第16話

僕たちがユニバース7に現れた謎の教団について調査を始めてからも、その実態はなかなかつかめなかった。というのもあの事件以降、教団は完全に地下に潜り、表舞台での活動をやめてしまったからだ。その潜伏は恐ろしいほど長い期間行われ、ようやく僕たちに教団についての新しい情報がもたらされたとき、世界はあれからもう三度滅び、ユニバースは11を数えていた。


「教団の尻尾をつかんだって本当か?」

ログインしてきたリンドウがそうそうに、キッチリした方の副長レノフに詰め寄る。


「ああ、今他のチームのメンバーが監視している。変わった教団だよ。彼らはどうやらネズミを信仰のシンボルにしているようだ」

副長は簡潔に答えた。


「ネズミ?ネズミってあのネズミか?」


「あのネズミだ。詳しいことはわからんがな」


「まあ世の中にはいろんな動物を信仰する宗教もありますしね」

確かにヒナギクの言う通り、変ではあるが珍しいというわけでもない。


「君たちはこちらの協力者が用意したコネを利用して、教団に潜伏してもらう。重要な任務だが、君たちの実績を買って雲蘭リーダーからの抜擢だ。光栄に思いたまえ」


「そんな大役」

「私たちでいいんですか?」


「彼女が決めたことだよ」


「あんたは不満がありそうだな」

リンドウの言葉に、レノフ副長の眉がピクリと動く。僕には無表情に見えたが、リンドウはカマをかけたのだろうか?彼に不満があることが明らかになった。


「私は君たちの実績に懐疑的だよ。いや、根と対峙したことがある人間なら皆不思議に思ってるだろうな。わずか三人で根を仕留めたという話が。出来うるなら君の記憶データを開示してもらいたいものだがね、リンドウ」


「疑いたいなら疑えばいい。だが俺と相棒の実績は確かだぜ。教会が事実をきちんと認めてることが証拠だ。情報を開示してもらえないのはあんたの方に信頼がないからじゃないか?それでも気になるなら、任務は別の人間に任せればいい」

こうやってすぐに突っかかる所はリンドウの欠点だろう。


「…いや、いい。隊長がそう決めたのなら。きちんと君たちを選んだ理由があるのだろう。私はその決定を尊重する」

少し考えたのち、副長はまた鉄仮面を被りなおしてから答えた。


「ちっ、つまんねえな、あんたもアッカ―副長も。隊長の決定なら全く疑問もはさまない。忠実な犬かよ」


「我々と隊長がともにいくつの修羅場をくぐってきたと思っている。この経験と実績が彼女への信頼だよ」

失礼な物言いにも静かにそして、自信をもって答える。


「隊長のことを尊敬してるんですね」

ヒナギクが何気なく口にする。

「ああ、君たちもともに任務をこなしていけば彼女の偉大さがわかるさ」


雲蘭隊長のことを話すときだけ、無表情に見えるレノフ副長の表情に柔らかさが浮かぶ気がした。それが彼らと彼女が培ってきた、信頼という絆なのだろう。


「異常だぜ。あんたもアッカ―副長も。優秀な人間が完璧なわけじゃない。その命令に疑問があっても唯々諾々と従うのは信頼じゃなくて、信仰だ。そこまで行くと尊敬は崇拝だな」


「おい、リンドウ」

それ以上は流石に止めに入る。


「かまわんさ、隊長は君のそういう所を評価しているのかもしれないしな。本題に話を戻そう」

副長はしらけきった空気を仕切りなおして、僕らに任務の詳細を告げるのだった。


***


「プロフィールは頭に入ってますね」

先導する協力者コーポレーターが確認する。


「大丈夫です」

代表して僕が答える。僕たちにはそれぞれ、役場の職員、下院議員の秘書、教会のシスターという肩書と細々としたプロフィールが用意されていた。それを頭に叩き込んだのが一時間ほど前だ。


「とわいえ、潜入捜査なんてまどろっこしい事する必要はあるのかね。こっちは都市の元首まで抱き込んでるんだぜ。強制的に踏み込んで捜査する方が手っ取り早い」


「申し訳ありませんが例え元首様の命でもそれは出来かねます。ここは法治国家、法の元、罪なき者を強制捜査はできなません。彼らはただ宗教団体を立ち上げただけ何か具体的に悪事を働いたわけじゃないですからね」


「つまり、僕たちは何か教団を捜査するためのきっかけ、悪事の証拠をつかんでくればいいんだね」


「そう言うことになります。皆さんは私からの推薦を受けた入会希望者ということになっています。これから私が引き渡す教団員に目隠しをされ、彼らの教祖の元に連れていかれるでしょう。そこで教祖様の許可が下りれば、めでたく入会が許されます」


「下りなかったらどうなっちゃうんです?」


「特に恐ろしいことはありませんよ。不合格になった人間はまた目隠しをされて元の場所に帰されるだけです」


「用意してもらった身分は安全なんですか?」

一番気になる所だ。


「マザーのお力添えで、教会の戸籍レベルで偽造しています。あなた方が所属していることになっている各所に探りを入れられても信頼できる人間に適切な対応をしてもらえる手はずになっているのでまず大丈夫かと」


「そこは、マザーの人脈様様って感じですね」

ヒナギクが関心する。


「はい。何より教団も事前の調査をしているでしょうから、教祖と面会できる以上ばれてはいないと考えていいでしょう」


「そういう話なら、信頼して、俺たちは任務に励みますか」

程なくして連れていかれたのは一般の邸宅といった感じの建物だった。


「私だ」

扉を叩くと中から男性が出てくる。正直合言葉のようなものがあったりと期待したのだがそこは平凡だ。


中に通されると、教団員と思しき格好の白装束の人間が複数思い思いの行動をしていて、普通の格好をした男女二名がお茶を飲んでいる。


「あなたたちも何か飲む?」

女性の教徒が進めてきた。僕とヒナギクはその言葉に甘えて、リンドウは断った。特に会話ないままカップの中身がなくなるころに、少し位の高そうな男が現れる。


「今日はありがとう。教会と体制に疑問を持つ同志諸君。君たちが我らが団体の活動に興味を持ちコンタクトを取ってくれたことをうれしく思う。しかし、」

彼はいったん言葉を切る。

「望むもの全てを受け入れるわけにはいかない。会員になるための条件は三つ。一つ目は他の会員からの推薦。諸君らはこれをクリアしている。二つ目が、確固たる職や地位を持っていること、即ち我々の力になれる能力があるか。これもすでに我々で秘密裏に調べさせてもらった。つまり諸君らがクリアすべきハードルはあと一つ、我らの指導者から入会を認められること」


その言葉を合図に、団員たちがぐるりと僕たちの周りを囲んだ。バレたか?緊張感が辺りを包み、冷や汗が浮かぶ。


「申し訳ないが、諸君らを目隠しさせてもらう。これから連れて行くところを特定されないためだ。同意してもらえないなら帰ってもらって結構」

男は間を作り僕らの反応を伺う。バレたわけではなさそうだ。誰からも異論が出ないことを確認して、彼は団員たちに合図を送った。かくして僕らの視界は暗く閉ざされた。

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