王様探し

第4話 王様探し 1





強面でがっしりとした体躯の男が書類を片手に持ち、重厚な造りの扉を開いてその部屋に入って来た。入り口辺りで深々と頭を下げ、部屋の中の机で書き物をしていたもう一人に声を掛けた。

「隊長、此方が本日付で入隊した新兵の配置リストです。配置の様子は例年とはかなり違いますが…無事、持ち場に就きました。」

強面の男はそう報告し、手に持っていたリストを机の上に置いてから一礼をしてから退室して行った。


例年のこの時期に、能力も素質もバラバラな若者が入隊をする。その者達をこの国の軍では数年をかけて育てる、そんな兵士育成がここ数十年続いていた。

それは、近年他国との諍いは無く、領地内での脅威になりそうな事も聞かない。今の国は隣国との仲も睦まじく、暗雲が急に垂れ込める事は暫くはなさそうだからである。

国の状況はそう悪い物では無い筈なのに、今年に限っては少し状況が違っていた。


実は今、王都警備の兵士の人員を少し割いた上で、別場所へ向かわせている。


重要案件の確認の為だ。

その為、毎年執り行われていた新兵への三か月間の訓練期間が全く用意出来ない、そんな状態で例年通り齢十六になったばかり者から二十歳前後の若者達が入隊して来た。

入隊したてのずぶの素人のまま、持ち場が与えられた事になるが…取り敢えず今は、その持ち場ごとで剣の持ち方や体術などを教えるようにと指示を出してある。


「しかし…もう、そんな時期か…」

そう呟いて溜息を吐いた






王都、外壁大門前。


王都を守る外壁の外には長閑に広がる草原と坂や丘がある。

外には、ゆるい傾斜のある土地を使って畑や酪農を行う農家が居て、丘の上や坂の側には飛び飛びに小さな家々が並び、小さな集落もポツンポツンと見え隠れする。

王の住まう城を護る外壁の中が都なら、外の小さな集落や民家は田舎…そして、風渡りの良い草原と畑、動物達が草を食む丘は何処までも長閑な状態で風景が外壁の外では続いて行く。

そしてその先には、鬱蒼とした森の頭がほんの少しだけ眺める事が出来た。


それは正に、平和な時を絵に描いたような場所だ。


これだけ外壁の外が長閑であるにも拘らず、王都大門前にも兵士は常駐していた。


今は長閑であったとしてもこの国にも過去があり、激しい戦のあった時も国の内外の至る所に遺跡と言う形で記憶されているからだった。

そして、その大門前にも今年入隊した新兵が配置された。


つい今し方新兵はやって来て、先輩兵士と共に門の前に立っていた。

彼はぼんやり門外の風景を見ながら考えていた…


自分は生まれてこの方、この大門を出て旅になんて出た事も無く、遠くに見える森だって入り口までは行った事はあるが、奥まで入り込んだ事なんて無い。けれど、かなり広い森である事は人に聞いて知識としては知っている。

でも、その事を確かめようと森に入って探索してみようって気は全く起きない。

だって、森の奥には草原には居ないような大きな動物や獣も居るみたいだし、危険な動物も…居るだろ?

それに、動物だけじゃなくて隠れる場所が数多くある森には、盗賊の類や罪人も逃げ込めるから…


そんな怖い所には自分から近づかないって言うのが自分の中のルール。


自分には十年前から両親が居ない、だから『自分を守るのは自分』が、身についてる。

目立たず、奢らず、出る杭にはならないように生きるのが夢。

そしてその言葉は、暫くの間自分を育ててくれたシスターの口癖だった。


新兵が久しぶりにシスターの事をぼんやりと思い出していると、後ろから声が掛かる。


「おい、新人!」

荒っぽく声を掛けて来たのは、今日初めて会った『先輩』と呼ばれる兵士の一人で、正しくは二時間前に会ったばっかりの『先輩』なのである。

『確かに、先輩は先輩なんだけど…』

新兵は思ったが、結局自分も『先輩』の名前は聞いたが正確な名前は既に薄らいでいて…先輩の名前をで呼べない。そうなると返答も決まっている。

「はい、先輩。なんでしょうか?」

そう答えると、片手に厚みのある本を持ったまま、その先輩兵士は言った。

「新人、お前…剣術とか体術とか経験は?」

本を片手に持ったまま腰に添え、聞いた。

「あ~…無いです、全く。

その、自分はオーファンなので…それに、僕の名前は『ラウド』です、先輩。」

ラウドが答えると、先輩の方は「ふうん」とだけ呟き続けて言った。

「そう…か、お前、オーファンなのか。成程、じゃあ幼い頃は…」

本を持った先輩兵士はそう言って、ラウドの方を眺めるように見た。


その視線から自分が暮らした場所を自分の口から言うように…と、無言で圧を掛けられているんだと言う事が分かる。


「まぁ、十二歳までは修道院ですね。シスターには可愛がっていただきました…

十二歳であそこを出てからは、小間物を売ってる知り合いの爺ちゃんの家に住み込みで。でも、お金は無いので武術を習う事は出来ませんでした…

あ、でも!爺ちゃんとは仲はいいので今も爺ちゃんと暮らしてます。」


ラウドが聞いてない事まで答えると、本を持っていた先輩兵士がずっと黙ったままラウドを見ていた。ずっと見詰められる事に気味悪さを感じて、ラウドは本を持っている兵士に尋ねた。

「な…何ですか?そんなに見られると気持ち悪いですよ…」

そうやって聞くと、先輩兵士は急に鼻を赤くして鼻水を啜った。

先輩兵士の様子を少々冷めた目でラウドは彼を見、そして思う。

『偶に、自分の境遇を聞かれて答えると相手の方がこんな風に涙を堪える…なんて場面になってしまって困る。

自分としては、両親を誰かに殺されたり不慮の事故で失った言う訳でも無かったし…其処まで可哀想な境遇では無いと思うんだけどな。』

そんな風に。


ラウドの両親が亡くなった原因は、その年に猛威を振るい、この都市の人口を著しく減らした原因不明の病だった。

その年、親を亡くした子どもや子を失くした親が増え、同じような境遇の人間は多かった。だから、自分が人よりもずっと辛い思いをしたとか、苦しかったとか…そういう記憶はラウドにはなかった。


この国に十年前までは、オーファンの数は然程多くは無かった。だが、その年の病の為に急激に数が増え、お陰で酷い目に合う子ども達は多かった。酷い目に遭うのは大概幼い子どもで、守ってくれる者がいない幼い子どもには、時に酷い言葉や拳さえ投げ付けられる事があるのだ。世界が荒んでいるとかそう言う事では無く、そんな言葉や行動を投げ付けようと思う大人にとって、オーファンの子どもと言うのは、後ろ盾のない、この世で一番の弱者なので…それこそ、丁度良いはけ口になった様である。


ラウドも数は多くはないが、自分の境遇を知っている酔っ払いに酷い事を言われた事が何度かある。ただ、彼の場合は相手がべろべろに酔っ払った大人であった為、酷い言葉を投げ付けられても「可愛そうなオヤジだな…」位に思うに留まっている。


そして彼の場合、それは養い親である『爺ちゃん』の支えがあってこそであった。


急に愛する子どもを失ってしまった親達よりも、子ども達は意外に逞しい。

確かに、失くした親を思い、探し…自我さえ失くした子どもも少なからず居た。

だが、大半の子ども達はその状況に対応し今も逞しく生き、大人になろうとしていた。微かに残る両親の面影を胸に。

当然、ラウドもそうだ。


「本当にあの年は酷かったよな。俺も妹を亡くしたよ…そうか、お前も妹と同い年か…」

そう言って、先輩は益々涙ぐむ。

「えっと…そう云うの止めて下さいよ。あれは仕方のない流行り病じゃないですか…

しょうがないですよ。」

長閑な世界に見える今、その時に亡くなった人達の亡骸は王都の外に作られている墓所にある。

流感の病かどうかの確証が得られなかった事と、その数が余りに多過ぎた為、外壁の内側にある墓地が足りなくなり…

仕方なく、王都の外壁の外、この門から見える幾つかの小さな丘の向こうにある窪地に、その年だけの大規模な墓所が新たに作られ埋葬されたのだった。

ラウドの両親も今は其処で眠る。

それなりに広い敷地の上に個別の墓標は無く、故人の名を大岩に刻んで立ててあるのだ。年に一度、ラウドと養い親は墓参りに行っている。


今年もつい先日、今日から兵士として働くのだと伝えて来たばかりで…


「あ、あぁ…そうだな。それはともかく、全く何にも使えないとなると…兵士としては如何だ?」

その先輩が、今度は訝しむ様な視線をラウドに向けた。


新兵達に配られたピカピカの剣は、結構な大きさの両刃の剣。

十六歳にしては少しばかり背丈が低いラウドでは、鎧と剣に着られている雰囲気で初々しい。腰に剣を下げると、その重みで鞘の先が地面に到達しそうな感じだ。

「身長も…、低い方だろ?確か…お前、十六歳…だよな?」

言って、先輩兵士はラウドの頭の天辺を高い所から見下ろしていた。

「…亡くなった親父は大きかったので、これから…伸びますよ。」

そう答えると、先輩兵士はおどけながら言う

「そうか~?もう、止まっちゃうんじゃないのか?」


さっきまで涙ぐんでいたのが嘘だったかのような先輩兵士の振る舞いに、少しばかり呆れながらラウドは答えた。

「止まりませんよ。先月よりも着実に、伸びてますから!」

ラウドの声など全く聞こえないかのようにその先輩兵士はずっと弄り続けていた。


その時、別の方向から声が掛かる。


「おぉ~い、新人。こっちに来い!」

もう一人の大柄な兵士の『先輩』がラウドを呼んだ。

二人から離れた場所で大柄な先輩はおいでと腕を振り、自分の方へ来るように促している。新人は…呼ばれたら行かない訳にはいかないので、ラウドはのろのろとその兵士の方へ向かい歩き出す。

本を持っていた先輩兵士は、ラウドが離れると側にあった少し大きな石に腰を下ろして厚みのある本を広げ本を読み始める。


ラウドは大門を少し離れて大柄な先輩の方へ歩みを進めつつも、自分は確か…大門の『警備』に回されたんじゃあ…?と、思ったが、レンガを敷き詰めた道を此方へ向かってくる人の姿は全く見えなかった。

その場所から見えるのは空を飛ぶ小鳥の姿と、畑に向かう牛と人。

荷車が遠くの丘の上を行き交うのが何となく見える位、地べたに寝そべり眠っている犬や猫…。

ラウド達が居るこの大門の方へ向かってくる人の影や馬の姿は無い。


大柄な先輩の待つ場所へ向かう途中、門の中の商業地区辺りから蒸気が勢いよく空へ噴出しているのが見え、その蒸気の為に一瞬街並みが白い湯気の向こうに消えた。

直ぐに風が蒸気を飛ばして街並みは見えるようになったが、彼方からも此方からも細い線のように蒸気が上空へ向かって吐き出され、風に蒸気が掻き消されていくのが目に入った。

この様子は彼等が毎日、見続けている風景だ。


数年前から空へ排出される蒸気の筋の数は増え続けている。


蒸気の力は人の力では動かせないような重い物を動かしたり、絡繰りを作って蒸気の力を原動力にし、動かし、人にとって便利に生活出来るような施設を作り…

そう言った技術者達の事を『絡繰り師』と呼んだ。


「おい新人、通用門の開け方を教えるから覚えろ。」

そう言って、大柄な兵士はその手に鍵を持ち説明を始めた。


大門は大きな閂とその閂を制御する簡単な絡繰りの機械で『鍵』を掛けられている。

そして、その大門を開く為の鍵は…この門の内側にあって別部隊が持っており、彼等にはその鍵に触る権限を与えられてはいない。


だが、人が一人、二人と通る為だけの小さな通用門の鍵は手渡されていて、大門の地面に近い場所にその通用門は取り付けられていた。彼等が開く事の出来る門はこの門だけで、その通用門の鍵は、至って簡単な仕草で開く。

錠前の鍵穴に鍵を刺して時計回りに半周するだけ。


そう、絡繰りらしい物も蒸気の力を使う事も無い、普通の鍵。

そんな鍵の説明をせんと大柄な先輩はラウドを呼んだのだった。


全く…鍵の在りかだけを教えてくれればいいのに…面倒な事だ。

そうラウドが思っていると、最後に大柄な先輩兵士が言う

「鍵の開け方は分かっただろうが…一つだけ忘れてはいけない事を伝えておくぞ?いいか?」

三十代後半位の大柄な先輩は元々が面倒見がいい性分なのだろう。恐らく彼は言わなくても良い事まで正直にきっと話してしまいがちの性格のようだ。

「何でしょうか…?」

大柄な先輩は、ラウドが聞くと答えてくれた。

「最近の事なんだが…真夜中に『ゴブリン』を見たと主張した兵士が居る。本当か嘘かは分からんが、そんな御伽噺に出る様な怪物が本当に居るかどうかも分からんのに言うのはおかしいかもしれんが…

此処にお前が配されたのも、そいつが辞めちまったからなんだが…もしもゴブリンに限らず、この『鍵』を奪おうとする奴が居たらその腰の物で何とか追い払え。良いな?」

先輩兵士はそう話す。

「ゴブ…ゴブリンって、あのゴブリンですか?本でしか自分は聞いた事がありませんが、本気でそんな事を?」

配属されて来たばかりの新人が聞き返すのもどうかとは思ったが、妙な話をして来たのは先輩の方が先だからと、ラウドは聞き返した。

「俺もそんな物、見た事も聞いた事だって無い。だが、辞めて行った男も軽口を叩くような男では無くてな。もしかしたら、そんな扮装をした奴らに脅かされたんじゃ…なんて噂も聞いている。ただ、そんな善からぬ輩にこの鍵を渡す事は出来んだろう?」

そう言って、大柄な兵士は鍵を腰に付けた小さな鞄に大事そうに入れた。

「はぁ…。あの、でも、先程彼方の先輩にも聞かれて答えたんですけど…、自分は今迄そう言う事を習ったりした事が無くて…。実践は0、剣を持ったのも今日が初めてなんです。」

そう伝えると、大柄な先輩は困った風に眉を寄せた

「あぁ…、そうらしいな。お前の話が来た時に聞いている。暇な時にお前に手解きをしてくれと。で、どうする?今から練習とかしてみるか?」

目の前の大柄な兵士は話しながらラウドの反応を見ていた。

聞かれた方のラウドは答えながらも聞く。

「先輩達がお手透きなら…。自分も今のままだと、怖くってこんな剣…鞘からなんて抜けませんから。大体、新兵って最初は集団での練習から始まると以前、聞いていたんですけど?」

大柄な兵士の気の良さそうな雰囲気から少々突っ込んだ事を聞いてみると、兵士は答えてくれた。

「本来ならそうなんだが…何だか、今年は上がバタついててな。理由はよく分からんが…」

言って、自分の顎に生えた無精髭を撫でている

「…そう、ですか。」


入隊して数時間の自分に、軍の内情を根掘り葉掘りと聞く事もこれ以上は無理と思い、そう答えるのだった。

人の良さそうな大柄な兵士が、道端に落ちていた木の枝を二本拾い上げて一本をラウドへ投げ渡す。

そうして…

「このレンガ道に人が歩いて来るのが見える迄、見てやるから…その木の枝で一度打って来い。」

大柄な兵士はそう言って構える。


急に言われた方のラウドは面喰い≪めんくらい≫、投げ渡された枝を取り落としそうになりながらも、受け取り…細い枝をとにかく強く握った。

とんでもなく急展開な事だと思いはしたが…隊に入った今、いつ何時、この先がどうなるかなんて分からない。今のままだとこの腰の物を引き抜いた途端、自分を自分で傷つける気しかしない。

今直ぐにでも鍛えるべし…とでも言う様にレンガ道の上には人っ子一人もおらず、この後の時間をどのように潰したらいいのかもラウドには分からなかった為、急に始まったこの鍛錬に付き合う事にした。


武術は個別で教えて貰う為には金が要るのだ。

そう思いながら、見よう見真似で目前の先輩が構えるように枝を構えた。





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