二敗

増田朋美

二敗

二敗

暖かい日で、その通り、桜がそろそろ開花してくるとテレビの天気予報では盛んに報道されるようになった日だった。そうなると、必ずやってくるものがある。其れが大掛かりなものか、それ以外かは別として。何かというと配置転換というものであった。其れのせいでいろんなものが、出会ったり別れたりするものであるが、、、。

その日、小杉道子の勤めている病院に、新しい医者がやってくることになった。道子はたいして気にも留めなかったのであるが、これが、変なハプニングを引き起こしてしまうことになる。

午前中の診察が始まる前に、道子たち勤務医全員は、会議室に集まることになっていた。あーあ、なんでまた、こんな面倒くさいことをしなきゃいけないのかなあと思いながら、道子は会議室に入った。

「えーそれでは、今月からこの病院に配属されることになった先生を紹介します。内科医で、総合診療科に入ってくださることになった、芝田山光子先生です。どうぞよろしくお願いします。」

と、院長が、ひとりの若い女性医師を紹介した。道子と大体おんなじくらいの年の、まだ経験もあまりないのかなと思われる女性医師であった。

「芝田山先生は、前任の蒲原総合病院で、診察の的中率もナンバーワンだったそうだ。みんなも彼女を見習って、頑張るように。」

院長がそういうと、あれれえ?と道子は思った。芝田山って、有名な相撲の親方の名前でそういうのがあったけど、道子はもう一つ別の名前を聞いたことが在る。芝田山光子という名前ではなかったけれど、別の名前で何か聞いたことが在ったような、、、。

「芝田山です。よろしくお願いいたします。」

そういう彼女に、道子はなぜこの病院に来たのか、一寸違和感を持ったのであった。

「それでは、午前の診察を開始してください。では、芝田山先生は、第一内科でお願いします。」

「はい!」

と、院長の声掛けに、芝田山という医者は張り切って診察室に向ったのだった。

「芝田山。なんか聞いたことある苗字だな。あああの、相撲取りの芝田山じゃないよ。ほら、こないだ、生徒殺しで損害賠償を求めた教師の事がニュースでやってたよな?」

と、別の医者がそう言ったので、道子はやっと思い出した。道子もそのことは、ニュースで見たことがある。確かその女性は、公立高校の教師だった。いわゆる県立高校だ。確か彼女は、生徒に、身内が大学受験をしたときの作文を書いてくるようにという課題をだして、それを描くことができなかった男子生徒をしかりつけすぎて、自殺に追い込んだということで、生徒の親御さんから損害賠償を求められているということで、話題になっていたような気がする。名前は確か、芝田山順子とか、そういったような。

「ねえ、小杉先生もご存じありません?芝田山って、なかなか聞いたことのない苗字だから、もしかしたら血縁関係があるかもしれないわよ。」

同僚の医師が、道子にそういった。

「まったく、犯罪者の身内で、地方の病院どんどん回されているんだったら、気の毒よねえ。まあ、あれだけきれいな人なんだから、きっと許してもらえるわよ。私たちは、全然そういうことはないけれど、美人はつらいっていうし。」

と言われるほど、芝田山は、美人であった。医者というより、女優業に商売を替えた方がいいような気もするのである。

「まあ、せいぜい、うちの病院で精いっぱい働くことね。大したことはない医者だと思うわ。」

ほかの医者はそういっている。まあ、気にせずに私は仕事を続けていけばいいかなんて、道子はそう思っていたのであるが、、、。

「はああの先生は、美人だな。何だか美人先生に会えるなんて、病院に来るのが楽しみになっちゃうな。」

と、患者さんたちがそういうことを言いあうほど、柴田山先生は人気が出た。道子も、患者から、あの美人先生に担当医を変えてもらえないかなんていう申し出が続出するほどだ。今日も、中年の男性患者から、そんな要請が出てしまったので、道子はいやな顔をした。。

「そうですか。私の診察では、納得がいきませんか。治療何てね、医者を変えたって、同じ薬を飲まされるだけよ。」

と道子は患者に言うが、

「そうなんですけどね、道子先生。道子先生とは、一寸違うって聞きましたよ。道子先生はなんでも断定的で薬を絶対飲まなけばならないと、威圧的に言いますけど、あの、芝田山先生は、もっと雰囲気が優しいそうです。そのうえ、美人と来てる。先生、病院というのは大体、来たくないところなんですから、できるだけ来られるように、患者側も工夫をしなくちゃ。あ、もちろん、薬を飲まないと、病気が治らないってのは理解してますよ。ですが、かかっているのが、一生治らない病気であるんだったら、少しでも楽しく生きられるように、先生を変えてもいいですよね?」

と、患者は言う。まあ確かに、道子たちが扱っている疾患は、完治ということは遠いものだった。みんなそれと仲良く付き合っていかなければならないものであった。だから少しでも楽しみを見つけたいという主張は理解できる。でも、担当医を変えろというのは、一寸道子にはいやな気がする。

「それでは、私が、芝田山先生より劣るとでも言いたいんですか?」

道子は思わず言ってしまった。

「劣るとか、そういうことではありませんが、、、。」

患者がそういうと、

「いいえ、あなたのいうことはそういうことです。私の事を頼りない医師だとかそういう風に、馬鹿にしています。そうじゃなくて、患者なんだから、もっと素直になって下さいよ。私が出す薬をちゃんと飲んでくだされば、それで安楽な人生を送れます。それでいいと思ってください。」

道子はちょっとむきになっていった。

「道子先生は確かに薬の知識はあるけれど、そう患者に対して冷たいのが悲しいところですね。俺たちは別に道子先生の事を責めてるとか、批判しているわけじゃありませんよ。ただ、先生はわからないだろうけど、こういう重大な病気になってしまうと、残りの人生を楽しくいきたいっていう希望が湧いてくるだけなんだけどなあ。」

患者はそういうことを言うが、道子は理解できなかった。文字通り、わからないのである。

「そういうことでしたら、担当医を変える必要はないじゃないですか。私の出す薬をちゃんと飲んでくれれば、良いんですから。」

「道子先生、もうちょっと患者の気持ちを考えてください。」

道子がそういうと、患者ははあとため息をついた。

「あなたの事は、私が対応いたします。むやみに担当医を変えることはしません。私にお任せください。じゃあ、次の方どうぞ!」

ちょっといやな気持になって、道子は患者を診察室から出して、次の患者を呼んだ。きっと、芝田山光子も診察をしていて、私が彼女となんで比較されなければならないんだと思いながら。

「こんにちは、道子先生。よろしくお願いします。」

と、やってきた患者は、道子に挨拶した。

「どうですか、調子は。穏やかにやっていらっしゃいますか?」

と道子が聞くと、

「ええ、大丈夫です、特に大きな問題が発生はしませんでした。体調も悪くありません。」

患者が答える。道子は彼女に服を脱いでもらって、聴診をした。前回とたいして音に変化はなかった。

「そうですね。胸の音もよい感じだし、薬がしっかり効いているんですね。じゃあまた同じ薬出しておきますから。はい、かえってよろしい。」

道子はカルテに書き込みながら、そういうことを言うと、

「やっぱり私も、芝田山とかいう変な名前の先生に変えようかな?」

と患者がそういうことを言いだしたので、道子はまたびっくりする。

「なんですか!私ではいけないとでも言うんですか?」

道子は思わず言った。

「いけないというわけではなくて、道子先生は事務的というか、そんな感じなんですよ。私、ほかの患者さんに聞いたんですけどね、新しく赴任してきた芝田山先生は、一言言ってくれるそうじゃないですか。」

「はあ、具体的に何をいうんですか!芝田山先生は!単に容姿がきれいなだけじゃないでしょう?」

患者がそういうので道子は余計にムカついて、そう強くいってしまった。

「そんなことありませんよ。確かに、芝田山先生は、女優みたいにきれいな人であることは認めます。かと言って、道子先生が、ブスだとかそういうことじゃありません。ですが、道子先生は、いつも同じことしか言わないじゃないですか。今日は問題ない、かえってよろしい。芝田山先生は、それだけじゃありませんよ。良かったですねとか、これからも頑張ってくださいとか、そういうことを言ってくれてるみたいですよ。道子先生が足りないのはそこです。其れを言ってくれるだけで、あたしたちはどんなに違うか、考えてみてください。道子先生が、芝田山先生を見習ってくれるんだったら、そのままでいますけど、私、患者をモノみたいに扱う先生は、一寸いやですね!」

患者がそういうことを言うので、道子は何を生意気なと思った。なんで自分がその芝田山という医者に比較されなければならないのか。まったく、ひどいことを言うなと、道子は頭に来た。

「わかりました。無理に担当医を変えてもらわないようにしますから、今日は薬をちゃんともらって帰ってくださいね。はい、次の人!」

道子がそういうと、

「少しもわかってないわね。」

と患者はため息をついて、診察室を出て行ってしまった。三人目の患者はまだ従順な人であったから良かったようなもので、道子は普通に診察を続けることができた。でも、芝田山という医者と比較されなければならないのか、道子は、頭の中で何回も考えてしまっていた。

本日も、病院勤務時間は終了した。道子は、カルテを片付けて、病院を後にした。道路を歩いていると、まだ、芝田山と比較されているようなそんな気がした。

「よ、今日は元気ないじゃないか。ラスプーチンらしくないな。」

いきなり声をかけられて、道子は後ろを振り向く。

「こ、んばん、は。」

変な言葉の切り方をする、有森五郎さんも一緒だった。

「ああ、こんばんは。二人ともどうしたの?」

何食わぬ顔して道子は言うと、

「い、え。ただ、らあ、めんをたべに、きただけで。」

五郎さんが、ラーメンを食べに来たと言っているのを理解するのに、道子は数分かかった。気が付くと、自分の歩いている先には、いしゅめいるラーメンという看板が設置されていたのだった。

「相当、何かいやなことが在ったようだな。お前さんどうせひとりだろ、じゃあ一緒にラーメン食べようぜ。」

と、杉ちゃんにいわれて、道子もそうすることにした。どっちにしろ、ご飯は自分で作らなければならないし、今日はご飯なんて作る気持ちにもなれなかった。

「そうね。私もラーメン食べて行くわ。」

三人は、いしゅめいるラーメンに入った。ちょうど夕食時であったが、店はすいていて、数人しか客はいなかった。ぱくちゃんに案内されて、三人はテーブル席に座った。杉ちゃんと五郎さんはネギラーメン、道子はなぜか辛いものが食べたくて担々麺を注文した。

「そんなに辛いものが食べたいなんて、ラスプーチンも、かなりひどい目にあったか。」

と、杉ちゃんにからかわれたので、道子はやれやれという気持ちになった。

「よ、かっ、たら、その、理由を、は、なして、もら、えませ、んでしょうか。」

五郎さんがそういった。その不明瞭な、いかにも言語障碍者という発音は、道子に誰かに今日の事を話したいという気持ちにさせた。

「ほ、ら、そ、れで、解決と、い、うわけ、では、あり、ま、せ、んが、話せ、ば、楽に、な、れるっ、て、けっ、こう、あ、ります、よね。」

五郎さんにそういわれて、道子は話そうと思った。確かに、解決しなくても、誰かに話したかった。道子は、今日あった事をすべて、隠さずに五郎さんたちに話した。

「はあ、そんなにきれいな奴だったら、僕も診察されてみたいな。この、五郎さんを近づけたら、美男美女になるかな?」

杉ちゃんにそういわれて、道子は、杉ちゃんにまでそういうことを言われるのかと思ってむきになりながら、

「ええ。なると思うわ。それくらい、きれいな人なのよ。患者が皆、彼女のほうに流れちゃって、あたしは、置いてきぼりよ。」

とテーブルをバンとたたいた。おいおい、テーブルを壊さないで下さいよ、と言いながらぱくちゃんが、道子の前に担々麺を持ってきた。道子はいただきますも言わないで担々麺をたべた。怒っているものだから、ライオンのような食べ方だった。

「そうか。まあ、どうしてもやっぱり、美人のほうが近づきたくなるよね。男にとっては。」

と、杉ちゃんが言う。道子が聞き流すつもりで、担々麺をたべていると、

「その、ひ、とは、しばたやま、と、な、のった、んですね。」

五郎さんがそういうことをいきなり言った。芝田山という単語は聞き取れたので、道子は、ええ、芝田山よと、担々麺をたべながら言った。同時にネギラーメンが杉ちゃんと五郎さんの前に置かれた。

「芝田山って聞いたことあるよな。ほら、あの、爆弾発言教師。何か最近話題になってる、県立学校のバカ教師だよ。」

と、ネギラーメンを食べながら杉ちゃんがそういうと、

「はい。そ、うですね。もしかしたら、け、つえ、んなのか、もしれませ、んね。テレ、ビで顔、を、みまし、た、が、そのしばたやま、という問題、教師、も、かなりの、び、じ、んですよ。」

と五郎さんが言った。

「それ本当?五郎さん。」

道子が思わず聞くと、

「ええ、ま、ちが、い、ありま、せん。芝田山、と、い、う、教師、も、じょ、ゆう、みたいで、すごく、きれいです。きれ、い、だか、ら、いんしょ、うに、のこ、って、います。」

と五郎さんが答える。こういうしゃべるのが不自由な人だから、それは間違いないだろうと道子は思った。

「なるほど、それじゃあ親子とか、姉妹かな。もしかしたら、その芝田山が不祥事を起こしたのを教訓にして、芝田山という医者は、人にやさしくしているんじゃないの?」

杉ちゃんの発言に、道子はピンときた。そうか、そういうことなら、あの芝田山先生が完璧に人がいい理由がわかる。そういうことなら、やたら優しすぎるというのも、わかる気がする。

「杉ちゃん、良いことを教えてくれてありがとう!私、話してよかったわ。これで明日も、楽しく診察に向えそうよ。」

とりあえず、目の前の景色が変わったような気がして、道子は担々麺のスープを飲み干した。杉ちゃんが塩分を考えろと言ったのも聞こえなかった。

翌日、道子はいつも通り、出勤した。診察室で、患者がやってきて、自分の事を機械的だとか、断定的だと言っても気にしないで診察をつづけた。きっと芝田山先生は人気を集めているのだろうが、自分は彼女に対抗できる切り札を持っていると思った。

でも、芝田山先生の事をほめまくる患者や、看護師には一寸ムカッと来るものがあった。自分の事はいやだと言われても、芝田山先生が良い、良いと言われ続けるのは、何だか面白くないのであった。道子は、勤務を終えると、芝田山先生を、直接責めてみることにした。

「芝田山先生。」

道子は、帰り支度をしている芝田山先生に、声をかけた。

「先生、よからぬことをお聞きしますが、最近テレビで話題になっている、例の暴力教師と同じ苗字ですよね。もしかしたら、先生と関係がおありですか?芝田山なんて、珍しい苗字だから、聞いてっしまったんです。もし、そうでなければ、気にしないでくださって結構ですけど。」

道子がそういうと、芝田山先生はもうわかってしまったかと思ったらしい。覚悟を決めたような表情をして、こういうことを言った。

「ええ、芝田山順子は私の姉です。五年も年が離れていますけど、私の姉である事は間違いありません。もともと、公立の名門校に勤務していたんですけど、生徒を自殺に追い込んだことで、いま、親御さんから訴えられてます。私のもとにも、取材が来たことが在ります。」

やっぱりそうか!と道子は思った。これで、この先生に勝てる!容姿とか、患者への態度だけではなく、芝田山先生の弱点を知っていれば、私は、堂々と医者をやっていける!と道子は確信した。まず、一勝した、と道子は思うのだった。

「そうですか、其れで、患者さんとかにも、好意的に接しているんですか。まあ、医療関係者には必要なことではありますけれども、あなたは、そういう風に生きていかなきゃならないのね。人生とは、つらいものがあるわね。」

道子は勝ち誇ったつもりで、そういうことを言った。

「まあ、せいぜい、やってはいけないことをしたと思って、良く反省することね。」

ちょうどその時であった。病院の受付係が、こんな事を言っているのが、道子にも聞こえてきた。

「だから、もう診察時間は終了しました。御用があるなら明日の一番に来てください。」

「そ、そんな、こ、とい、わないで、く、ださい。だって、こ、のま、まだった、ら、み、ず、ほさんが。」

この特徴的なしゃべり方は五郎さんのもので間違いなかった。芝田山先生は、急いで受付まですっ飛んでいった。道子もそれを追いかけた。

「どうしたの?」

芝田山先生が受付に声をかける。受けつけの前には予想通り五郎さんがいて、銘仙の着物を身に着けた水穂さんが背中に乗っていた。

「あ、あの、せ、んせい、み、ずほ、さん、さん、ぽ、していて、急に、た、おれちゃった、んです。ちょうど、びょ、ういんが、ちかく、に、あったか、ら、薬は、も、ら、えんの、でしょ、うか。おね、が、い、できな、いか、と、おも、いまし、て。」

受付係はいやそうな顔をしている。確かに銘仙の着物というと、別な事情を意味するものである。其れは、日本の歴史がかかわる事情なので、一般の人がどうのこうのということはできないのであるが。

「分かりました。すぐに彼を処置室へ連れていきましょう。」

と、芝田山先生は五郎さんを処置室へ連れていった。看護師も誰もいなかったが、直ぐに薬を出すなど処置をしてくれた。水穂さんは薬が効いたのか、楽になったようでうとうと眠っている。

「もう大丈夫です。目を覚ましたら、連れて帰ってください。ほんとは、大きな病院で治療させてあげるのが一番いいと思うけど、彼の場合、それは無理なことよね。」

芝田山先生はそんなことを言っている。道子は不思議に思った。なんで彼女は、銘仙の着物を着た、水穂さんに、穢いと言わずに処置をしたのか?それは、単に容姿が良くて、ちやほやされていたら、絶対できないことだった。

「とりあえず、今日はもう大丈夫ですから、安心してくださいね。」

「あ、あ、あり、がと、うござい、ます!」

頭を下げる五郎さんに、芝田山先生はにこやかな顔をした。道子はもしかしたら、自分は芝田山先生に負けたのではないか、と思った。それでは、芝田山先生に二敗したことになる。多分きっとそういうことなんだろう。それはもしかしたら、芝田山先生のような、苦労をした人しかわからないのかもしれない。




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二敗 増田朋美 @masubuchi4996

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