はたらく読者(KAC20216)

つとむュー

はたらく読者

 ホンヤノセカイに就職した私は、いきなり体育館ほどの広さの大きな控室に案内される。

 そこには就業を待つ大勢の女性たちが、わいわいがやがやとおしゃべりに夢中になっていた。


「ここにいる人たちは皆仲間ですから、仕事についていろいろと教えてもらって下さいね」


 ニコリと笑って立ち去ろうとするマネージャー。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

「ほら、あなたの仕事は人に声を掛けることなんだから、練習だと思って頑張って」


 私の引き留めもむなしく、彼女はバタンとドアを閉めて行ってしまった。

 どうしよう、就業初日から一人ぼっちになっちゃった。

 なんか自信なくしちゃったなぁ……。


 困った私は辺りを見回す。

 そして見つけたのは、私と同じようにぽつんと一人で佇む女性。

 真面目そうな風貌で、壁に向かって視線だけを小刻みに動かしている。


「あ、あのう……」


 きっとこの人も、私と同じような一人ぼっちの新人なんだ。

 私は思い切って声をかけてみた。


「…………」


 が、何も反応はない。

 ていうか、無視されてる?


「私、新人なんですが……」

「…………」


 やっぱりダメだ。

 彼女は私のことを見ようともしない。

 それどころか壁に視線を走らせるのに夢中になっている。

 いきなり無視だなんて、そんな風に冷たくされたら挫けてしまうじゃない……。


 すると、その様子を見ていた三人の白衣を着た研究者風の女性が、私に近寄ってきた。


「あの娘はダメよ、黙読者だから。というか、そんなんで凹んじゃうなんてお仕事大丈夫? あなたって結構打たれ弱い性格ね」


 どうせ私なんか、打たれ弱くて、いつまでもうじうじしてる女ですよ。

 初日からすでに嫌になってしまった私。

 しかしその時、私のことを打たれ弱いと言った女性がその右手を差し伸べてくれた。


「ゴメンね、私は査読者だから思ったことをずけずけと言っちゃうの。口の悪さは生まれつきで直せないけど、悪気は無いから許してね」


 彼女は私のことを真摯な目で見つめてくれる。

 悪気が無いというのは本当みたいだ。

 私は嬉しくなって、査読者に右手を差し伸べ、がっちりと握手を交わした。

 その様子を、二人目の研究者風の女性がまじまじと眺めていた。


「ははん、君は立ち直りも早い女性と見受けられるな。手を握り返す力強さにその心意気が表れている。私は解読者。よろしくな」


 私は解読者とも握手をする。

 ちゃんと話すことができれば、皆いい人なのかもしれない。


「大丈夫。あなたは十分やっていけると判断するわ。私は判読者。私が他の仲間を紹介してあげる」


 こうして私は、三人目の研究者風の女性、つまり判読者と控室を回ることになったのだ。



 ◇



 ほとんどの人たちはおしゃべりに夢中になっていたが、中には声を掛ける練習をしている人たちもいた。


「ちょうどいいわ、あの人たちのところに行ってみましょ。仕事の説明にもなるし」


 判読者の後について、私も練習風景を見学させてもらう。

 その場所には二人の女性がいて、まずは一人目がすっと背筋を伸ばした姿勢で声を出していた。


『ちょっとお話しを聞いていただいてもよろしいでしょうか? 私はあなたに相応しい本を紹介することができます。私はホンヤノセカイの二級読者です』


 うーん……。

 新人の私が言うのもなんだけど、ちょっと硬い感じがする。

 しゃべり方は正確だけど、逆に正確すぎて棒読みっぽく聞こえるというかなんというか……。

 すると判読者が小声で私に説明してくれた。


「彼女は音読者。マニュアルを正確に読むことにかけてはトップで、二級読者に認定されてるの」


 二級読者!? それってすごいじゃない。

 きっとそれだけの技量を持ち得ているのだろう。

 と思っていたら、もう一人の砕けた感じの女性が練習を始めた。


『ちょっとお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 失礼ですが、貴方は今恋愛小説が読みたいと思っていませんか? その通りってお顔をされていらっしゃいますね。そりゃそうですよ。だって私、一級読者ですから』


 い、い、一級読者!?

 すごい、ホンヤノセカイでも数十人しかいないと言われているエリートにこんな所で会えるとは!

 サイン、サインを貰わなくちゃ、と思っていたら、判読者に右手を掴まれる。


「彼女は朗読者。聞き手の心をぐっと掴む能力にかけては右に出る人はいないわ。だから練習の邪魔をしちゃダメ。一級読者は他にもいるから、そちらに行きましょ」

「で、でも……」

 

 朗読者の練習をもっと見てみたい。

 後ろ髪を引かれながら、私は判読者に手を引かれて別の場所に行くことになった。



 ◇



 おしゃべりに夢中になっている女性たちは騒がしい。

 その中を歩く私たちの耳には、いろいろな言葉が飛び込んでくる。

 すると気になることを話している人たちがいた。


『KAC46(カックヨム)って、みんなカッコイイよね~』


 えっ、KAC46!?

 私も大ファンの男性アイドルグループだ。だからつい聞き耳を立ててしまう。

 判読者も足を止めた。


「あなたもKAC46のファン? 私も大ファンなの。ちょっと様子を見てみましょうか?」


 判読者と一緒に立ち止まる。

 KAC46について話しているのは二人の女性だった。

 驚くべきは二人の容姿。一卵性双生児のように瓜二つなのだ。


『私、KAC46が出ているものなら何でも見たり聞いたりしてる。もちろん配信や動画チャンネルもそうだけど、明らかに違法アップロードされたものも見ちゃうの。ダメとは分かってるんだけど、一度見ちゃうとやめられなくて……』


 すると、もう一人が眉間にしわを寄せた。


『それはダメじゃない? 私は配信がメインだけど、ちゃんとディスクも買ってるわ。だってお金を払って彼らに貢献してこそファンでしょ?』


 その意見には激しく同意する。

 わざわざディスクを買ってこそ真のファンだろう。

 が、前者が言うように、怪しいアップロードもついつい見たくなってしまうのも事実だったりする。


「彼女たちはそっくりでしょ。だって二人ともコウドクシャなんだから」


 ええっ、二人ともコウドクシャ?

 それってやっぱり遺伝子が同じ一卵性双生児ってことなの?


「じゃあ、二人は双子なんですか?」

「双子に近いけど微妙に違うの。だって最初の彼女が講読者で、二番目が購読者だから」


 むむむむむ、講読者と購読者!?

 いやいや見た目では全然区別がつかないよ。

 両者ともKAC46の作品を愛しているみたいだから、一緒でいいんじゃない?


 と思っていたら、もっとすごい四人組が現れたのだ。


『私、KAC46のすべてのメンバーの名前と生年月日を言えるよ』


 四人の中で一番小柄な女性が鼻息を荒くする。

 その態度がちょっと鼻についたが、四十六人すべてのメンバーの誕生日を言えるなんてすごい。

 悔しい気持ちで胸を一杯にしていると、判読者が解説してくれる。


「その程度で悔しがっていたら体がもたないよ。彼女は通読者。後の三人はもっとすごいから覚悟するのね」


 私はその言葉を実感することになった。


『メンバーの名前と生年月日だけで自慢しないでよ。私なんて出身地、学歴、身長、体重まで言えるんだから』


 二番目の女性がマウントをとり始める。

 いやいや、その情報量はすごい。

 彼女はもはやKAC46のデータベースと言えるんじゃないだろうか。


「彼女は精読者。二級読者なの。情報の緻密さでは右に出るものはいない」


 しかしまだ上がいた。


『情報量だけで自慢しないで。私はメンバー全員の趣向や反応パターンまで熟知している。だから脳内で会話を交わすことだって可能なの』


「彼女は熟読者、一級読者よ。あそこまでいくとすごいよね。でも最後の彼女はもっとすごいわよ」


 そして四人目。

 彼女を見た時、私ははっとした。

 だって私とそっくりだったから。まるでさっきの二人のコウドクシャのように。

 もしかしたら彼女は、幼少期に生き別れた私の双子の姉なんじゃないだろうか? 実際そんな人はいないけど、そう思わざるを得ないほど瓜二つだったのだ。

 それに判読者に言わせれば、彼女は熟読者のさらに上を行く強者という。

 それは一体、どれほどのレベルなんだろう?


『会話くらいで自慢してもらっては困るわ。私はすべてのメンバーの体や匂いもすべて熟知してバーチャルに体感することができる。だからメンバーに抱かれる夢をリアルに見ることができるのよ。味わい深くね』


 それは究極だ。

 そこまでの境地に達するためには、どれほどの訓練を積む必要があるのだろう。

 一級読者を超えるレベルであるのは明らか。ということは――


「最後の彼女は味読者。特級読者よ」


 やっぱり……。

 特級読者だなんて、もう凄すぎてため息が出てしまう。だってホンヤノセカイでも数人しかいないスーパーエリートなんだから。

 でも、待って。

 私の中で何かがひらめいた。彼女の容姿は私とそっくりだった。まるで双子みたいに。

 それなら私にもそんな才能があるんじゃないだろうか。講読者と購読者だって、微妙に違うとはいえ能力は遜色のないものだった。


 だから私は鼻息を荒くする。


「ねえ、判読者さん。私って、あの味読者さんと見た目がそっくりじゃないですか? だったら私にもあんな才能があるような気がするのですが……」


 その期待は判読者によって見事に砕かれる。

 私の読者としての正体と供に。


「残念ながらそれはないわ。だってあなたは未読者だから」




 了

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