第30話

「ここだ」

パズーに引き連れられてやってきた場所に、三人はぎょっとする。


「ここって…」

「娼館だよな」

女性と子供を連れては出入りしにくい場所だ。


「何ぼ~としてるんだよ。さっさとこっち」

一番この場所に出入りすべきでない少年が、ぐいぐいと入っていく。


「おい、あんたたち遊んでいく気がないなら邪魔だから―」

僕たちを客だと認識していたらしい強面の男が声をかけてくる。

「兄ちゃんたち早く~」

持ち前のすばしっこさで一人だけ道なき道をどんどんと登っていく行くパズー。どうやら本人はバルコニーから侵入するきらしい。


「入るんですか?」

ヒナギクが白い目で見てくる。


「いやいや、これも任務の一環だよ。ヒナギク」

その視線をかわしながら、言い訳する。いや、実際任務の一環だしする必要などないのだが。


「だから、客じゃないなら―」

「悪いな」

リンドウが男を突き飛ばしたのを合図に僕らは建物の中に押し入った。


「まて、テメーら。おいお前ら、カチコミだ。捕まえろ」

突き飛ばされた男が大声をだすと、店の前でたむろしていたガラの悪い男二、三人がこちらを認識した。用心棒という奴だろう。


「ねえ、こんな乱暴に入らなくてもよかったんじゃぁ?」

ヒナギクが真っ当な意見をいう。


「あいつが急かすんだ。仕方ねえだろ」

リンドウは素知らぬ顔だ。


「こっちだよ。こっちだ」

後ろの大騒動を無視してパズーは二階から階下の僕らに声をかけた。その足取りからして、ここに出入りするのは初めてではないようだ。なんてガキだ、っと心の中で叫んでしまった。


「この部屋」

パズーが迷わず開けた部屋に入るって僕らは仰天した。いや、より仰天したのは中にいた人間の方だろう。中には健康的な雰囲気の半裸の女性と、その乳房に吸い付くきながら覆いかぶさっていた男だ。男は、ぎょっとして、混乱して、それから怒り出す。


「何だ、おめーら。今お楽しみの最中っ―」

「こっち、確かこの辺―」

それも無視しながらパズーはベッドわきの壁を探り出す。


「おいお前、パズーか。私が客取ってるときに勝手に入ってくんじゃねえっていってんだろ」

男性とは逆に、取り乱すことなくそのプロポーションの良い体を隠すそぶりも見せずむしろ堂々とした態度で女性は少年に注意をした。やはりパズーはここに幾分か馴染みがあるらしい。追いついてきた男たちが僕らを逃がさないように扉付近に陣取る。


「もう逃げられないぜ」

息を切らす男たち。

「あった」

パズーはその声も無視して何かを指さした。ヒナギクが状況を無視してそれを覗き込む。


「ホントです、あのマークに似てる」

彼女は口にした。


「なあ、ちょっと待ってくださいよ。俺今日結構高い金払ってるんだぜ」

完全にしらけきった状況と、不穏な空気に怒気を抜かれた可哀そうな客は悲壮な声を上げた。


***


「で? 私が金を稼ぎ損ねた正当な理由があるならきっちり説明してもらおうか。お前のせいで、私は余分に一回あの男にただでサービスしなきゃなんなくなっちまったんだが」

端正な顔とは真逆のドスのある声で、グラマラスな体をとりあえず布で覆っただけの女性はパズーを睨みつける。


部屋の扉は閉められ中には、彼女と僕たち三人、そしてパズー。用心棒の男たちはこの女性がなだめてくれてとりあえず退出してくれた。もちろん、これからの対応次第ではまたあの方々が出張ってくる可能性はあるが…、暴力沙汰は正直避けたい。


「大丈夫さ、マチルダ。金なら、その三倍の額、そこの兄ちゃんたちが払ってくれるから」


その言葉にぎょっとしたのは、僕たちで、突然笑顔を取り戻したのはマチルダといわれた女性だ。


「おいおい、勝手なこと言うなよ。だいたいここいくらなんだよ」

リンドウが嘆く。


「悪いね。お兄さん、私は高いよ~」

機嫌のいい営業スマイルはリンドウをどんよりとさせる。


「兄ちゃんたちもこのマークのこと知りたいんだろ? ってやつだよ、ひつようけいひ」

パズーはそんな言葉を使いながらマチルダの方に向き直った。


「なあ、マチルダ。このマークのこと何か知ってるか?」

「あん?それか?結構前からあるよな。お前らがここ飛び出していく前から。ちょっと前にエズラの方もここにきてそいつのこと聞いてったんだよな。お前よりお上品にだったけど」


「!? 待ってマチルダ、エズラもここに来たの?」

突然飛び出した名前に、驚くパズー。


「何だよ。お前らなんでも共有してると思ってたのにな。一年ぐらい前に来たぞ。まっ、あいつも流石に気恥ずかしかったのかね」

そういってマチルダは頭を掻きながら胡坐を組みなおす。

「その落書きしたのは、あいつの母親だよ」


「…、そっか…」

パズーは少し動揺して、そしてどこか納得したようにつぶやくと押し黙る。


「何?お前どうなったか聞かないの?」

マチルダは意外そうな顔をする。


「えっ?聞かないんですか。なんか今色々つながってきてる感じじゃないですか。もしかしたらエズラ君の件もなんか関係してるんじゃ」

ヒナギクが空気を切り裂いて尋ねる。


「違うよ姉ちゃん。たぶんそのことと今回のことは関係ない」

きっぱりと否定する。

「それにその先の話がなんでもさ、エズラの期待してたものとは違ったってのが多分そうだ。あいつが話さなかったなら俺が勝手に聞くようなことは何もないよ」

思春期を眼前に迎えた少年の、ふっと見せた大人びた表情に僕らはそれ以上は野暮だと思った。


「で、結局このマークは何なんだ?」

リンドウが話を変える。


「なんていうかな、娼婦たちの間ではやってたまじない?この仕事つらいことも多いからね。心を壊してそういうのに傾倒しちまう子もおおいんだ。まっ、私はそんなもん信じないけどね。それ描いた子はもうこの店にはいないけど。その呪いを売ってる奴なら知ってるぜ」

カラッとした表情で返す。


「それですそれ、教えてください」

ヒナギクが身を乗り出す。その食いつきをみたマチルダはニヤリと悪い顔をする。


「ただってわけにはいかないぜ」

僕らは顔を見合わせて苦い顔をした。


ただしその後、先の客の賠償と情報量を合わせて払った金額は僕たちが覚悟したものよりずっと小さかったことを付け足しておこう。思ったより軽くならなかった財布を、僕たちは少しだけやりきれない感情と一緒にしまって、僕たちは娼館を後にした。

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