第6話 王様探し 3








 大雨の日に辺境で起きた異変は、その日を境に日増しに報告数を増やしていく。


 辺境の断崖絶壁の裂け目付近に常駐する軍の兵士の数人が、丈の高い草の陰から覗く目を目撃し、その報告が度々上がって来るのだ。

 報告の大体が、草の陰から覗く目との対峙は、長くて数十秒、早ければ本当に秒で消えてしまうと言う物だった。

 その姿を見た者は無く、目を確認するのがやっとか、目は確認出来なかったが草の隙間から人のような皮膚の色が見えた…と言う、うろ覚えな報告をする者も多かった。

 それでも皮膚の色を確認したと言う事で、目の主は恐らくは猿か人であろうと言う事だけが予想されていた。

 だが、たったそれだけでも辺境の駐屯地では厳戒態勢が敷かれる事となった。

 あの場所が辺境で、渓谷の向こうは東方と呼ばれる東側の領土。

 前例は今迄確かに無いが、文明が発展し発達している今、何時その前例が覆されて彼方側の者達が大挙して押し寄せるかもしれないと言う思いが、この辺境を護る者達の胸の奥には消えずに燻っている。

 それ故の厳戒態勢である。




 一番最初の辺境の報告が上がって来たと同時期、国では齢十六歳になった青年達に向け、王宮の警護の兵への募集が始った。

 例年、募集を受け、入隊を希望してやって来た青年達の中で武術を嗜んだ事のある者は直接軍の上層部へ引き抜かれる。

 そして、武術に対して全くの素人であったり、ほんの少し齧った程度の武術経験しか無い者は正式入隊から三月程は見習い兵として武術の訓練に励む。ある程度形になった頃、王都の警護に当たり乍ら引き続き武術や戦術の手解きを受け、数年任務に当たって立派に任務を熟せる様になった時、更に軍の上層部に引き抜かれる者、そのまま王都の警備に引き続き当たる者への振り分けが行われる。

 軍の上層部が行うのは、王宮の警備に加え、辺境の警備や隣接する国との国境の警備。そして…『闇の森』近辺の警戒及び監視と、『銀の森』の監視である。


 これら二つの森は、古来より曰く付きの森。

『闇の森』は、その名前の通り森の樹木の樹高も高く、その木々が陽の光を寄せ付ける事は無かった。森に生える植物はどう言う訳か殆どの物が真っ黒く、その葉はしっかりと生い茂って傘の役割をしている。その為に陽の高い時間であっても、日差しが森の地面を照らす事は無く、森の最深部を覗こうと森の外から目を凝らしてみても直ぐ側にある筈の樹木の幹さえはっきりとは見えない程の闇が森を覆っている。

 一筋の光さえ届かないその森に、動物が居るのかどうかさえ目視出来ないのだ。


 周辺地域と森の境の辺りを見ると、妙に丈のある奇妙な下草が生え、周辺地面の照り返しすらその草に阻まれて森の中に入る事が出来ない。

 それ故に、朝も昼も常夜の様な森…そんな意味合いで『闇の森』と古来より呼ばれ、人はその森へ近づく事を畏れ、嫌がり、その視線に入れようとすらしなくなった。

 大概の人がそんな反応をするに拘らず、人の中にはそんな恐れを知らず己の好奇心に負け、森の奥をどうにか覗き見ようと目を凝らす者が居て、偶にそう言った者達には怨霊や亡者が見えたり魔物の姿が見えたりすると言われていた。

 自分の見たものしか信じないと言う現実主義者。

 彼等の中に居る自分の胸に抑え切れない程の好奇心が湧いてしまった者が、恐ろし気な噂が漂う森へ向かい、一歩でも足を踏み込んでしまったらどうなるか?


 ………


 それは、誰もが予想する通り、二度と森から出て来られないと言われている。

 実際に森に入ったと言われている者が帰って来た事は無かったからだ。

 愚かな好奇心に負けて森へ向かう者が出ないよう監視する為、かなり古い時代からその森は監視の対象になっており森の近辺にある沼地の手前には官位の駐屯宿舎もあるが、そんな謂れのある森をより強固に警戒し監視を行う対象としたのは、あの事件が起こったからだ。

 今から十年前、この国の嗣子(しし)である双子のお子の内のお一人が、自分の警護の兵士達と医官、そして大臣が就けた私兵数名を連れて『闇の森』近辺で忽然と姿を消した。

 本来の目的は、森の手前にある沼地の森とは反対方向に出現すると言う池を見に遠乗りに出掛け忽然と彼等は消えたのだ。

 少しの荷物は何故か闇の森の側で発見され、状況から見て、嗣子一行は池へ向かう筈が何故かこの森へ迷い込んでしまったのでは、と言う結論に落ち着いてしまった。

 その結論が本当に正しいのかは分からない。


 死体の一つも出ておらず、本当の事は未だ謎なのだ。


 そして、『銀の森』の方はと言うと、まず…その森は名前の通りの白銀色で、その森に生えている木々は全て白や銀色に光り輝いている。此方も生えている木々が何と言う木で構成され、何故光り輝いているのかは…誰も知らない。

 何故かと言えば…この森には何人たりとも入って行く事が出来ないからであった。

 其処に森が存在している事は間違いないのだが、森へ向かうといつの間にか別の場所へ誘導され、森の中へ人も獣も一歩として迷い込む事すら出来ない森だった。

 それ故、国ではそれらの森と一定の距離を保ちつつ、いつの頃からか監視の対象としていた。『銀の森』も『闇の森』もその最深部は現存の書物ですら不明と記されている。

 もう一つ奇妙なのは、この二つの森がほぼ隣接していると言う事。

 まるで対になっているかのように、闇色の森の隣に銀色の森がある。

 なぜそうなっているのかも分からないが…不思議とどちらの木々もどちらかの森を侵食する程の勢いはない。


 分からない事だらけのその森々は、何処かで何かが繋がっていると言う学者が居たり、銀色に見えるあの森が実は闇の色をしているのを何か不思議な力によって、あの色にし、人を呼び寄せているんだと言う学者が居たり。

 確かな事は今の所全く分からない。

 それは何方も、入って出て来た人間が居ないからに他ならない。

 そして、そんな場所の片方が一国の跡継ぎ候補を飲み込んだとなれば、最重要監視区域とせざるを得なかった。二つの森を警戒・監視を継続する一方、今回の辺境の異変の為に辺境の地区へ人員を増やし、あの雨の日から王都の中央部では兵の人員不足が続いている状態だ。

 本当ならこの時期に新しい若者が入隊し、軍の方から出した講師による兵の育成訓練が三月程ある筈だった。

 だが、其方へ回す為の人員が居らず…今年は育成訓練は無し。入隊者は即座に持ち場へ向かい、その持ち場にて育成訓練を受ける事となった。

 それはこの年入隊する人員が近年稀に見る少数と言う事も関係はしていた。

 この年の新兵の少なさは、十六歳になる者達が六歳の頃に起こった流行性の病が関係していた。


 正体不明の流行り病の為に人口が激減したのだが、その年六歳になるの子ども達と、その親世代の死亡率が何故か異常な程高かったのだ。

 関連性は最終的には分からず…巷では何かの呪いでは等と呟かれ…

 それでも、その流行り病もその年のみの出来事で。それ以来、その病が流行る事は無かったが、それが理由で、この年十六歳になる子供は異常に少ないのだ。

 少ない人数の新兵なら、各部署で育てる事も出来るのではないか?それが上層部の出した解決策であった。

 軍にとっても、王宮と城下の街を守る衛兵達にとっても、異例ではあったが…


 更にその上、辺境の部隊にとっても、正体不明の何者かが存在する事自体異例であるし、別の場所で妙な事案が起こり先日報告が中央へ齎された。

 辺境の正体不明の者が、あの渓谷を越えて来た東方の出の者であれば間違いなくそれは越境行為であり、警備兵にとっては見つけ次第捕縛する対象である。

 しかし、底が見えない程の高さの崖をどうやって登って来たのか、対岸に見えはするが到底綱渡りなど出来ない程の警告をどうやって渡って来るのか…そう言った疑問も考えれば考える程越境を警備する者達は物騒な事になりはしないかと思っていたようであった。

 妙な事案と言うのは、ある噂の事である。それは、国の民の内、どれだけの耳に入っているのか分からないが、最近聞こえてくる噂があった。

 その昔、この世界に存在し、我らと同じようにこの地で生きていたと王宮の書庫の最古の文献に残されている『人成らざる者達』を見かけた、と言うものだ。

 直接的に被害は出ていない為、大きな騒ぎにはなっていないが、足跡のような跡が見つかったり、火球が当たり焦げた岩や、どの様にして割れたのか分からない大岩などが見つかった。

 時には肉を齧られ屍を晒している獣がいたり、有り得ない死を拾ってしまった動物の亡骸が見つかっている。

『人成らざる者達』とは、蒼生がその頃の事をすっかり忘れてただの御伽噺の中の怪物であるとみなしている輩の事だ。

 ゴブリンなどの小鬼の類やオークなど物語に”悪”として存在している者達。

 彼等は酷く獰猛で、血の気が多い野生の獣に近い存在。”悪”では無い物語の中の怪物と言えば妖精や精霊、木霊達がそうであろうが…物語の中だけでなく、本当に彼等が存在したなら今の我々にとって、それはそれで脅威でしかないと言えるだろう。


 それは何故か?


 そんな者達が本当にこの世に居たとして、彼等が闊歩した時代にどうやって人が同じ世界で暮らしていたのか?

 それを想像してみれば間違っているかも知れないが、予想は出来る。


 自分よりも力のある怪物相手に、少なくとも人が武術のみでどうにかなる事ではないだろうし…何か別の力がいるのだ。そして、小物であれ、今出現したとなれば、それはいずれ大型の怪物も呼び起こす事になり得るかもしれない。

 そうなると、我らとて本気で対抗せねばならない。

 オークであれ、ゴブリンであれ、好戦的な種族である。

 最古の文献によれば奴等と人との会話は難しいと聞く…


文献を信じるならば、そんな相手に対しても先祖達は、対抗していた事になる。


 今のように小さな力を大きくする為の歯車や蒸気を使った機械や優良な武器、火薬の類など無かった時代、武術は勿論あったが、今のような技術力は間違いなく無かった。

 だが、現在の新しい技術が無くとも、あの頃には『現在この世に無い力』を持つ者達が少なからず居たのだ…。

 彼等の対抗手段は、「魔法使い」と呼ばれたり「マジシャン」「魔導士」等と呼ばれたりする人族。

 生まれ乍ら持っていた「魔法力」を得ていた人族、精霊や妖精に力を授かる事の出来た人族。

 今、それらの人はすっかり姿を消し、探した所で見つからない。

 もうこの世には存在しないのではないかとさえ言われている。


 我らが蒸気で得た大きな力と反比例するように、彼等は急速に姿を消していった。

 彼等の力が何故、失われたのかは分からないが、彼等は既に存在していないのだ。

 そんな状態のこの世界にまた怪物達が出現したともなれば、我らにどれ程の勝機があるのか…?聞いた事があっても、見た事も対峙した事も無い怪物と対等に相手に出来るような者がどの位居るのだろう?


 ゴブリンやオークの多くは力の強い怪物と聞いている。繁殖力も強く数も多く、かなり厄介だとも。

 しかし、我らが知っている全ては書物による物語や伝承であり、経験ではない。


 予想は出来るが、予測は不可能。

 怪物達は人では無く、本能でのみ動く獣と考えた方が良い。そして、そんな怪物の噂が今、何処からか流れ出していると言うのに、辺境から齎された未確認の来訪者の件。

 怪物出現の噂があるが故に、急に報告された姿かたちの確認の取れない来訪者に対し、我々軍部の一部では既に厳戒態勢。来訪者がまずは人なのか、それとも人成らざる者なのかそれすら分からぬから。

 常に緊張し、常に警戒し…そんな我らに新兵の面倒など見られる訳が無い。


 窓の外を見ながら頭の中で思考し続けていると、背後で扉をノックする音が聞こえ、扉の向こうで声がする


「少佐、失礼します。」

 何時もの報告にはまだ早い。


 どうやら、辺境であの『目』がまた目撃されたようだ…









 門番初日。


 結局、大柄の先輩はそれ以降何かを教えてくれる事はなく、平たい石の上でごろりと横になったまま夕方になった。

 物書きになりたい先輩の読む速度は…異常に遅くて、眺めている此方が苛々としてくる始末。

 今朝読み始めたその本は、漸く中盤らしい。

 文字が小さい訳でない事は、さっき後ろを通り過ぎた時に確認済み。

 内容が詰まらなくて途中、先輩が寝ている訳でない事も見ていて分かっているけど…

 とにかく、読むのに時間が掛かってる。

 そう、とんでもなく。


 で、自分は…ずっと立っている事も出来ずに側のレンガに腰を下ろし、仕方なくぼんやりと空を眺めていた。

 訓練もして貰えず、腰の剣は重いだけだから。

 今はそれにも飽きて…つ、っと視線を横にずらすと、大門の脇にある伝言板に貼られた一枚の紙が気になり目を凝らした。

 そこには注意を促す言葉が書かれていて、やたらと赤く目立つシンボルが目に入る。

 読めない訳では無いけど、遠すぎてきちんと把握は出来ない文字達。


 あんまり暇だとこう言った何でもない事が気になってしまう。そうして、ゆっくり立ち上がり、周りを見た…

 この大門に向かって来そうな人影は…無い。

 振り返って先輩二人を見るが…二人共、先程と大して体勢は変わっていなかった。

 少し位なら…良いだろ?と、その賑やかな張り紙の方へ向かった。


 この張り紙は見た事のある物だった。

 そう、最近やたらとよく見る紙だ。

 城壁の中にも頻繁に貼られていて、ある注意を促す紙だった。


 中身はこうだ。

「偽羊に注意!上手い話には乗らないで!!」

 なんて事が千切れかかった紙に書かれている

 偽羊…

 羊ってあの草原で草を食み、メーメー鳴くやつじゃなくて、『あの』羊の事だ。

 人の方。

 総領となられたお子の伴侶を探す『係』の名前だ。

 その『羊』の偽物が最近出るみたいで…

『羊』と名乗る人物が急に現れて年頃の若者に声を掛けているらしい。

『あなたこそ総領様の伴侶。私と一緒に居城へ向かう為に、まずは身形を整えなければ…✖✖G(ギラル)を用意せよ。

 拝謁するに相応しい支度を用意してやろう』

 …みたいな事を言い、すっかり騙され舞い上がった奴から金を巻き上げトンズラする。

 そう言う輩。

 こんな上手い話しを言う方も言う方だが、引っかかる方も引っかかる方だと自分は思うけど…


 だって、世の中そんなに上手い話が簡単に転がってる訳ないだろう?

 皆、生きるのに精一杯。

 裕福なのは、城壁内の上層に住んでいる皆様位で…、最下層に住む自分達にそれ程の蓄えなんて無い。

 そんな奴の所にこんな上手い話が急に転がり込むなんて事、ある訳ないじゃないか…。しかし、こんな言葉に騙されて…皆、間抜けなのか?そう思わないではいられない。

 注意を促す為に張り出されている紙を眺め…呆れて思わず声が出た

「皆、こんな言葉に騙されちゃってさ。」

 そうやって呟くと、急に一迅の風が吹いて伝言板からその紙を引き千切り、剥がして空の高みへ飛ばした。




 紙は空高く舞い上がり、城壁の上空で一回転し…壁を越えて内側へ飛んで行った。






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