第12話 カナド人と猫少女
聖華暦830年 冬の気配が濃くなった秋 ロドス
「こいつは禁忌の地で発掘して来た[旧人類]の書物だ。素人目に見ても保存状態はなかなかイイ。中身も学術に関する物だから、好事家でなくても買い手は付く代物だぞ?」
そう言って、カナド人の男は左手に持った発掘品の[本]を右手の甲で2回、軽く叩く素振りを見せた。
「そうは言うがね…。確かにこれは美品だよ。中身も申し分ない。」
「だったら何が気に入らないんだ?
あんただって発掘品でこんな美品は、なかなか御目に掛かれない事は重々承知している筈だろ?」
髪を短く刈り上げ、左頬に傷のあるその男はしつこく食い下がってくる。
ここロドスは自由都市同盟の領内では東の端にあり、禁忌の地を調査する為の前線基地として機能している。
そして数々の希少な発掘品を捌くオークション会場の外に広がる露店市、私達がいるのはその一角だ。
ここらは雑多な発掘品を扱う露店でごった返し、多くの商人、冒険者、トレジャーハンターが往来している。
今も黄色いコートを着た少年が護衛と思しき厳つい供を連れて露店を一軒一軒回っていたり、右斜め前の露店で銀髪の青年が値引き交渉を三十分以上していたり、「栄光の宴」の紋章を付けた二人組の冒険者がオークション会場へ歩を進めていたり…
実に雑多な人種が入り乱れている。
実に興味深い。
ちなみにトレジャーハンターというのは、冒険者のほぼ同類の者達である。
決定的な違いがあるとすれば、彼等が[古代遺跡]と称される旧人類の遺構を探して盗掘する専門家だという事だろう。
遺跡があれば禁忌の地は勿論のこと、カナド地方、魔獣領域、戦争中の戦場にだって赴いて盗掘を行う連中だ。
その上それを『浪漫』の一言で片付ける。
度し難い。
「言いたい事はわかる。私とてこの商売をしているからには、その[本]の価値はわかる。わかるのだが…」
「だったらイイじゃないか。一冊1500だ。それで手を打とうじゃないか。なっ。」
見たところ、その[本]は教科書のようだった。
「一冊1000だな。それで納得がいかないなら、他を当たってくれ。」
「それじゃあ儲けが殆どねぇ!
いくらなんでも、それはアコギってもんだろ。」
男は大袈裟な手振りで不満を口にしている。だが、これに関しては一歩も譲る気はない。
「そもそも、
いかに貴重な発掘品であろうとも、全く『同じ本』が100冊。これでは単体としての価値が下がってしまうのも仕方がない。」
彼の足元には、その『同じ本』が99冊入った木箱が置かれている。
一方、私がこのカナド人のトレジャーハンターと価格交渉をしている間、彼の連れの猫人族の少女とリヴルは暇を持て余し、二人で何やら会話を楽しんでいるようだ。
「これでリヴルが全問正解なのです。ネルちゃんは全問不正解なのですよ。」
「うぎぎ…なぁんで分かるかなぁ…あーもう!全然わっかんねー!」
「うるせえぞバカ猫!こっちは必死に交渉してるってのに、ナニ遊んでんだオマエは!」
「何言ってんだい!邪魔だからそっち行ってろって言ったの、バルドだろー。」
「声がでかいんだ。少しは静かにしてろって言ってんだよ!」
「ハイハイ、気をつけますよーだ。」
バルドと呼ばれた男の憤りを、ネルという名の猫人族の少女はなんとも慣れた様子で軽く受け流した。
「それで、二人で何をしていたんだ?」
二人が何をしていたのか、気になったので聞いてみた。
「なぞなぞを交互に出しあっていたのですよ。リヴルの圧勝なのです。」
リヴルが胸を張ってエッヘンしている姿を、何故か想像してしまった。
本の姿をしているというのに、可笑しな事を想像してしまった事が度し難い。不可解で、やはり度し難い。
「うーん、あたしの知ってる中で一番難しいやつだったのに、なんで解っちゃうかなー?
なぁおっちゃん、アンタは解る?朝は4本足、昼は2本…」
「ああ、その答えは[人間]だな。」
「クッソー!なんでわかるんだよ。まだ全部言ってないし!」
「旧人類の伝承だな。朝は産まれたばかりの赤児だから四つん這。昼は成長した成人だから二本足。夕方は老人が杖を突くから三本足になるんだ。」
「知ってたのかよちっくしょー、つまんねーのー!」
「浅知恵を露呈しただけだったなバカ猫め。」
「うっさい!ほっとけよ!」
バルドは愉快そうにニヤニヤ笑い、ネルはむくれてそっぽを向く。
その時、[本]を物色していた客の一人が脱兎の如く駆け出した。
その手には分厚い表紙の[本]を掴んでいる。
「泥棒っ‼︎!」
叫んで追い掛けようとした刹那、瞬時に泥棒を取り押さえる小柄な影。
「おーネル、良くやった。」
「全く、つまんねー事してんじゃねーよ。バーカ。」
あっという間の出来事に、周りからも拍手が出た。
泥棒が盗もうとしていた[本]には、25000ガルダの値札が付いている。高値の付いた[本]を狙っていたようだ。
駆けつけてきた同盟軍人に泥棒を引き渡し、騒ぎは無事、一件落着した。
「うむ、良い事をした後は気持ちがいいものだな。」
「ありがとう、お陰で助かったよ。礼を言う。」
「やーやー、どいたしまして。」
少女は白い歯を見せて笑った。
「さっきの礼として、引取価格を1冊1300としよう。これ以上は出せない。」
「ううーん、仕方ない。それで手を打とう…」
1時間に及ぶ価格交渉はこうして幕を閉じた。
「バルドさんとやら、あんたは商売が下手だな。高く売りたいなら、この[本]を一度に持ち込まず、小出しにしてあちこちに持ち込めば良かったのだよ。そうすれば、今の2〜3倍の値段で売れた筈だよ。」
「どこかのバカが毎度機体をぶっ壊すせいですぐに金がいるし、[本]を扱ってる商売人が、今ここにはあんたしかいないからだよ。」
「誰がバカだ!誰が!」
「お前しかいないだろうが!バーカ!」
「言ったな!アホ、ボケ、マーヌーケー!」
「やれやれ、騒がしいな。」
「喧嘩するほど仲が良いのですよ。」
目の前の凸凹コンビは、これからもトレジャーハンターとしてやっていくのだろう。
これからこの二人が、どのように仕事を熟していくのか、実に興味深いところだ。
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