第27話

広場へつながるこの通りは以前は明るい市場だった。ヒナギクのお気に入りのパニーニが買える場所。今でもそれは変わらないのかもしれない、左右を挟む露店は今日も行きかう人々でごった返している。


マザーの暗殺未遂事件に初めて立ち会ったのはユニバース7だっただろうか、僕たちはちょうどこの通りから広場に向かったのを覚えている。今日においてここはすでにスラムの一部だと街の人に認識されていた。


世界は少しずつその姿を変える。まるであるべき姿へ押し戻そうとする因果に抗うように何度も同じような日々を繰り返す街、しかし同じように見える日常をもってなおその姿をおしとどめることができないのは、誰かが運命の神へ挑戦しているからのように思えてしまう。最も今は、運命が掌の中で踊ってくれることを期待しているのだが。


「準備はいいか?」

リンドウはヒナギクに確認した。


「本当に、私がここを歩いてるだけであの子はやってくるんですかね?」

「さあ、でもやってみる価値はあるんじゃない」

リンドウには悪いが僕は少し懐疑的だがヒナギクには適当に答えておく。


「何でもいいですけど、上手くいったらちゃんと捕まえてくださいね。財布だけ取られて、逃げられたんじゃたまらないですから」


「まあ、そこは俺たちに任せとけって」

そう言い残すと、僕たちはヒナギクを先行させ距離を取る。ヒナギクが本当にこの街の因果にとらわれているのなら少なくとも、今日ここで財布を無くすことは間違いないだろう。


「そんなに上手くいくかな?」

ヒナギクに聞こえないほど距離が開いてから僕は疑問をぶつけた。


「ははは、正直俺もダメもとだけどな」

と彼は白状する。しかしその時、ふっと視界の端を追い越していく小さな人影に気が付いた。彼は僕たちをあっという間に追い抜くと、先行するヒナギクまで一目散にかけていくと、ドンっと軽く接触した。


「おっと、姉ちゃんごめんよ」

僕とリンドウはお互い目を見合わせると、ヒナギクに向かって叫ぶ。


「そいつだヒナギク逃がすなよ」

声に反応したヒナギクがとっさに少年の服の袖をつかむ。

「えっと、やった!」


「やべっ」

少年は一言短くつぶやくと、一瞬のスキをついてつかまれた袖を振り払った。

「あっ」


「何してんだヒナギク」

しかしリンドウはすでに逆側に回り込んでいた。後ろからは僕が迫る。


「観念しろよ」

勝ち誇ったリンドウ、しかし少年はクルリと彼に背を向けると今度は僕の方に向かって突進してくる。


「残念」

捕まえようとした僕の手をひらりと交わし、僕の股を潜る。曲芸のような軽業。


「何簡単に抜かれてんだ」

追っかけてきたリンドウから叱咤が飛ぶ。

「仕方ないだろ、あのすばしこさなんだから」


そこからのチェイスは熾烈を極めた。なんたって、通りを猫か猿のように飛んではねて走る少年の身体能力のせいだ。何度も、見失いそうになりながらも必死に食らいついてようやく路地の行き止まりへと追い込む。


「ふはははは、もう観念しな」

悪役のような笑顔で勝ち誇るリンドウ。僕も息を切らしながらも追いつく。ヒナギクはまだ、どこかをさまよっているようだ。なんにせよ後ろは壁、逃げ場はない。


「兄ちゃんたち、残念だけどさ息が上がってるぜ。そんなんでまだ追ってこれるのかな?」

追い詰められている方の少年はニヤリと笑うと、壁にある小さなとっかかりに手をかけてポンポンと跳ねていく。


「マジで猿かよ」

リンドウの怒号もむなしく、彼は壁を伝って屋根へ。しかし、少年の曲芸が披露できたのもそこまでだった。


「ふはははは、観念しなさい」

悪役2として屋根の上で待ち構えていたのはヒナギク。いつの間に登ったのやら、身体能力の方は頭の出来ほど残念ではないらしい。地の利を得たヒナギク、下には僕とリンドウ、状況を受け入れた少年は白旗をあげる代わりに両手を上げて観念する。


「わかったよ。財布は返す。それで勘弁してくれよ」

「食べ物の恨みは恐ろしいのです。勘弁してもらえると思うなよ」

ヒナギクは悪役2が抜けきれないようで悪い顔をした。


「ぐっ」


「ヒナギク、目的を忘れるな」

僕はそこで少年助け舟を出した。

「パズーだろ?マザーの頼みで探してたんだ」


その言葉に彼は反応する。

「何だ兄ちゃんたち、あの時院にいた奴らか」


どうやらようやくと鬼ごっこは終わったらしい。屋根から降りるように二人を促すとようやくと落ち着いて会話ができる状態になった。

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