キスする気持ち、彼女の心と僕の好き

 ――彼女の本心がききたい。

 昨日から僕の頭の中はずっとそのことばかりで悶々としていた。

『でもさ、好きな人は変わってないんだな』

 美琴みことの言った言葉。あれってどういう意味?とおるくんの事が好きなのは変わらないけど僕の事はキープしたいってこと?それとも本当は僕の事が好きだったってこと?


 わからない。なんであんなに曖昧な言葉で終わらせるんだよ美琴。それ以上確認するのがカッコ悪くて何も言えなかった僕も悪いけどさ。

 とにかく、何とかして続きを聞かなければこのもやもやが晴れる気がしない。さて、どうやって聞こう?


「あ、あのときの続き、きいていい?」

 気にしてるのバレバレじゃん。


「おい美琴。お前俺の事好きなんだよな?」

 違う違う。殴られてしまう。


 そうだ、いっそのこと徹くんに美琴のこと聞いてみようか。

「徹くん!聞きたいんだけど僕好きなのかもしれなくて」

 ちょいまち。言葉足らないじゃん。誤解されるって。

「徹くんって大沼の事好き?」でも「好きだよ」って言われたらどうしよう!


 何か本音を聞き出せる機械とか伝説の魔法みたいなものはないか。ないよなぁ。

 突然、目覚ましのアラームが鳴り響く。


 ああ、朝になってしまった。


「おはよー!なんか元気ないね。徹夜でゲームでもしてたかっ?」

 信号待ちの交差点で突然、僕の背中に美琴の元気のよい平手が炸裂する。自転車のハンドルを両手で支えていた分余計に背中で衝撃を受け止める形になってしまった。

「いや、ゲームじゃな…く…もない。うん」

 本当の事なんて言えるわけない。しどろもどろな答え方をしてしまった。

 叩かれた背中もそうだろうけど、自分の顔も少し熱を帯びているのがわかる。顔が赤くなってると思うとなおさら目も合わせにくい。

「あれあれ?もしもし照久てるひさくん。きみはまだ昨日の事を気にしているのかね?」

 美琴はにやにやしながら僕の顔を少し屈むようにして下から覗き見る。

「そ、そんなことないって、あの、うん、大丈夫だから」

 しまった。一瞬合った視線を不自然に逸らしてしまった。

「何が大丈夫なのよー!テル絶対変だって」

 あはは、と美琴は屈託ない笑顔を僕に向ける。完全に主導権を握られてる感じだ。冷静になるんだ照久。

「えっと、美琴さん」

 うわずる声のトーンを必死で抑えて出来るだけ低い声で冷静を装ってみる。

「はい、なんでしょう照久さま」

 美琴は笑顔を少しも崩さずに僕に向かって正面を向き背筋を伸ばすと、敬礼をしてみせる。どうみても完全におちょくってる。これ以上は火種を増やすだけだ。ここは一旦諦めよう。

「やっぱいい。なんでもない」

「あーあ、つまんないの」

 そうか。そうだよな。やっぱり僕はつまらない男だ。

 じゃあさ、と美琴。

「ねぇ。キスしたら元気出る?」

 ――えっ?えっ?

「やっぱだめかあー、キスするなら可愛い人の方がいいよね、カオリみたいな」

「そ、そんなことない!美琴だってかわ」

「ん?」

「その…かわ…、いいと…おも…う」

 なんだ。何を言っているんだ僕は。完全に美琴のペースにのまれているじゃないか。

「あ、気持ちこもってない。足りないなあー、それじゃぁご褒美はあげられないな。保留」

「え、保留ってどういう」

 精一杯虚勢を張って返したつもりが最後まで言えずに思いっきり咽てしまう。


 その様子をみた美琴はにっこりと白い歯を見せて満面の笑みを見せる。少し首を傾げるその視線はどこまでも優しい。

「やっぱりテルって可愛いよね。わたしそういうテルのこと――」

 最後まで言い切らずに美琴はわざとらしくくるりと僕に背を向ける。

「え?」

 好き、って言ったような。僕にとってはすごく大事なところなんだって。

「ちょっと美琴今の聞こえない」


「あ!虹がでてるー!先行くね!」


 立ち尽くす僕をおいて、自転車にまたがった美琴は勢いよく加速していく。

 遠ざかっていくその小柄な姿が気のせいかゆらゆらと揺れている。

 自分の心臓の強すぎる鼓動がその原因だと気づくのにはさほど時間はかからなかった。

 朝からこんな調子じゃ今日の授業なんて何も覚えられるわけがない。


 ――でも。

 よくよく考えたら何も解決してないじゃないか。

 今の『好き』だって友達以上だなんて何一つ言われてない。

 からかわれてばかりだしもしかしたら体のいいペットかなにかだと思われてるだけかも知れない。


 僕は大きく空を見上げる。深く息を吐くとそのまましばらく瞼を閉じてみた。

 そうして一つだけわかったことがある。

 このドキドキはもう止まらないということ。僕の美琴に対する想いはごまかしようがないということに。


「よし、いくか」

 いつまでも立ち止まっていられないな、と自分に言い聞かせながら自転車に跨る。

「美琴のせいだからな。知らないぞ、もう」

 僕は力いっぱい、ペダルを踏みこんだ。

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シャボン玉だっていいじゃない。 城内 夕刻 @jodaiyuf

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