かぐや様は小説家 —学園篇—

藤光

かぐや様は小説家 —学園篇—

 6つ目のKACのお題がカクヨム運営から示された。

 お題は「私と読者と仲間たち」。

 ここ月の神殿でも、カグヤとツクヨミの夫婦が6つ目のお題を前に、首を傾げていた。


「ねえ、カグヤ。お題を見て思い出したんだけどさ。学生時代に藤光って同級生がいたよね」

「そんなヤツいたっけかな」

「なに言ってんの。藤光がしたとき、いちばん騒いでたのはカグヤだったじゃないか」

「闇落……。ああ、あの暗かったヤツか。確かにあのときはびっくりしたね」


☆☆☆


 ――藤光が闇落ちした。


 カクヨム学園にそんな噂が広まったのは、まだ風も冷たい春先のことだった。2年4組の藤光が小説投稿を放棄し、闇落ちしたというのだ。カクヨム学園とは、小説家養成を目的に、WWW内に設立された仮想現実VR学校であり、カグヤとツクヨミは月面から超高速光通信を介して、学生生活を送っていた。


「たしか藤光はZ級だったよね。ツクヨミはどんなヤツか知ってる?」

「うん、現代ドラマやSFを書いててさ。でも作風が暗いんだよね。なにかを失う話が多いってゆうかさ。」

「あー、読んでてつらいヤツね。ノリがよくないと読者はつかないからね」


 カクヨム学園には、自作ページの閲覧件数によって学生個人に等級が付けられる。A級からZ級まであり、等級によって受けられる授業内容や利用できる設備が変わるほか、小説家デビューのチャンスも等級順に与えられることになっている。ちなみにカグヤはG級、ほぼ読み専のツクヨミですらS級である。


「Z級の底辺作家は、もう落ちる級がないから。あとは闇落ちするしかないんじゃない?」

「突き放さないでよ、カグヤ。でも、この件で学生自治会カクヨム運営からお知らせが来てる」


 ツクヨミがもってきた学生自治会のお知らせを読んだカグヤの目の色が変わった。そこには、闇落ちした藤光を無事に暗黒面から救いあげることができれば、学生自治会から昇級と10万リワードの付与が約束されると書いてあったのだ。


「ぜったいに、藤光を救出する!」

「……180度方針転換だね」






 学生自治会を訪ねると自治会長(カクヨム学園8年1組。A級。ミステリ専科在籍。書籍デビュー済)は、藤光を救出すれば、昇級と10万リワードを与えると約束した。


「学生ひとりに、破格の報酬だと思うんですが」


 ツクヨミの疑問に、会長は首を振った。


「そうでもありません。闇落ちした学生はどんな手段をもってしても救出しなければなりませんから」


 会長によるとカクヨム学園の歴史上、十数名の学生が闇落ちした記録が残っており、うち3名は救出されることなく魔王化してしまったという。学生の魔王化は毎回、学園に壊滅的な被害を与えてきた。Web小説界にルサンチマンを抱える前回の魔王化では、24の学校施設コンテンツと35万4000作余りの小説が削除デリートされ、660名の学生が行方不明となった。このときの魔王討伐戦争では、のべ18000名のWeb作家に協力を求め、25万時間にも及ぶ戦いを経て、魔王討伐を果たしている。


「いまのカクヨム学園に、当時のような余力はありません。闇落ちした藤光が魔王化する前に、かならず救出しなければならないのです」


 ――とはいうものの、あなたたちだけで救出できるわけではありません。闇落ちした藤光の救出には、彼のフォロワーの協力が不可欠なのです。彼らと共に藤光が闇落ちした原因を探り出すことが救出の近道となるでしょう。


 自治会長の言葉に導かれて、カグヤたちは藤光のフォロワーたちを訪ねることになったのである。フォロワーのリストは、学生自治会カクヨム運営から入手し、ふたりはまず、闇落ちする直前に作品コメントを残していた学生たちを訪ねた。


「彼が闇落ちしたって噂は聞いていて、心配していたんです。わたしのラブコメ読んでくれなくなっていたし」


 最後のフォロワー、冬瓜😆(5年2組。G級。ラブコメ専科在籍)は、その可愛い顔を曇らせた。


「最近は、小説を書かなくなっていて――ええ、更新するのはエッセイばかりなの」

「PV欠乏症だね。小説と違ってエッセイはPVを稼げるから」

「そのエッセイも、短文で攻撃的な内容が多くなっておったからな」


 執筆歴の長い赤武士(3年5組。K級。史学専科在籍)も、冬瓜😆に同調した。


「長い間、時代小説は書けておらなんだ。執筆のエネルギーが底を尽きかけていたのかもしれん」

「そうね。長いものを書くって、エネルギーを使うから……」


 意外にも心当たりがあるのか、カグヤも頷いている。


「わたしや赤武士さんより、藤光さんと長い付き合いがある学生がいるの。彼女なら闇落ちの原因に心当たりがあるのかも――ええ、SF専科のSeinさんです」


 SF専科はカクヨム学園の一番奥まった一角にあり、蔦の這った古びた校舎が独特の雰囲気を醸し出している。冬瓜😆たちに先導されてカグヤとツクヨミはSF専科へ入っていった。


「ねえ、ツクヨミ。藤光ってさ、Z級だからフォロワーなんていないPVゼロなヤツだと思ってたけど、意外にフォロワーがいるんだね。冬瓜😆とか、赤武士とか」

「そうだね。現にいまだってSF専科へ向かってるわけだし、仲間がいないってわけじゃなさそうだ。どうしてZ級なんだろう」


 ――それを説明できるのは、わたししかいない。


 突然、カグヤたちの頭の中に直接、呼びかけてくる声が響いた。


「え、なに」

「Seinさんの超感覚的知覚ESPです。彼女はほとんどESPによってのみ他者とコンタクトを取ってて、姿を見た人はいないの」

 冬瓜😆はSeinのことをある程度知っているらしい。

「じゃあ、ここまで来ることはなかったんじゃ……」


 ――すべての事象には理由がある。藤光の闇落ちも偶然ではなく、必然。


 Sein(8年2組。E級。SF専科在籍、カクコン入選)は、カグヤたちの脳内に透きとおった声を響かせた。


「どういうこと?」


 ――彼の絶望は深い。一時、カクヨムから自分の作品をすべて消去した。


「なぜ、そんなことを」


 ――怒りから。作品が読まれない現実を受け入れられなかったから。


「SFや時代小説は、読者が少なくPVは学生の間で奪い合いじゃ。なんとかPVを確保しようと皆、工夫しているのじゃが。心が折れる者もなかにはおる」

 時代小説を専門とする赤武士は、苦いものを噛んだような顔をしていた。


 ――傷ついた藤光が一年間の沈黙のあと、投稿を再開したときの等級は、最下級のZ級まで下げられていた。学園の課題をなにひとつ提出していないのだから、当然だ。闇落ちは時間の問題だった。


「じゃあ、どうすればいいの。藤光の作品を読まない読者が悪いってわけ? そもそも、読者のためのわたしたちWeb作家じゃなかったっけ。本末転倒じゃない」


 ――学生寮へ向かえ! 解答は彼の部屋に待っている。時間がない。


 せかされるようにして、カグヤたちはSF専科を後に学生寮へ向かって走り出した。すがりつくようにSeinのESPが語りかけてくるのを振り払うかのように。


 ――いまなら……彼……たすけて……あげて。


 学生寮の藤光の部屋は、光の差さない寮の最下層にあった。開ける前から、禍々しい瘴気が扉と壁の隙間から漏れ出てきているのが分かった。全身の毛が逆立つような悪寒を感じながら扉を開けると、寮室の床にそこの見えないくらい穴がぽっかりと口を開けており、そばに男がひとり立っていた。


「藤光?」

「いや、学生総代だ」

「総代? どうして彼がここに」


 とまどうカグヤたちに向かって、学生総代(8年1組。A級。純文学専科在籍。芥川賞受賞)が叱咤する。


「遅いぞ、きみたち! 闇落ちはすでに最終段階を迎え、いままさに藤光は魔王化しようとしている。彼が闇落ちするに至った原因は突き止めたんだろうな」

「え、えっと。過疎ジャンルで書いてきて、読者が少なかったのが原因なんですけど……」


 しどろもどろになりながら、カグヤはこれまでフォロワーから集めた情報を説明した。


「そうだ。彼は自己評価と読者の評価PVとのギャップに苦しんできた。そしてZ級で細々とエッセイを書き続けるうち、自分の小説が可愛いばかりに、読者のためでなく、自分のために小説を書いてきたことに気づいてしまったのだ!」

「だから、彼は闇落ちした?」

「邪悪な自我エゴこそ、魔王の種子というわけか」

「いや、その自覚があるうちは助け出せる。いいか、みんな。魔王藤光が浮上してくるぞ!」

 寮室全体が大きく揺れ、地響きを立てて黒い洞穴から藤光のなれの果て「幼魔王」の姿が現れる。カグヤとツクヨミたちは、カクヨム学園の存亡を賭けた戦いに身構えた!



☆☆☆



「結局さ。藤光ってPVやお星さまが欲しかったんだよね」

「身もふたもないよ、カグヤ」


 カグヤはどこか腑に落ちない様子。


「だってさ、あのあとフォロワーのみんなでPVや☆を藤光に投げつけていったら、徐々に落ち着いて魔王化が止まり、闇落ちからも解放されたじゃない」

「ちがうよ、カグヤ。藤光が魔王化しなかったのは、彼を思ってフォロワーのみんながあの場に集まってくれたからだよ。PVや☆だけで測れないみんなの思いが伝わったからだろ」

「えー、そうかな」


「冬瓜😆や赤武士はもちろん、Seinや学生総代も、きっと藤光の読者だよ。でなきゃ、あんなに一生懸命になるわけないじゃん。その気持ちがうれしかったんだろ」


 ツクヨミは、にこりと笑って締めくくった。


「ところで、あのあと藤光はどうなったの」

「ああ、卒業後、書籍デビューしてるみたいだね」

「え、ほんとに?」

「ほんとだよ、ほら」


ツクヨミがカグヤの目の前に取り出した本は――『かぐや様は小説家 ―純情篇―』というタイトルだった。


「わたしがネタかよ、あいつ〜。印税半分よこせ!」

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