第40話 系譜
『麻依ちゃんの愛が通じましたね。寝覚めはよかったっすか?』
夕方、自室に戻った加奈は、通信端末で新月にいる巧一郎と話していた。協会や研究員以外で全体の状況を把握しているのは彼しかいなかったためだ。
加奈が意識を失ったあとに藤堂兄弟が新月へ保護された経緯や、酒天童子が支配している協会本部の現状などを詳しく聞き終えた数秒後、巧一郎がそう問いかけた。
「差し迫った状況で私にその質問するとはいい度胸だな」
『そうっすか? でもそうやって返してくれる石本さんは優しいっすね』
「今すぐ刀で斬られたいのか?」
『いや、からかっただけっすよ。俺みたいな可愛い後輩は斬れないっしょ?』
加奈からの信頼を勝ち得ていた巧一郎も、流石に殺気の籠った彼女の一言には動揺が隠せない。
「先輩だろうが後輩だろうが関係ない。その命、私が——」
『口上は洒落にならないのでマジでやめてください! 全部俺が悪かったっす!』
巧一朗の声が急激に早口になり、慌てている様子だ。
「わかればいい」
先程までの余裕のあった後輩の声色が一変し、あっさりと全面敗北を認めた。
酒天童子によって引き起こされた危機的状況でありながら、二人がいつもの調子でやり取りを行えているのは奇跡に近いだろう。
その後は風雷と新月による作戦が巧一朗によって伝えられたが、加奈たち守護士には秘匿とされている内容も多く、すべてを理解するのは困難だった。
巧一朗が一つ咳払いをして、気を取り直したように真面目な態度に戻った。
『とりあえず作戦を共有しましたけど、わかっていることは俺たち守護士が一人でも欠けた時点で負けです。どんなに劣勢でも生き残ることが最優先っすね』
「そうだな。だが、刀を抜けば私は負けない。君がそれを渡すタイミングがすべてだ」
『まぁ、いつも通りっすよ。幻覚機の必要がない分、安心して動けますし』
「慢心はするな。一度酒呑童子を退けたとはいえ、奴は複数の機体の中に魂を移している可能性がある」
目の前で交戦した加奈だからこそ、呪粒子を奪われた時の恐ろしさを骨の髄まで感じ取っていた。更に酒呑童子の撤退に関する内容を聞けば聞くほど、彼女の一筋縄ではいかない諦めの悪さが現実世界の侵食を促すようにも思えた。
「明日から動くが、覚悟はいいか?」
加奈は自ら緊張を走らせると、その緊張を感知したのか、巧一朗の声がおどけなくなった。
『勿論っすよ。石本さんと一緒に戦えるんならタダでもいいです』
「労働基準法に違反するぞ」
『大丈夫ですって。対価は石本さんと麻依ちゃんのラブでトントンっすから』
「先輩をからかうんじゃない」
『すみません』
通話越しの巧一朗の声はへらへらしている。いつもと変わらない、調子に乗る後輩と繋がっていることに加奈は安心感を覚えた。
「とにかく、今はお互いのラボで準備をするしかない。明朝で会おう」
『はい。俺も石本さんを全力で手伝います』
「ありがとう。その……君のような後輩を持てて良かった」
加奈は巧一朗に赤面しているところを見られなくてよかったと感じていた。普段から仕事上で付き合いの長い守護士とは言葉の無い意思疎通が多いため、案外照れくさいのだ。
『デレるのはいいっすけど、それは麻依ちゃんの前だけにしてくださいね』
「うるさい。切るぞ」
『了解っす。朝に合流地点で会いましょう。お疲れ様です』
加奈の通信端末が黙り、特定のスライド操作をするとバックライトが閉じられた。
ほどなくして加奈の自室からノックの音が聴こえてきた。
「入るわよ?」
加奈が「どうぞ」と答えた時には既に一人の女性が入室していた。
声の主は佑香だった。
「作戦は巧一朗から聞きました。他に何か情報がありましたか?」
「いいえ、作戦は変わらないわ。ただ、あなたに聞きたいことがあるの」
普段は陽気な彼女の声が、今日は重苦しく聴こえる。
「はい。何でしょうか?」
そう加奈が答えると、佑香が一冊の本を差し出した。表紙には「西神あやかし昔話」と書かれており、付箋が青い付箋が挟まれていた。
「付箋が挟まれたページを開いてくれるかしら?」
加奈は佑香に促されるようにそのページを開くと、そこには禍々しい鬼とそれを一振りの刀で刺し殺そうとする武人の男が挿絵として描かれていた。
「この絵は……酒呑童子ですか?」
「そうよ。でも、大事なのは戦っているこの男の人の方なの」
佑香の話は点と点ばかりで、線としてつながる要素が何処にも見当たらない。
「私にはよくわからないです」
秘密を隠すように口を濁した加奈が本をそのまま返そうとすると、佑香が首を横に振った。そしていつも以上に真剣なまなざしで口を開いた。
「ここに描かれている男性は加奈のご先祖様なの。あなたの家系は、ずっと酒呑童子と戦い続けてきたのよ――」
サイディアン 〜守護士と旅する少女のお話〜 浅木大和 @nitoni_mutsuki
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