第23話

「先輩、先輩、聞いてください。私また財布無くしたんですよ」

この大舞台を前に緊張感のない声が横から聞こえてくる。


「ログインするたびに毎回無くしてる気がするな」

適当な返事をした。


「でも、思わなかったです。隊長たち、表で普通に任務をこなしながら、内通者に気を配りつつ、さらにそのあぶり出しまでしてたなんて」

ヒナギクは生返事を気にする様子もなく世間話を続ける。作戦前なのにこれだけ普段通りでいられるのはある意味才能かもしれない。


「それができる人達チームなんだろうさ。だから、上からこれだけの大役を任される。まあ一人、欠けちゃったけどね」

当たりをそれとなく伺いながら、また無難な言葉であしらう。

「もう、時間だ。配置につかないと」

おしゃべりを切り上げて、次の段階へ移行するように促した。


「了解です。ではでは、先輩私はここで」

彼女は自分の持ち場へと向かうようだ。


この場に残されたのは二人。僕と、マザーの孤児院で育てられた協力者の女性。以前も教団を案内してくれた潜伏中のシスターだ。


「どういう話になったんですか?」

彼女は作戦の詳細を知らない。今日もただの案内人に過ぎない。彼女に導かれながらユートピアプロジェクトの施設の中を進む。教団の一員と認識されている僕らをいぶかしむものは誰もいない。


「掃討作戦を実行することになったよ。今日で教団関係者は根こそぎ掃討する。心配しなくていい、実行犯は僕たちだ。街の上層部や教会の関わりのない所でことは全て終わるさ。君は僕を案内したら、安全なところに隠れていればいい」


そんな説明をしながらも、僕たちという存在を街の上層部にいいように使われている気がしないでもなかった。やはり、マザーが黒幕?グラジオスの言葉が頭に少しだけよぎらなかったわけではない。しかしあの隊長が意味もなくやすやすと思うがままに操られるとも思えない。利用されるなら、それを利用してしまうような人だ。


「あなたも、踏み込むんですか?」


「ああ、こんなことして何の役に立つかはわからないけどね。作戦の全容は、隊長と副長しか知らないから」


レノス副長の件もあってからか、情報の通りは一層悪くなっていた。僕たち平の隊員は自分が何の役割を果たしているのか全く把握できていない。隊長たちに確固たるプランがあると信じるほかないだろう。あるいはブラフで、本当は裏切り者をあぶりだすための撒き餌の方なのかもしれない。どちらにせよ僕は言われたままにやるだけだ。


「やはりそうですか…、ところで」

僕の言葉を聞きいたあと、彼女は独り言のように呟きそれからじっくりと僕に目と目を合わせる。戸惑う僕をよそに、彼女は脈絡もなく口にした。

「私わかっちゃいました。あなたたちの裏切り者が誰か」


「何の話だ?」

この少女が突然何を言い出したのか、理解が追いつかない。だが、目の前にいる印象に残らない何でもない一人の異界人を、突然に僕の脳が一人の個人だと認識しだすのを感じる。雰囲気が変わったのだ。ただの少女、ずっとそこにいた空気のようなモブの舞台装置。そうだったはずの人間に、当然に名前と役割が与えられたように錯覚する。


「教祖の隠し部屋はここを進めばすぐです。私のことは混乱に巻き込まれて死んだことにしてください」

僕が言葉を飲み込む時間もなく彼女はどこからともなくナイフ取り出した。やられると思って身構えるも、彼女がそれをあてがったのは自身の頸動脈付近だ。


「リセットして、全てを一からやり直せばいいなんて、そんな都合のいい話、この世にあっていいはずがないじゃないですか。私たちは、無限に繰り返す無意味な時の檻の中もで、ちゃんと生きている。私たちは忘れない。この恨みを、百年だって千年だって」


「待ってくれ、だから、何の話だ?」


「レノスさんを殺した犯人はあなたの近くにいるということですよ。気をつけてください同志パッド。もし次に世界が生まれ変わったら全ての真実をお話します」


止める間もなかった。いや、彼女の覚悟を決めた瞳を見て止めようなどと試みることをはなから無駄だと悟ったのかもしれない。僕がただ茫然と眺める中、鋭利な刃は自らの意思でその細い首筋を一思いに引き裂いた。後に、残されたのはおびただしい流血と意思のない肉の塊。


「…おい、なんだ?」「何が起こっている」

同時に教団の施設の奥の方から困惑の声が上がりだすのが聞こえる。施設がにわかに騒がしくなっていくのを感じる。隊長たちの作戦が始まったのだ。僕の任務は教祖を取り逃さない事、突然起こった少女の自死による混乱と、その死体を頭の片隅にとどめて切り替える。任務が優先。今起こったことは後で考えればいい。僕の思考回路はそう動くように訓練されていた。


***


この日を境に、ユートピアプロジェクトはどのユニバースにも突然現れなくなった。あの時少女と交わした一連の会話を僕は未だに誰にもでいる。なんたって話そうとするとなぜか僕の記憶は一時的にまっさらになり、表現することができなくなってしまうのだから。

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