第2話 夜明け

 一夜明け、聖華暦830年。


「今日も清々しい1日の始まりなのですよ。」


 夜が明けるなり、実に希望に満ちた声を上げてリヴルは喜びを表現した。夜明け直後である。


 リヴルは書籍型AIだ。つまり睡眠を取らない、と言うより必要ない。

 身体を持たない分、電脳を稼働させるエーテル量は少なくて済む上、背表紙に仕込まれた高純度ミスライトが、勝手に大気からエーテルを集めてくれるお陰でエーテル切れの心配が無い。


 アンドロイドである私は、電脳をエーテルで稼働させるため、新人類に比べて必然的にエーテル量が少ない。

 体内のエーテルが枯渇すれば、電脳は強制的にシャットダウンしてしまい、長い休眠状態に陥ってしまう。その事態を避ける為、いわゆる[睡眠]を取る必要があるのだ。


 ただ、[人]のそれとは違い、完全に意識を沈み込ませているわけでは無い。

 必要最低限の機能だけを残しての省エネルギーモードになるだけだ。


 5時間程で1日動き回るのに必要なエーテル量を増やすことができる。

 この状態では自立的な行動を取れなくなるが、意識は緊急時にとっさの判断と行動ができる程度には覚醒している。


[人]ではない私が、意識と言う表現を使うのは違和感を覚えるが、他に良い表現が私の記憶の中には無い。


 少々脱線した。

 眠らないリヴルは眠った私が相手を出来るようになるまでの間、暇を持て余し、夜明けが来るのを待ち侘びていたのだ。

 そしていつも、夜明けとともに新しい1日を、新しい発見を、新しい出会いを予感して希望に胸を膨らませるのである。


 書籍型AIに対してのこの表現も、違和感を覚えるものだが、他に良い表現が私の記憶の中には無い。


「今日から新しい年の始まりなのですよ、タカティン。今日はどんな人達と巡り会えるのか、今から楽しみなのですよ〜。」


 朝からテンションが高い。

 記憶の一部を欠損しているが、かつて自分が[LCE]と呼ばれる特別な個体であったことは覚えているそうだ。


[LCE]はアンドロイドとは違い、身体の全てを生体部品のみで形作られた高性能演算ユニットである。

 かつての[旧大戦]において致命傷を負い、記憶を今のAIへ移すことで人格を生き永らえさせているのだ。


[LCE]も生体部品で構成されているとはいえ、厳密には私と大差のない[創造物]である。

 それがどうだろう、この感情の豊かさは。


 一体どんな初期プログラムをインストールされたのか、いや、リヴルを創造したエンジニアはリヴルに何を求めたのだろうか。


 実に度し難い。不可解で興味深い。

 リヴルが、ではない。リヴルを創造したエンジニアのその意図が、である。


 本格的な覚醒の前に、つらつらと思索に耽ってしまった。

 先程からリヴルがまだ起きないのかと、催促するように言葉を投げ掛けてきている。そろそろ相手をしてやらねば、臍を曲げてしまう。


「今日はどうするのです?聖教会で新年のミサに参加するのです?露店を広げて商売するのです?次の街へ出発するのです?一体どうするのです、タカティン?」


「朝から捲し立てるな。少しは落ち着きを憶えろ。」


 そうは言っても、リヴルが落ち着く事などないだろう。人で言う好奇心の塊のような奴なのだ。

 観たい、聴きたい、知りたい。そして、いろんな人と話したい。


 世界を知りたい。


 出会った時、リヴルはそう言った。


 確かなものなど何も持っていない、造られた私が。

 永い眠りから覚めたばかりの、孤独な私が。

 存在意義を失って、それでもなお存在している無意味な私が。


 自問自答を繰り返して、自問自答を繰り返して、自問自答を繰り返して、そしてようやく見つけた目的。


 世界を知りたい。


 出会った時、リヴルはそう言った、言ったのだ。

 その時、私は不思議な感覚には包まれた事を覚えている。

 共感、と呼ぶべきものなのだろう。


[人]とは違う創造物であるアンドロイドが、おこがましく[人]と同じように感覚、共感などと、違和感を覚えるものだが、他に良い表現が私の記憶の中には無い。


「今日は聖導教会のミサに参加する。その後に露店を広げる。出発するのは明後日だ。次はメルシデンに向かって、その次は同盟領を目指す。

 わかったか?リヴル。」


「了解なのです。とっても楽しみなのですよ。」


 本当に賑やかで、忙しない。

 リヴルに身体があったならどこへ行くやら、危なっかしい。そんな旅の相棒を、私は思いの外、気に入っている。


「さて、では出掛けるか、リヴル。今日も新たな発見がある事を期待しよう。」


「ハイなのです。今日も清々しい1日の始まりなのですよ。」

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