王との苦しい戦いの末、真実を知った勇者は絶望し、嫌悪けんおし、憎悪ぞうおの念で心が満たされた。

その強い負の感情は心優しく清廉潔白せいれんけっぱくだった勇者の心を狂わせ破壊と破滅の暗黒魔法を作り上げた。

結果、勇者の暗黒魔法によって王をはじめ全ての人間が滅び勇者たちも息をひきとった。

最後のシーンに描かれていたのは地面に背をつけて仰向けになっている魔王の姿だった。

その残された魔王はたおされていたのか、生きていたのかわからないがただ静かに微笑わらっていた。


なぜこんな小説がウケたのかわからない、が読み終えた感想だった。

勧善懲悪かんぜんちょうあくでもハッピーエンドでもない。

何度も見たくなるというわけでもない。

読んだ直後のなまりのように重たい何かが胸から胃のに沈んでいくような胸くそ悪さ。

わざわざお金を出してこんな不快感を感じるものを読んでしまった憤り。

お金と時間を無駄にしたという損した気分になる小説だった。

その不愉快さ故に一度しか読んでいなくてもなんとなく覚えていた。

国の名前や設定や勇者たちの風貌ふうぼうやこの物語の結末を。


「また魔物がやられました!魔王様!!」


『魔王に捧げられた生贄の末路に祝福を』

私は魔王の城の玉座でたった今、私が魔王に転生する前に読んだ小説を思い出していた。

そして頭を抱えた。

もうラストの方まで話が進んでしまっている。

というかラストのシーンは横たわる私の描写だけだから、もうあと勇者と戦うシーンしか私の出番はない。

あとは闇落ち勇者が世界滅亡エンディングに突き進んで終了。

これ、転生してたことを思い出す必要あったかな。

「とりあえず……勇者が来ないように頑張っ」

「みつけたぞ!魔王!!」

「はやいっ!!」

たくさんの魔物を退けながら押し寄せてきた数名の人間。

見るからに勇者一行です!ってかんじだ。

こちらに向かって剣を構えている者、杖を掲げている者や弓を引いている者などどれを見たって転生前にプレイしたRPGゲームを彷彿とさせた。

「もう諦めて大人しく姫にかけた暗黒魔法を解け!さもなくば……」

さもなくば、なんだろう。

その続きは聞きたくないが、このままだとまずい。

あの小説通りなら勇者たちと戦って真実教えて勇者闇落ちからの世界滅亡エンド。

人が滅亡するのは見たくないし、このままではこの勇者たちがあまりにも可哀想だし何よりせっかく転生したわけだし死ぬ可能性は限りなくゼロにしておきたい。

どうにかして別のエンディングをむかえるルートはないものかと考えていると勇者が焦れたように声をかけてくる。

「聞こえなかったのか!?暗黒魔法を解けっ!!そしてもう国を襲うのをやめるんだ!!」

この場面で「暗黒魔法は解けない」とか「お前達は哀れなものだ……」なんてセリフを言おうものなら即、勇者たちは闇落ちするだろう。

けれどずっとこのままなにもしないでいても埒が明かない。

どうしたものかと考えたとき、転生前に読んだ小説の一文をふと思い出した。

そしてある一つのルートを思いついた。

一か八かだが、やらなければ結局最悪の結末になることは間違いない。

ならば……っ!!

「よかろう……姫の暗黒魔法、我が解いてやろう」

威厳感をたっぷりだして勇者たちに言う。

転生前を思い出してしまうと今までどんな風に魔王やっていたかわからなくなってしまった。

少し気恥ずかしささえある。

特にこの少々胸を強調された衣装は転生前では恥ずかしくて絶対着られない。

そんな私の事情を知る由もない勇者たちは声をあげて喜んだ。

そんな勇者たちの姿を目に映してから次の言葉を告げる。

「だが、それには私が姫に近づく必要がある。魔王である私を王国まで同行させるか、姫をここまで運んでくるか、お前たちで決めろ」

そう言い放つと勇者たちは少々戸惑った様子だったけれど何か話し合いをはじめた。

何度か、私を倒してしまえばいい!みたいな不穏な言葉も聞こえてきたがそれを無視して勇者たちの答えを待つ。

そして勇者は言った。

「わかった、魔王。同行してくれ」

これでいい。

まずは1つ目の難関を突破した。

2つ目は無事、魔王である私が王国に入れるかであったけれどそれは難なく突破した。

あとは一か八かだ。

私は気を引き締めて姫のもとまでむかう。

彼女が苦しんでいる原因は暗黒魔法じゃない。

禁忌の書の力によるものだ。

それを解くことはほぼ無理だ。

けれど、あの小説の一文が真実ならば私にも勝機はある。

魔王としての権力を行使こうしさせてもらう。

「禁忌の書によりこの娘の命をむしばむ闇の力よ、我はこの世界の全ての影と闇を統べる王、魔王である!その闇の力は我の管理下にある!今すぐ娘の体から離れその闇の力を持って我に従え!!」

途端に姫の体から黒い煙のような見た目をした闇の力が抜け出し私の手に吸い込まれる。

魔王は全てのを統べる、禁忌の書は絶大なという一文を思い出し咄嗟とっさの策だったが上手くいったようだ。

姫の体にあった闇の力は薄れていき、優れなかった顔色も健康的な色を取り戻していく。

城にいた者たちは皆、飛び跳ねて喜び、勇者たちもそして私も安堵あんどの表情を浮かべていた。

魔王である私は蔓延はびこっていた魔物たちにもう国を襲わせないことを誓い、国から無事帰還させることを約束させた。

勇者たちも快く了承し、私は別れの言葉もなく早々に国を出た。


勇者はあの姫と結婚するんだろうか。

よくある王道のRPGゲームの幸せな結末を思い浮かべてそんなことを思った。

初めて見た姫はかわいかった。

勇者たちはカッコよかった。

風景も城も彼らたちも転生前に私が想像したものよりも本物はずっとずっと美しかった。

私はそんなことを思いながら美しく広い空を見上げたその時、胸が焼けるように痛んだ。

無意識に胸に手を当てるとどろりと手のひらを少し粘り気のある液体が汚した。

後ろを振り向けば弓を引く男の姿があった。

勇者の仲間のひとりだとすぐ思い当たった。

私は痛みに押され膝をついた。

男は私に近づき言う。

「王の命令なんだ、すまないな」

その一言だけ私に手向けると男の足音は遠ざかっていく。

もう私を支えることが出来ない体は地面に背をつけてただ流れゆく白い雲と広く美しい空を仰いだ。

あぁ、そうか。

どうしたって最後のシーンは変わらないんだな。

私は薄れゆく意識の中でそう思いながら微笑った。

……おう……ま。

ま……さま。


「魔王様!!」

強く呼ばれて反射的に目を開けた。

まだ痛む体を揺すり私を呼ぶ声に聞き覚えはない。

眩しさで重くなるまぶたに力を入れて必死にこじ開けて声の主を見た。

「姫っ……」

聞きたいことも言いたいこともあるのに痛みでこれ以上の声は出せなかった。

彼女は私が目覚めたことを知ると私にすがりりつきながら声をあげて泣き出した。

「姫。魔王の傷は癒えてませんし、揺すったり体重かけて縋り付いたら痛いと思いますよ?」

そう!それが言いたかったの!!

私は姫に進言した勇者によくぞ代弁してくれたと心の中で拍手を送った。

「父上が……申し訳ありませんでした」

少し冷静さを取り戻した姫は私に頭を下げる。

「姫に真実を聞き、私が王に騙され魔王に無礼な行いをしたこと、そして魔王によって姫は、この国は助けられたことを知った」

勇者も姫の横で静かに頭を下げている。

姫は助けられた、勇者は真実を知っても暗黒魔法を作り出さなかった、この世界は滅亡しなかった。

結末は変えられた。

転生前に読んだ好きでもない小説だったけれど読んでいてよかった。

こんな結末の物語なら何度でも読みたくなる小説だろう。

「父は断罪だんざいしたんでこれから私が国を守ります!魔王様の為に!」

ん?

「魔王、俺はこれからあんたに罪をつぐないたい!あんたのそばにおいてくれ!」

んん?

「王の命令とはいえ……償わせてくれ!」

殺しかけた張本人まで?

「魔王様!私から離れないでくださいませ!!」

勇者の仲間の魔法使いまでなんで!?


突然の展開に頭がついていけず、私は地面に背をつけて仰向けになって小説を思い出しながらただ静かに微笑っていた。


『魔王に捧げられた生贄の末路に祝福を』







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