第25話

教会の中に、特にマザーの周りに流れる空気というのはそれがどのユニバースのどの時間においても変わらない。今のマザーの名前はなんだったか、確かマザー・ホリーだったな。還暦前の目じりに優しい小じわの目立つ女性だ。彼女の周りにもいつも笑顔たちの子供がいて、にぎやかで優し気である。それはとりわけ今日は一層で、子供たちは何かの稽古なのか、歌を歌いながら輪になって踊っていた。


一方の街の様子はというと、きわめて不穏な荒廃した雰囲気が漂っている。富裕層と貧困層に二分された人々は大半がスラムと化した路地裏でうごめいていて、ユニバース25にもその破綻の足音がすぐそこに迫っていた。


「じゃあ、その謎の教団というのは存在することにはしてるんだな?」

子供たちの生み出す歌声を効果音に、相変わらず礼儀をしらない口ぶりでリンドウが尋ねる。


「ええ、とは言え。広がり続ける複雑なスラムに潜まれては教会からはこれ以上の情報を探りようがありません。表の情報ならまだしも、暗闇は路地裏の全てに潜んでいますからね」


ユートピアプロジェクトの後継団体らしき存在があの日以来初めて確認されたのは、ユニバース25も終盤、街にスラムが目立ち始めこのユニバースの寿命が尽きようとする直前だった。当然、雲蘭隊長はこれを大きな変化ととらえ調査を始めている。ここでも当然の様に協力者コーポレーターであるマザーに協力を仰いだが、その結果は芳しくないようだ。


「しゃーねー、足で稼ぐしかねえか」

踵を返すリンドウを追い抜くように、勢いよく少年が飛び出していく。彼が出ていこうとするのはお上品な扉ではなく、まさかの窓だ。


「ちょっと、待ちなさい」

声を荒げて止めたのは若いシスターだ。その騒動に、歌って踊る子供たちの声と動きが止まるも、騒動の犯人の顔を見て再び練習を再開した。彼らにとっては特に特別な行動ではないようだ。


「パズー、今日はお祭りに向けての練習の日のはずでしょ?どこに行くつもりなの?」


「どこって決まってるだろう。エズラを探しに行くんだよ」

その言葉に一人の少年が反応する。年はまだ三歳ほどだろうか、幼すぎる彼は足早に少年の方へと駆けよってきた。


「僕も連れてってよ。パズー」

「お前はここに要ろ。アケビ。あいつは俺がちゃんと探しといてやるからよ」


「いけません。スラムは子供の出入りする場所じゃないと何度言ったら―」

「ごめんよ。マザー」


最後まで言葉を聞かずに、彼は窓の枠を蹴って飛び出す。


「あぶなっ」

驚いて窓枠までかけていくと、パズーと呼ばれた少年が建物の突起や、近くに生えていた木を伝って上手に三階にあるこの部屋から着地するのが見えた。


「スゲーな」

消えていく彼の姿を見ながら、リンドウが感嘆の声を漏らす。マザーの方はため息一つで終わらせていて、あの曲芸のような脱出劇も日常茶飯事なのだろうということがわかった。


「あの子は?」

どうでもいいことだが、思わず尋ねてしまった。


マザーは彼について行こうと窓枠に登ろうとする。三歳のアケビを抱きかかえながら答える。

「三年ぐらい前のころかな?スラムで悪さをしてた子供たちが捕まってね。ここに保護されて連れてこられたの。パズーとエズラ。ただ、ここになじみ切れなくてね。清潔な布団と、ただ飯が食べれる場所とでも思ってるのかしら、きちんと帰っては来てたのだけど…。良くああやって二人で勝手に街に繰り出して遊んでたのよ。今も、パズーは相変わらずスラムに出入りしているみたい」


「そのエズラって子の方は?」

マザーはその問いかけに寂しげな表情をした。


「お恥ずかしいことですけどね。この孤児院も皆が無事に卒業していってくれるわけじゃない。養子として引き取られていく子はいいのだけれど、ある日ふらっといなくなってしまう子もいるわ。エズラもそんな子の一人。スラムを遊び場にしているような子だったから、悪い大人に変な仕事でも紹介されたか、ギャングにでもあこがれて入ってしまったか。私たちも随分探したのだけど、深いスラムの中に潜られると限界はあるわ。昔いなくなった子が五年後にスラムの売春宿で客を取っているのを見つけたこともあるし、せめて何でもいいから生きていてくれればいいのだけれど」


マザーの言葉に、ここがもう栄光のきらびやから時代を過ぎた終焉へと向かう時代の1シーンなのだということを改めて感じた。


「さっきの子はその子を探して?」

「ええ、親友だったから、何も言わずに一人で出てってしまったのが気に食わなかったみたい。必ず探し出して連れ戻すんだって息巻いてる。私としては院で大人しくしていて欲しいのだけど、あの身体能力だもの隙を見てすぐに消えちゃうわ。まあ、あの子にとって心を許せる存在は親友のエズラと、二人に憧れたのかよく二人の後ろにくっついてたこのアケビぐらいだから気持ちはわかるのだけれどね」

そういって手の中でもがく三歳児の頭を優しくなでた。


「悪いのだけれど、せっかくなのでスラムに向かうなら。あの子のこと、少しだけ気にかけておいてもらえない。偶然見つけたならでいいから捕まえて帰ってきてほしいの」

マザーからの頼み事は珍しい。


「まあ、俺たちも普段から世話になってるしな。そのぐらいは進んで協力させてもらうさ。ああいうクソガキ俺は得意なんでな。ちょっと任せてみな。何せ俺もかつてはスラム最悪の悪童と呼ばれた男だ」

お得意の嘘か誠かわからない二つ名を付け足しながらリンドウは快く引き受けた。


どうせ調査も行き詰り気味だ。少しぐらいの寄り道も悪くはないだろう。そんなこんなお思っていると待っていたヒナギクも合流する。


「なんかにぎやかですね。何かの予行演習ですか?」

輪になって歌う子供たちをみて能天気に尋ねる。


「ええ、この院の伝統でね。毎年お祭りの日は子供たちみんなで讃美歌を歌いながら踊るのよ。この情勢、外では今年はお祭りも無理かもしれないけど、せめて院の中は普段通りにと思ってね」


そのお祭り当日に起こることを知っている僕たちは寂しい愛想笑いだけ返して、後ろめたい気持ちを引きづるように部屋を後にしたのだった。

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