第3話 些細な出来事
昔、仲睦まじい若い夫婦がいた。
暮らし向きは裕福とは言えなかったが、二人支え合って暮らしていた。
その年の感謝祭に、それぞれが相手に内緒で贈物をしようと思い、夫は父の形見の懐中時計を売って、長い髪が美しい妻へ贈る、装飾の施された髪留めを手に入れた。
妻は自慢の髪を売って、懐中時計の金鎖を手に入れた。
感謝祭当日に、互いが同じ事を考えて、互いの大事なものを贈物に替えてしまった事を二人は知った。
それぞれの贈物は無駄になってしまったが、お互いの思い遣る心に、二人の仲はより一層深まったという…
*
「とっても素敵なお話なのです。お互いのことを大切にしているのがよくわかるお話なのですよ。」
リヴルはこの話の夫婦が互いを想いあってる事に素直に感動したようだが、
「全くもって不可解だ。極めて効率が悪い。事前に確認しておけば、無駄な買物をせずに済んだというのに。」
私はこの夫婦のやり取りが非効率的にしか思えなかった。
「タカティンは捻くれているのです。素敵なお話は素直に素敵だと認めるべきなのです。」
私の感想に不服そうに非を唱えてくる。
短編集を読んだ時の事である。
無論、[人]は一人では生きていけない事は知っている。支え合えるパートナーがいる事は、人生においての重要なアドバンテージである事は理解している。
だが、この話はいただけない。表面上は一見すると相手の為に自分の身を犠牲にする美談のように見える。しかし、本当に相手のことを考えているのならば、やはり事前に確認をしておくべきだ。良かれと思って行った行為が無駄になったり、返って悪くなる事とて有り得るのだ。
この話では、偶々上手く、互いの考えを汲み取って、互いに納得したから事なきを得ている。現実にはこのように美談で片付いたりはしない。
少し違うが、昨日も互いのミスが重なった失敗の、その責任を押し付けあった挙句に取っ組み合いの喧嘩を始めた聖騎士達を、目の当たりにしたところだ。
*
聖華暦830年 聖王国領 メルシデン
夕食をとる為に入った店での出来事だ。
酒が入っていたのだろう。その聖騎士達は陽気に肩を組み、歌い、互いを褒めて持ち上げ、自分達の功績を声高に語っていた。
賊の討伐の顛末などを、おそらくは脚色されてはいるだろうが、それは楽しげに愉しげに語り合っていた。
だが、魔獣討伐をした時の話の段になって、彼等を取り巻く空気が変わっていった。任務で下手を打ったのだろう、その事で先輩騎士が向かいに座ってる若い騎士を笑い物にした。気を悪くした若い騎士は、言い出した先輩騎士の、その任務での違う失敗を暴露したのだ。その事は先輩騎士には痛い所だったらしく、一気に声を荒げて立ち上がった。
喧嘩を売られたと感じた若い騎士は、買ったとばかりに詰め寄り、結果、止めに入った周りの騎士達も巻き込んで、目も当てられない大喧嘩となった。
当然店はめちゃくちゃ、他の客達も食事どころではない。
当事者である喧嘩を繰り広げる聖騎士達、関係ないのに喧嘩に巻き込まれる者、関係ないのに喧嘩に参加する者、一目散に逃げ出す者、どさくさに勘定を踏み倒そうとして店主に張り倒される者。
まさに鍋をひっくり返したような大騒ぎであった。
やがて騒ぎを聞いて駆けつけた官憲によって事態は収束した。
随分な騒ぎだったが、幸いにも(?)喧嘩をした者達以外は大した怪我人も無く、騒いだ騎士達が店の弁償をするようなので(騎士達にとって)大ごとにはならなかったようだ。
私達は事の顛末を最初から最後までじっくりと観察した。
無論、店の中でである。
どうやって喧嘩に巻き込まれなかったか、それは喧嘩が始まってすぐにバーの裏に避難したからである。
時折バーの中に入り込もうとしてくる者がいたが、手近にあった酒瓶で追っ払った。
騒ぎが終わったその後すぐに、何食わぬ顔で食事の代金を支払って店を後にした。
全くもって度し難い。
あの後の騎士達は、仲違いしたかというと、そうではなく、また連れ立って別の店へと消えていった。
あの喧嘩はなんだったのか?
殴り合うほど許せない事なのに、何故また許し合って酒を酌み交わせるのか。
そもそも気にするほどの事でも無かったのか?
では、あの喧嘩はなんだったのか。
この疑問は堂々巡りだ。
全くもって度し難い、不可解で興味深い。
[人]の行動は矛盾に満ちている。些細な事で理解しあって仲良くなる。些細な事でいがみ合うのかと人えば、また些細な事で打ち解けて行動を共にする。
きっかけは常に些細な事である。
それは本当に些細な事なのだろうか、本当に些細な事なのだとしたら、なんと単純なものではないか。
単純だから些細に感じることなのだろうか。
全くもって度し難い、不可解で興味深い。
私達はメシルデンを出立する為に南門へ向かっていた。
「タカティン、タカティン、あの二人はこの間の喧嘩してた聖騎士なのですよ。」
リヴルの声に目をやると、確かにあの時の聖騎士達だった。南門前の関所の警備をしている。
二人は親しげに談笑しており、喧嘩の傷跡を手当てしたその顔には、相手に対する憤慨や憎悪など微塵も感じられなかった。
[人]の行動は矛盾に満ちている。喧嘩をした事など嘘のようだ。
「喧嘩をしても仲直りできるのです。やっぱり、仲良しなのは良いことなのですよ。」
[人]は許せないと感じる事も、容易に許す事が出来る。そうする事で互いを信頼できるという事なのだろうか。
「人騒がせなだけだったな。」
あの喧嘩はなんだったのか。
全くもって度し難い、不可解で興味深い。
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