新人類観察紀行〜あるアンドロイドの旅〜

T.K(てぃ〜け〜)

モーントシュタイン

第1話 新しい年

 遠い遠い遥かな未来…

 造物主である[旧人類]と創造物である[新人類]との間で、種としての存亡を賭けて長く繰り広げられた戦争[旧大戦]も過去の話となった頃…

 アンドロイドである私は、製造が終戦直前であった事から[旧大戦]には参加しておらず、 戦後約600年の間、コールドスリープ状態で眠り続けていた。


 ある時、製造設備の一時的なバグにより、たった一人で私は覚醒した。

 造物主である[旧人類]が滅び、すでに自らの存在意義が失われている事を知った。

 高度な人格を与えられていた私は、その事実に自問自答を繰り返し、ひとつの答えを導き出す。


 今はもういない造物主に代わり、新人類の事を知ろうと...

 今の自分に出来る事はそれしか無いのだと...


 以後、施設に残された素体を乗り換えながら、200年もの長い旅を続けている…



 *



 聖華暦829年 聖王国領 コシュタ・バル


 通りを行き交う人々を眺める。

 ただ観ている訳ではない、彼らの一挙一動に細心の注意を払い、具に観察している。


 今日は一年の終わり、あと9時間もすれば新しい年を迎える。

 あちらこちらで多くの人々が忙しなく、新年を迎える為の最期の準備に奔走していた。

 威勢良く客の呼び込みをする露店の店主、向かいの屋台で買い物をする親子、荷物を手に足早に去っていく男性、楽器を手に感謝の曲を奏でる演奏会、愉しげに走り抜けていく子供達。


 浮き足立ち、どこか楽しげで期待に満ちた表情、通りは活気に溢れている。

 だが無論、それらばかりでない事も、見逃さなかった。

 暗い表情で天を仰ぐ青年、路地の片隅で座り込み酒を飲む年寄り、下を向き重く歩く女性、ただ羨むような眼差しを暖かな家へ向ける子供。


 活気に満ちた幸せの影に確かにその逆も、また同じように存在している。

 それぞれに様々な事情を抱え、それ故に幸せにも不幸にもなる、感じてしまう。

 何を考え、どう行動する?

 やはり[人]は度し難く、不可解だ。それ故に興味深い。


 多くの[本]を並べた露店の奥で、私は通りの人々を観察する。


「タカティン、もうすぐ一年が過ぎようとしているのですよ。みんな年越しの準備をしているのです。」


 傍に居る、置いてあると言った方が良いか、丁寧な装丁を施された[本]が不服のこもった声で話しかけてくる。


「そうだな、みな実に忙しいな。」


 私は抑揚のない声で『彼女』に返事を返す。


「私達は準備をしなくて良いのです?

 早くしないと年が明けてしまうのですよ。」


 私の返事にやはり食ってかかってくる。去年も同じ事を言っていた。


「前にも言ったがな、リヴル…

 我々がそれをする事に何の意味がある?私にもお前にも特に必要な事ではないぞ。」


 これも去年言った事だ。


「何を言っているのです!

 一年の終わりを迎え、新しい年を迎える。これは[人]にとって区切りをつける、大切な行事なのです!

 仮にも[人]の観察をし続けると決めているタカティンが、その為の行事に参加しなくてどうするのです?」


 やれやれ、このリヴルという名の[本]は、正確には書籍型記憶媒体、つまりAIである。

 だが、AIらしからず感情豊かで騒がしい。


 5年前、ぼろぼろでゴミ同然に市場の露店で売られていたのを偶然にも発見し、非常に安く買い叩いてからの付き合いになる。

 残念ながら保存状態は最悪で、記憶の4割が破損、ロストしていた。

 外観は綺麗に装丁をやり直し、丁寧に修復した。


 何故買い取って装丁し直したか?


 リヴルが人格を持ったAIだった事もあるが、なによりも[本]だったからだ。

[本]こそは人類最大の発明、叡智の結晶、[本]より貴重で尊い物は人類史上存在しない!


 少なくとも私はそう考えている。

 だから私はあらゆる[本]を商っている。

 古書、新書、奇書、魔書、幻書、様々な[本]を売買することで[人]に接して観察する。

 尊い[本]も扱える。実に合理的で効率的だ。


 だから私は行商人として各地を旅して[本]を商い、[人]に接して観察する。

 もう一度言うが実に合理的で効率的だ。


「タカティン、聴いているのです?リヴルは新年のお祝いをしたいのです。」


 結局は新年の祝いをしたいという事だ。何かにつけ、祝い事をやりたがる。


「わかった、わかった。あまり捲し立てるな。

 これも何度も言ってきたが、本が喋っているのは色々と面倒ごとになるのだ。

 露店をたたんだら新年の祝いをしてやるから、もう少し大人しくしていろ。」


 根負けしたという風に折れてやる。

 そうしないと賑やかな相棒は年を越すその時まで賑やかに捲し立ててくるだろう。

 リヴルはそういうAIだ。これはこれで度し難い。


「むぅ、分かったのです。絶対なのです、絶対なのですよ。嘘をついたら許さないのですよ。」


「くどいぞ。約束は守る。」


「では楽しみにしているのです。」


 喜色を帯びた声でそう言って、ようやく静かになった相棒を一瞥してから、 私は再び通りへ視線を移した。


 今日は一年の終わり、あと8時間もすれば新しい年を迎える。

 あちらこちらで多くの人々が忙しなく新年を迎える為の最期の準備に奔走していた。彼らの一挙一動に細心の注意を払い、具に観察する。


 だが、今日は早めに切り上げて、買い物をせねばならなくなった。まぁ、これもここ数年は毎年の事ではあるのだが…


[人]は度し難く、不可解だ。


 おおよそ200年もの間、私はずっと[人]を観察してきた。

 人は一人では生きていけない。そのくせ他人に対して優しくも尊大にもなる。

 自ら創り自ら破壊する。

 愛を語るその口で平気で嘘を吐き、他人を傷つけたその手で他人を助け、命を紡いで種の存続を求めるかと思えば、戦争を繰り返して命を奪い続ける。


 何だこれは、矛盾だらけだ。

 全くもって[人]は度し難く、不可解だ。それ故に興味深い。


 彼等[人]という種はどこへ向かっていくのだろうか?

 私は観察し、データを集め、考察する。そしてまた観察し、データを集め、考察する。その繰り返し。


[人]はいつも同じ事を繰り返し、その度に新しい発見がある。


 度し難い、度し難い、度し難い。

 不可解、不可解、不可解。


 何故ここまで興味深いのか、未だに答えは出ていない。

 だからこそ興味深いのか、自問自答を繰り返す。


 これもいつもの事だ。いつも答えが出ない事も知っている。

 だが、そうせざる得ないのだ、存在意義の失われた、作り物の私の存在意義なのだから。


 この永遠に答えが出ないのではないかと思える自問自答を解く為に、私は観察し、データを集め、考察する。それはこれからもずっと続く事だ。


 私の機能が停止するまでに答えが出せるかはわからない。

 答えが出たところで、それが何の役に立つのか、意味があるのかはわからない。

 それでも私は観察を続けるだけだ、データを集めて考察するだけだ、自問自答を繰り返すだけだ、私の存在意義なのだから。


 今日は一年の終わり、あと7時間もすれば新しい年を迎える。

 私は露店をたたみ、この小さな相棒の要望に応えるべく、人々の行き交う通りへ踏み込んで行く。


 もしも他に観察者がいるのなら、今の私も周りの人々同様に観察対象となるのだろう。

 ふと、そんな事を考えて、実にくだらない考えだ、と思った。

 それがどうしたというのだ。


 新年の祝い、そのささやかな宴をする為に、今は買い物を済ませてしまおう。

 そうしないと、また賑やかな相棒が騒ぎ出すだろうから…

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