第7話 王様探し 4~逢魔が時
昼から始まった警備は夕方に終える事になっていた。
配属初日から始まった仕事は拍子抜けする位暇で…正直、こんな状態で本当に良いのだろうかと少し不安な気持ちになる。でも、不安は確かにあるが心配にはならなかった。それは自分がこの目で見ている景色があんまりに綺麗で長閑でこの先の事を、明日を心配するような国では無いんだな、と言う安心感の為なんだろう。
この国は都市化が進んだ大国なんかじゃないけれど、其処まで発展途上と言う訳でもない…いい感じに田舎の、王が
ラウドがぼんやりと空を見上げながらそんな事を考えていると、漸く三人に動きがあった。
三時間ほど石の上で寝転んでいた大柄な兵士がのそのそと動き出し、重そうな上体をゆっくりと上げた。そのまま軽く空を見上げると、日が傾き黄色い光は何時しか赤味を増して橙色へと変化を始めて居るのを確認した後、今だ読書に勤しんでいる兵士へ声を掛けた。
「おい、刻限だ。そろそろ交代が来るから最後の見回りをしとくぞ。」
その声を聞いて、読書をしていた先輩が本を閉じ土埃に塗れた自身の尻を
「明日から…どうするんです?こいつ、不安がってますよ?」
その兵士が聞くと大柄な兵士が面倒臭そうに答えた。
「まぁ…、明日からはみっちり仕込んでやる。大体、今日は初日だ。心構えも全くない奴に急に訓練なんて出来る訳が無いからな。おい、お前…え~と…」
大柄な兵士はラウドの名前が出て来ないようで、眉間に深い皺を寄せた。
その様子を見てラウドは伝える
「あ、俺はラウドです。」
ラウドが自身の名前を言うと、分かったとでも言う様に大柄な兵士は頭を上下に動かした。
「じゃあラウド、俺は明日からお前に初歩から色々教える。金の為であれ何であれ、お前は自分から進んで入隊したんだ。入隊したからには、頂くものに相応の働きをして俺達に見せにゃならんだろ?分かるな?
お前は仕官して入隊した。そして、その腰の物はその証。
せめて…その腰の物がお飾りにならない様、みっちり仕込んでやるから出来る所まで頑張るんだぞ?いいな!」
そんな風に大柄な兵士は伝えた。
本を読んでいた兵士が言った通り、どうやらこの大柄な人物は…かなりお節介な人間のようだった。最初から続けるつもりは無いと云い放っている若者に向かってそう語った。彼は、受けた仕事を無かった事には出来ない性分のようなのだ。
すると、本を読んでいた兵士がラウドに耳打ちをした。
「ほらな、こう言う人だよこの人は。お前、運が良いと思った方が良い。
こんな反応してくれる古株の兵士は少ないからな。」
その兵士は言った。
本好きの兵士も大柄な兵士の事をそんな風に説明するが、本好きの彼自身もかなりお人好しのようにラウドには見えた。
「さぁ、とにかく最後に二人で見回って来い。」
大柄な兵士が本好きな兵士に指示をする。自分はこの本好きな先輩の後を付いて回り、大柄な兵士は一人門の前に立ち、周りを警戒していた。
ラウドが見回りながら思うのは…この国の王が住む王都の外周にある大門の側の道を行き交う人が、牛を引き連れ家路についている農夫とか、荷車を曳きながら歩く馬の側を一緒に歩くような人しか居ないなんてやっぱりこの国は長閑なものだということで、この国の現状は「緊迫」とか「緊張」何て言葉とは無縁なのだと改めて強く思ったのだった。
本好きの兵士はラウドに門以外の壁に補修箇所を見つけたら言う様にとか、不審な人物を見かけたら大声を出す様にだとかそう言った事を説明しながら前を歩く。
ラウドが空を見上げると、その空は橙色から更に赤味を増し茜色に染まった夕方の空に変わり始めていた。
遠くに見える地上と空の狭間には、少しずつ暗闇が混じり始め更に変色しようとしていた。
血の様に濃い赤と闇色に近い濃い青とが混ざり合う時間。
こう言う時間をなんて言うんだっけ…?ラウドは思う。
黄昏時の方じゃなくて、確か…もう一つ難しい言い方があった筈。
そんな風に頭の中で言葉を探すが中々その言葉が探し当てる事が出来ない。
そうこうしている内、地表近くの空に一番星が光り出す。
その星が瞬き出すと闇勢が急に力を増し勝り出してきて…、空全体の赤色が薄まり始めた。そして、一番星を見つめてラウドは思い出した。
そうそう、確か…『逢う魔が時』って言うんだった。
災いの起こりがちな時間って言う意味みたいだけど…明るいのに薄暗い、そんな見え難い時間って事もあるんじゃないかな…と、思ったりして。
赤い太陽がそろそろ地平線に沈みそうな頃、反対側の空はとうとう青を通り越え濃い藍色に染まり出した。
そんな空の下、地表では赤い光の当たる場所は赤黄色く色付けされ、影の部分はより一層真っ黒に見える。
警備している大門は南の方角に聳え立つ。
門の右側から射る様な西日が挿し込み、最後の見回りをしている二人の前方から赤黄色い光で照らしていた。
太陽の方へ向かう二人の影が、門の方へ向かって有り得ない程長細く伸びる。
そして西の方角へ向かう人にくっついて伸びている影は、ゆっくり大門から遠ざかった。
その同じ時、大柄な兵士が残った大門の内側から外側を警護している兵士へ向かって門を叩く音がした。
その音に気が付いた兵は門に近づく。
人一人通れるほどの通用門が開き、内側から一人の兵が顔を出し何事かを門の外の兵に告げた。
門の外で告げられた兵は、大門から離れて行く二人の方を見て片方の手で頭を掻いた。
通用門から顔を出した兵は眉間と瞳に力を籠め、外の兵に何かを押し付けるように一言二言言葉を交わし…戻って行った。
通用門はまた閉じられ…
大門前に取り残されていた兵は大きく溜め息を吐きつつ、身体を門から外へ向けた。
赤黄色い光は先程よりももっと紅へと色を変えた。
今日最後の警護をしている二人は、大門から続く塀を西側の角まで歩いて到着した。
その場で二人は周りの様子を窺い、また踵を返し大門へ向かって歩き出そうとすると、二人に向かって大門前の兵は大きく手を振り早く戻って来るようにと体現して見せた。
自分達の背後で起こった出来事を全く知らない二人は、その姿を目にして走り出しす。先を走る兵は余り疲れる事無く走る続けるが…後ろを走る新兵は、腰の剣が重いのか…あっという間に置いて行かれた。
重そうに剣を両手で持ちながら走る様は、素人が初めて剣を腰に付けているのだと分かりやすく表現しているかのようだった。
先に大門前に辿り着いた兵は残っていた兵と言葉を交わし…遠目から見ても分かる様に肩を落とした。
遅れて来た兵もまた…二人の元へ辿り着き、二言三言会話をした後…先に肩を落とした兵と同じ様に肩を落とした。太陽は地面の下へその身体を隠し、残り香のような光だけを空に残し、世界は夜へ向かって全速力で駆け出していた。
見るからに重そうな扉をノックする音が響いた。
部屋の主が手元の書類を片付けようとするとこんな風に何時も…邪魔が入る。
最近ではその光景は良く見られる光景なのだが、この部屋の主にすると机の上に書類が累積する様を見てどうしても辟易してしまうのだとか。
ほんの一時間、時間があれば机の上の書類など方が付くと言うのに…その時間が無いんだよなぁ、と彼はこの一瞬のうちに思った。
その時、ドアの向こうで声がする。
「鳩が来ました。」
ノックをした男が扉を開かずに廊下でそう伝えた。
鳩が持って来た文書、となると…早急に確認した方が良い文書であるだろうと予想され、部屋の主は手に持った書類を開けたままの書類箱へ戻し外へ声を掛けた。
「入れ。」
そう言うと扉は直ぐに開き、手に持った縒れた紙をその男は机の端へ急いで置いた。
部屋の主が紙を受け取り広げて読む。
鳩が足に括りつけて来る様な紙だ。
メモ書きの為の小さな紙に書かれた文字は少ない。
だが、その紙の上に書かれた文字に目を見開かない訳は行かず、彼は息を飲んだ。
持って来た男はこのメモの内容を把握しているから、此方へ次の指示を仰ぐような視線を寄越し聞く。
「如何しましょう?」
それに対する答えの数は少ない。
その少ない答えの中から自分はこの答えを選択する。
「此方へ寄越せと返事をしろ。」
部屋の主はそう男に告げる。
「承知しました。」
すると男は、そう返事をして頭を下げて足早に部屋を後にした。
部屋の主である金髪の男性は結局、多くの書類の入った書類箱に蓋をして立ち上がった。空はすっかり茜色に染まり太陽が西へ沈みかけていた。
東の空は既に藍に染まり始め、直に夜がやって来る。
確か今日は満月、闇夜の中では明るい空の筈だ。
もっと別の事を考えなければならないのに何故かその時、彼はそんな事を考えていた。
そして、何気なく城下町へ目を移すと、街はなんとも賑やかで明るく…
街の中に居たなら、今の時間はまだ昼と勘違いしているのではないだろうかと思えた。今や日々の風物詩となっている白い蒸気の煙が幾筋も太く空へ昇るのが見え、あちこちに重く頑丈そうな機械やそれらを繋ぐ鈍い光を放つ管等も確認出来た。
本当にこの蒸気機関の発展は目覚ましく…その柔軟な利便性の為か、呆れる程早く人々に受け入れられていく。
年々。いや…、日々、豊富な道具や機関が出来、城下町の様相はこの十年でかなり変わっていた。昔ながらの石畳の上に鈍い銀色の管、白い蒸気は休む事無く排出器官から立ち上り、蒸気の間を人を乗せた馬達が忙しく通り過ぎて行く。
今や…大きな荷や、重い荷は、馬の力で長期間をかけ遠くから運搬される事は少ない。
河を使い大荷物を運搬し、荷物が着いてからは小さなレバーを引いて大きな歯車を蒸気の力で回すと、重い荷物を望みの階層へ運んでくれるからだ。
荷車が載せるのは送られた荷を振り分ける時位。
荷馬車の馬達の仕事は人を運ぶ事にほぼ従事し、街中での仕事に
中には、必要なくなった馬を草原に解き放つ輩も居り、今では自由だけを得た馬もかなりの数居るようで…何時しか人に所有されない馬が集まり、野生の群れを作って山や森の奥で暮らしていると聞く。
馬に限らずだが、古い
ここ数十年でのその動きは顕著で、目に余る事もある
そして、新旧が入れ替わる様をこの目で見る行為は、自分にとって…見たく無い現実を見せ付けられているような気さえする。
古い
古い知性。
古い知恵・知識
闇に葬られた知。
古い物は新しい物に淘汰される運命。
「それがどんなに良きモノであっても。」
古いは新しきよりも劣る『過去の英知。』の周知。
そんな世の中の言葉は自分の胸に深く突き刺さる。
自分はそれを受け継ぐ一族だと言うのに、何も出来ない…そんな歯痒さも相まってその言葉は自分の胸中を抉るのだ。そして、この窓から見る風景を見るといつも…今、此処で考える事等必要ない筈のその事を考える。
王都は発展している。
この先も恐らく発展していくだろう。
世界がどんな風に進んで行くかは自分にとっては如何でも良い事だが…
新しいモノと古いモノが入れ替わるのは何処かこの夕暮れに似ていると思う。
そして自身はその王都、国を守る者である。
その事を思い出して、小さく縒れた小さな紙に今一度目を通した。
紙に書かれていた事象、それは有り得ないと思っていた事が起こっていたと言う証が手に入ったとの辺境を護る隊の少佐からの言葉だった。
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