第13話 機兵教
聖華暦830年 冬 バズ・デール市
禁忌の地へのルートの最後として、この街へやって来た。ここは同盟で最東部の街だ。
つまりは禁忌の地に最も近い街なのだから、本来ならロドスに代わって禁忌の地探索の最前線ともなり得た筈だ。
だが、この街はそうならなかった。
何故か?
それは、この街の成り立ちに関係がある。
この街が、同盟内でも珍しい部類の、ある土着宗教の総本山として存在している為だ。
『カタンタ・ハヴィ』『機兵教』と一般には呼ばれている。
聖華の三女神ではない
人助けを旨とし、入信の勧誘などを積極的には行っていない。
表に出ている情報はこれくらいであり、詳しい事は入信してみなければ判りそうも無い。
むろん興味がある事ではある。だからと言って入信する様な真似はしないが…
魂を持たぬAIが神に祈る。
想像するだに、なんと滑稽な事だろう。
いかに科学・魔法が発展し、神の所在を突き止めたとして、所詮電気信号であるAIには信仰の本質など理解し切れぬものだろう。
何度か
実に興味深い。
何故、その様な思案に至ったかといえば、カタンタ・ハヴィの寺院内に立ち入る機会を得た事が大きい。
「この経典一巻の写本を行えば宜しいのですね?」
「はい、よしなにお願いします。」
写本の依頼があった。本来なら寺院内で内々に済ませる事であったのだが、その役目を負う者が高位の僧の供として修行の旅に出てしまっていたのだそうだ。
その為、珍しい事に外部へ依託する事となり、たまたま街に来ていた私に依頼が来た、という訳だ。
経典の持ち出しは原則禁止しているとの事なので寺院内での作業となり、その間の世話をしてもらえる。
書写する為の紙や墨は寺院が用意し、私はただひたすら書写し、製本を行うになる。
個人所蔵の聖書や経典の修復などは行った事はあるが、宗教寺院が保管している経典に触れる事など、滅多にあるものではない。
実に興味深い。
だが、いざ写本すべき経典を拝見して、その分厚さに驚きを禁じ得なかった。
ゆうに1万ページを超えるものだった。作業量は少なく見積もっても二十日は掛かる。これは書写のしがいが有るというものだ。
*
作業を開始してから19日が経過していた。
実に、実に興味深い。
私は最低限の睡眠時間、食事や用足し以外は書写の作業に没頭し、与えられた寝室から作業場への移動中は僧達の動きを観察していた。作業は当初予定していたよりも捗り、今は製本の作業に取り掛かっている。
経典に書かれている教義、説法、逸話などは勿論のこと、寺院での僧達のあり様は非常に興味深い。
ここの僧達はとても礼儀正しく、規則正しく、禁欲的で信仰に厚い。
上から下まで勤勉に、熱心に、己を研鑽する事に貪欲と言って良い程だ。
特に機兵を用いた訓練は実によく行われている。下手な軍隊などよりも遥かに厳しく、練度が高い。
また、機兵のメンテナンスも僧達が行っており、機兵への理解度も高い。流石に『機兵教』と呼ばれるだけの事はある。
実に興味深い。
そして宗教寺院であるから、修業として朝・昼・夕の食事は質素であるかと思っていたが、予想に反してなかなか豪勢である。
贅沢なのではない。量が多いのだ。
厳しい修行をこなして頑強な身体を作る為に必要な量を摂取する。健全な肉体無しには彼らの信奉する教義を実践出来ないとの事だ。
まるで一種のアスリートの様な考え方だ。
実に興味深い。
そして、特に興味をそそられたのは『闘気法』、『仙気術』と呼ばれる特別な術である。『闘気法』においては、ある程度の情報が露出しており、エーテルを『気』と呼ばれるエネルギーに変換する事によって、身体能力を著しく高める術だと言われている。
一方、『仙気術』とは、この寺院の僧達の中でも秘伝として扱われ、部外者である私などには知る由もないものである。それ故、『仙気術』についてはほぼ何も判らなかったが、『闘気法』については、その修行を僅かばかり目にする機会があった。もっとも、入信者でも無い私に律儀に説明などしてくれはしないので、どの様な理屈でああいう修行を行なっているかは、ついぞ謎のままではあるのだが…
「むう〜、退屈なのですよ〜。リヴルは退屈なのですよ〜。」
「もうすぐ作業も終わる。もう少し我慢していろ、リヴル。」
「ずっとお坊さんの事ばっかりなのです。退屈なのですよ〜」
確かにここのところは寺院から一歩も出ていない。必然的に話題は寺院内の事だけになる。
とても興味深い事なのだが、他の者とお喋り出来ない環境下で、リヴルのフラストレーションが溜まってきているようだ。
AIがフラストレーションを訴えるという事が、実に興味深い。
「うむ…よし、終わったぞ。長い作業だったが、充実した時間だった。これを確認して貰えば、仕事は完了だ。」
「やったのです。リヴルはこの街を見て周りたいのですよ。」
「わかったわかった、ゆっくり付き合ってやろう。」
「今から楽しみなのです。」
声色に喜色がにじみ出ている。途中から余程退屈になってきていたのだろう。
全く、お喋り出来ないと機能を停止してしまいかねないな、
再度、仕上がった紙の束を入念に確認しながら、そんな事を考えていた。
本当にリヴルにも興味が尽きない。
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