第28話

「それで?財布はもう返したからいいだろ」

パズーは悪びれす様子もなく平然としている。


「だめです。盗みなんて、マザーが悲しみますよ」

真っ当な説教ぶつけるヒナギク。


「大体、なんで盗みなんてしてるんだ。寝る場所も、食うものもあの院に居れば困らないだろ?」


「部外者が分かったようなことを言うなよ。マザーはあんたたちが思っているほど金持ちってわけじゃない。小遣いをねだる暇があるなら、必要な金は自分で稼がなきゃな」


「その心意気はいいが、方法が問題だな」

リンドウが諭すが、パズーの態度はどこ吹く風だ。


「何に使うつもりだったんだ?」

更生は諦めて前に進める。


「色々金がかかるんだよ。裏で探し物をするときは」


「探し物ってのは、エズラってやつのことか」

その言葉に反応して初めて、少年の中に年相応の揺らぎが産まれた。


「確かに俺たちは、スラムでそだったから院でのお行儀がいい生活に馴染めてないけどさ。感謝はしてるんだぜ。綺麗な布団で寝れて、食うにも困らない。マザーも、シスターたちもなんだかんだ言って優しいし。他の子どもたちとも大人が思っているよりは上手くいってるさ。アケビなんかにはなぜか懐かれちゃってるしな」


「だったら、もっとマザーたちを信頼してー」

「だから、俺しかあいつは探せない」

ヒナギクの言葉をパズーは遮る。


「エズラはな、あの院のこともマザーのことも大好きなんだよ。俺なんかよりずっとあそこに馴染んでた。だから、勝手にいなくなるはずがない。何より、俺に何も言わずにいなくなるはずがない」

泣き出しそうな幼い顔で、彼はそう訴えかける。


「なんで、マザーたちじゃダメなんだ?」

「エズラは何か下手こいたんだ。俺たちもスラムでお行儀よく遊んでたってわけじゃない。真っ当な方の社会ならともかく、こっち側は俺たちの領分だ。マザーたちがいくら手を尽くしたって見つけられっこない。なあ、あんたら秘密教団とか言うのを追ってスラムに入ってるんだろ?ついでにエズラを探してくれないか。何でもいい、あいつの姿を見てないか先々でちょっと聞ければいいんだ。俺も連れてってよ」


「マザーからに頼まれたお使いのっね。俺たちもそんなに暇ってわけなじゃいんだがな」

リンドウはいったん言葉を区切る。それから少年のくぐもった表情をじっくりと観察してから短く続けた。

「いいぜ」


「おい、いいのか面倒ごと増やして」

僕は一応尋ねる。


「反対か?」

リンドウは意地悪くニヤリと笑う。


「賛成だけどさ」

ウインクで返す。


「私も、大賛成」

ヒナギクも大きな声を出した。


「ホントに?いいのか」

「ああ、任せとけって俺はこれでもスラム最悪の悪童と呼ばれていた男だ。ああいう場所は慣れてるからな」


「でもとにかく、いったんは帰りましょう。その先はマザーにきちんと話してからです」

ヒナギクに促される。


「わかった、じゃあこっちだ。近道知ってるから急ごうぜ」

パズーは少年らしく笑うと元気よく僕らを先導して走り出す。


彼の案内する道は、ちょっと常人には難易度が高かったが確かに近道ではあった。


***


教会に戻ってきた僕らを待っていたのは、慌ただしい混乱だった。中の職員、マザーの様子をして何か事件があったことは想像に難くない。悪い方向だということは雰囲気が伝えていた。


「マザー、何があったんだ」

いの一番にパズーがマザーに駆け寄る。


「ああ、パズー。あなただけでも戻ってきてよかった。探してきてくれたんですね」

僕らの姿を確認して彼女は頭を下げた。


「この騒動は何ですか?」


「それはー」

マザーの視線はパズーの方へさまよう。聞かせるべきかためらったようだ。

「アケビを覚えてますか。先ほど、パズーについてまわっていた子です」


「ええ」

直ぐに誰か思い当たる。


「アケビがいなくなりました」

「待ってよマザー、アケビはまだ三歳だよ。一人でどっかにいくなんてー」

パズーは激しく動揺する。


「これをー」

彼女は静かに首を振ると、手紙のようなものを差し出す。


『我々は真実を知りたがるものを拒まない。それが幼子であろうとも』


そこには文章と共に一つのシンボルが刻まれている。随分と懐かしい、長い事追い求め慣れ親しんだマーク。そう、あの日を境に消えた教団のあちこちに掲げられていた、ネズミの姿。楽園のネズミがそこで踊っていた。


「そんなエズラだけじゃなく、アケビまで…」

むやみに駆けだそうとするパズーをマザーが腕をつかんで止める。

「なりません」


「ここにきてか…」

「ちょうどいいじゃねえか、目的が一致したんだ」


「スラムに行くんだろ、俺が案内――」

「なりません」

いつも柔和なマザーが厳格でこわばった声を出す。その有無を言わせぬ声音を聞いて流石のパズーも何も言わずに押し黙った。


「悪いが、お前は留守番だ。事情が変わった」

「わかったよ。でも、アケビを絶対に連れて帰って」

リンドウが諭すと以外にも素直に少年は子供らしく懇願した。


「ああ」

その言葉を聞くと彼は自分を納得させるようにして部屋をでていく。シスターが一人付き添った。


「これで私たちと、マザーとの目的が一致しましたね。もしかするとエズラって子も…」

ヒナギクの言葉に反応して、マザーは神妙な面持ちになった。


「あの、パズーの手前では言えなかったのですが、私の探させた情報の中には密教団は生贄をつかったイニシエーションをするという話が…」

その絞り出すような声は、彼女の脳裏に浮かんだ最悪の光景を想像させる。


「そうだとしても、その前に助ければ問題ない」

言い切って見せる。


「おう、隊長もこの事態だ。隊員総出で当たるだろうよ。すぐに解決するさ」

「ですです。普段お世話になったぶん、私も倍々で頑張っちゃいますから」


「ありがとうございます皆さん。本当にありがとう。私の子供たちをどうかお救いください」

彼女の顔に張り付くのは、二児の子を心配する母親の面持ちそのままだった。

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