第18話

「おいおい、見ろよこれお前が言った通りにしたら成功したぜ」

団体の図書室で本と格闘する僕を傍目にはしゃぐリンドウの指先からは小さな火が噴き出ていた。


「こんなところで火の魔術をためすなよ危ない」

僕はこぶし大の水を生成して彼めがけてぶっかける。


「なんでお前はそんな簡単に成功してるんだよ。納得いかん」

僕は魔術について知ってから五日で最初の魔術に成功した。対してリンドウは三週間かかっている。


「魔術の才能には、個人差があるみたいだな」


「結局これってどういう原理なんだ?」

リンドウは懲りずにまた指先に火を灯した。


「さあな。雲蘭隊長は前に、こちらとあちらでは物理法則が違うと言ってたな。要は僕らと彼らでは本来知覚のシステムが違うってことだろ?でも実際にはこの仮想現実での出来事をコンピュータが見た目上の現象に辻褄を合わせしてくれるから、僕たちにはあたかもこれを魔法のように感じるらしい」


「じゃあ、俺たちにはどう頑張っても根本からは理解できない?」


「どうだろうな。まずこのエーテルってものが僕たちの世界にはないからな。魔術の基本理念はこの謎のエネルギーの応用だ。表層の使い方までならなんとかなったんだよな」

積み上げられた本はこの一か月の努力の成果でもある。


「確かに、使えるには使えるんだよな。電気の根本原理を理解していなくても明かりは点せるみたいなもんかね」

彼は五本の指先に器用に順番に火をつけては消す。

「なあ、やっぱりこれじゃないか?」


「僕もそう思って、調べてるんだけどね」

300年ごとにこの世界に訪れる終末、それを引き起こす洪水が魔術ではないかという疑念は教団が魔術の研究をしていると聞いて真っ先に浮かんだ。


「何か問題が?」


「僕がここまで調べた触りの知識だけで言うなら不可能なんだよね。この都市を丸々飲み込むほどのエーテルを引き出そうとするならヤバいレベルの数の人間が必要になる。都市人口から考えて、ユートピアプロジェクトがそれを捻出できるだけの巨大な組織に育つとは考えにくい。ざっくりした計算だと300年後の都市の人口の一パーセントだぞ。そこまで巨大な組織なら今まで隠れおおせてきたはずがない」


「何らか効果を増幅するからくりがあるとか?」


「多少の効率化ならできそうだけどな。だけど仮に必要なエーテル量を多少小さくできたとしてもやっぱり現実的な数字だとは思えないんだよな。魔法といってもあくまでこれはこの世界の物理法則なんだよ。できないことはできない」


「だがよ。結局お前が今の所知ってるのはまだ魔術のさわりの部分なんだろ?まだ百五十年以上の時間もあるし、技術革新が起こる可能性もある」


「確かにそうなんだけどね。手詰まり感もあるんだよなぁ。なんだかんだ僕らはこの世界の人間じゃない。より根源的な世界に入っていけばいくほどコンピュータによる認識補正を受けているというずれは大きな問題になるだろうし」


「こっちの人間に聞いてみるのはどうだ?マザーにだれか紹介してもらってさ」


「もう副長を通して頼んでみたよ。だけどつまるところこれはこの世界の理論物理学だ。より深い所になればなるほど生半可な知識人じゃ太刀打ちできないよ。というか、そもそも魔法はここでは異端とされてるんだ。そん物に精通してる人間なんてさ―」


「このユートピアプロジェクトの中にしかいないってことか」

先回りされる。


「そういうこと。先輩方に取り入って上手く指導を受けるのが得策だね」


「正に、潜入捜査に立ち返るって感じだな」


「そんなことより。私はあっちの方が気になります」

突然向こうから駆けてきた来たヒナギクが話に加わる。彼女の指さす方にはこの部屋の真ん中に鎮座するネズミたちの楽園があった。


「お前、あんなのずっと眺めてたの?魔法とかのが絶対面白いじゃんほら」

リンドウは指先から火を出して自慢する。


「そのぐらいなら私もすぐできるようになりましたよ」

彼女も同じことをして見せる。


「えっ?マジ」

得意げに火を見せびらかしていた男はガッツリへこんでいた。このところずっと練習してたもんなと同情しつつ、実はあのぐらいなら教えられれば子供でもできることは黙っておいた。


「私は試験で市民権取っちゃう先輩みたいに頭良くないから、難しい理論の勉強したって意味がないと思って、あっちのネズミちゃんたちについて調べてたんです。てか、リンドウさんも遊んでないで仕事してください」


「別に俺だって遊んでたわけじゃないぜ、ただいかに天才の俺でも頭使う仕事はちょっとばかし苦手ってだけだ」

年下からのお叱りを、子供みたいな言い訳でかわす。


「で、そっちの方は何か進展があったの?」


「う~ん、ずっと観察記録を付けてる会員の人と仲良くなって毎日見てたんですけど、三週間程度じゃずっとちゅーちゅー言ってるだけにしか見えないんですよね。記録員の人曰く、ちゃんと少しづつ変化が表れてるみたいなんですけど」


「まあ、ネズミの顔色なんてわかるようにはなりたくないわな」

茶々を入れるリンドウをヒナギクは気持ちよく無視した。


「っで、観察してもわからないので、指導者さんが参考にしたっていう実験が載ってる本を教えてもらって読んでみたんですよ」


「そもそも変化なんて起こるのかな。だって、あのケージには餌も水も何もかも必要なものがそろってるんだろ?延々と増え続けるだけじゃないのか?」


「どうやらそう話は単純ではないみたいです。驚きですよ」


ヒナギクの話によれば実験は以下のようなものだったらしい。


実験はある学者によって始められた。彼はもし、ネズミたちに十分な水と食料を与え、あらゆる病気を予防し、天敵のいない環境を与えたとしたら、それらはどのように増殖し、どのようなパターンで行動をはじめ、そしてどう言う社会を形成していくのかということに興味を持った。そして彼は実際に人工的にそれらを満たすネズミの楽園を造り、そこへ楽園の始祖となる八匹のネズミたちを住まわせた。ネズミたちの社会は次のような運命をたどる。


フェーズ1、個体数の増加。ネズミにとって理想的ともいえる環境においてそれらはまさにネズミ算式に増え続ける。最初は八匹だったネズミは、315日が経過して時点で620匹にまで増えたという。しかし延々と増え続けるかと思われたネズミの個体数はゲージの上限である3000匹をはるか遠くに出生率は減少に転じる。


フェーズ2、格差社会の誕生。ネズミたちの中に格差が生まれ始め、支配するものとされるものに分かれる。たった13匹のネズミがゲージをゆったりと大きく使い生活する一方で、たの大多数は狭いスペースの中でひしめき合って生活をした。


またネズミ同士の権力争いも始まる。ボスになろうとネズミたちは争いをはじめ、それにはゲージの中で生まれた第二、第三世代のネズミたちも加わった。闘争の勝者は広いスペースをゆったりと使い、そのボスに囲われるメスネズミはたくさんの子供を産んでその世話を良く行った。


一方で、敗者となった大多数のネズミたちは、彼ら本来のあり方である単独での行動を控え、集団となり一斉に餌を食べたり同じ時間に眠るようになる。この階級のオスたちは性別を問わず無差別な強姦を行い、メスたちは巣作りや子育てを上手くすることができずに子ネズミの生存率はわずか10%ほどとなった。


さらにと呼ばれる変わったネズミも現れる。彼らは権力争いに参加することをせず綺麗で傷一つない体のまま、メスにも興味を示さず、他のネズミから離れて一人食べることと寝ることだけを行う引きこもりになった。


フェーズ3、楽園の終末。560日を超えることから個体数の増加は止まり、600日目で死亡率が出生率を上回った。新世代のネズミたちにはもはや、交配も、子育ても、領土の概念もなく、ただ食事と身だしなみを整えることだけに時間を使った。


そして交配や社会への関与を拒否したネズミたちはギャングを構成し略奪を繰り返すようになった。


920日目に最後の妊娠が確認されるが産まれることはなく、1780日目には最後のオスが死亡して彼らの社会の終末が確定した。


「なんていうか不気味な実験だね。この実験のように荒廃していった社会に既視感があるよ」

それは僕たちの世界の社会に似ていて、そして今いるこちらの世界のたどる運命とも重なった。


「こんなの偶然じゃないのか?たまたま一回、ネズミたちが奇妙な社会を作っちまったってだけだろ?」

リンドウは懐疑的なようだ。


「ユートピアプロジェクトの人たちも本の内容に懐疑的だったようですね。それで彼らも似たような施設を作ってそこで実際にネズミを飼ってみることにしたようです」


「結果は?」

「この団体は何度も同じ実験を繰り返しているようなんです。24回分の実験のデータをみせてもらいました。怖いですよ、この実験でネズミたちの社会は24回の内24回すべてで同じ過程をたどり、そして同じ結末を迎えてます」


「つまり、滅びるってことか」

「まあ確かに不気味だけどよ。結局ユートピアプロジェクトはなんでそんなことに興味を持って調べてるんだ?」

リンドウの発した疑問に答える者はいない。誰もが首をひねったからだ。


「このネズミの社会のような荒廃した世界を作り出してこの都市を亡ぼすためとかですかね?」

300年を目前に荒廃したあの都市の様子を念頭にヒナギクは提案する。確かに最初のユニバースで見た都市の壊れ方はこの実験の結果に似ているものがある。


「そんな回りくどい事する意味あるのか?実際、この都市を亡ぼすのは洪水だしな」

リンドウの言うことももっともだ。


「じゃあ、あの洪水を引き起こす魔術の何らかの条件を整えるために、社会の推移を調べてるとかはどうだ?あるいは荒廃した社会を作り出すことが条件とか」

自分で口にしておいてなんだがこの提案もかなり苦しい。僕らは結局納得のいく答えを見つけられずに頭をひねるだけだ。


「だめだ、考えたってわかる気がしない。実際にそれとなく聞き出すのが一番だろ。大魔術の発動条件とネズミの実験の意味の二つが当面の目標だな。素直に答えてほしいね」

リンドウは今後の方針を打ち出す。


「そうと決まれば俺はそこらのやつに声をかけてみるかな?お前たちはどうする?」

「私は引き続きネズミの実験について調べながら、仲良くなった観察員さんになんでこんなことしてるのか尋ねてみようと思います」

二人の視線は僕の方を向いた。


「じゃあ、僕は魔法についての勉強の続きだな」

僕たちは互いの役割を分担しそれぞれの目的に沿って解散した。

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