第13話
マザーのいる場所はすぐにわかる。彼女はいつも子供たちに囲まれて一番賑やかな場所にいるからだ。彼女は街へ調査に出かけようとする僕たちを見つけて、声をかけてきた。
「昨晩はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで。いつもありがとうございますマザー」
果たしてこのマザーの名前はなんだっただろうか。最近は頻繁にシフトが組まれているが、こちらの時の流れは現実より強大なので彼女は前回のマザー・カタバミから数えてすでに三人目のマザーだった。
「何か調査に進展はあるのかしら?」
子供たちにあちこちを引っ張られながらも彼女は尋ねる。
「全然です。この都市はあいかわらず、不気味なぐらい平穏ですから」
「まあ、悪い事じゃないんだけどな」
僕とリンドウが交互に答える。
「でも、前回は気が付きませんでした。こんなに完璧に見える都市にもきちんと闇が広がっている」
今回の僕たちの調査対象はその辺の組織だった。
「どんなに光で照らしても、影はできるということですかね」
ヒナギクは表情を曇らせた。
「ええ、私の子供たちも色々な努力をしてくれているけれど、中々上手くはいかないわ。食料の供給は全国民を飢えさせないほど十分になり、職業のあっせんや、貧困層や体の不自由な方への支援、病院などの開放、考えられる限り色々とやってきたけれど何が足りないのかしら」
「完璧になんて難しいことを言うね。あんた達はよくやっていると思うぜ。ここには理知的で優れた統治がある。あんたの教育と教え子たちのおかげだな。この世から闇が消えないのは、ただこの世に理想郷など存在しえないからというだけさ」
リンドウは珍しくマザーを慰める。
「ええありがとう。それでもこの孤児院が存在していることこそが、この都市の闇よ。教育は私の最大の武器よ。子供たちが私の教えを引き継いでくれる。そうすれば一代ではなせないこともきっといつの日にかなせるわ。私はこの都市から闇を追い出してしまいたいの」
彼女の輝く目は覚悟と、意思に支えられていた。それは僕たちに、彼女とその子供たちが作る未来はいつの日か、理想の都市を産み出すのではないかと信じさせてしまうほどの一点の曇りもないものだ。彼女のような人間を聖人と呼ぶのだろうなと僕は密かに心に抱いたのだった。どうせこのユニバースも最後には滅びるのだろうけど。
***
この時期の都市は、一年の中で最も活気に溢れている。収穫祭を明日に控え、街のあちこちでその準備が進められているからだ。広場が近いこの通りは、その中でも特に騒がしかった。
「今まで色んなマザーに会いましたけど、どのマザーもあれですよね。向こうの聖人認定されてるあのマザーに似てますよね」
僕と同じようなことを考えていたのだろうか、ヒナギクは道すがらそんなことをポツリと口にした。
「マザー・リーフのことか。教会の認定した最後の聖人」
一人思い当たった。
「ああ、あれか。最後の審判の混乱の中で、子供の家ってのを作って子供たちを保護し自立できるように教育をしていったっていう婆さん」
「婆さんって言わないでください。マザー・リーフは私の尊敬する人なんですから」
口をとがらせる。
「じゃあ、これ知ってるか?マザー・リーフには裏の顔があるって噂」
「知ってますよ。表では子供の家の為の寄付を集ってお金を集めながら、裏では保護した子供を人身売買して稼いでたってあれでしょ。噂ですよ。私そんなの信じてません」
「だけどさ、死後に発見されたマザーのプライベートバンクに巨額のお金が残されてたのは事実だろ?俺は怪しいと思うぜ。マザー・リーフは聖人どころか悪魔なんじゃないかっていう人だっている。聖人認定取り消しを訴えてるグループまでいるんだぞ」
「マザーほどの人物なんですから、私たち一般人にはわからない深い考えがあったはずです。きっとそのお金だって何かの為にプールしてあっただけですよ」
彼女はリンドウの話を真っ向から否定した。
「マザーほどの人物なら深い考えがあったはずっね。そういう思考停止な信頼はもはや、信仰だな。俺には理解できないね」
「教会の聖人を信仰してるんだから、問題ないんです~」
ヒナギクは舌を出してリンドウをけん制した。
「ハイハイ二人ともそこまで。ヒナギクあそこにお前のお気に入りのパン屋があるぞ」
二人を仲裁しながら、彼女の思考を食べ物に逸らす。
「はっ、私、今日まだあそこのパニーニ食べてません。行ってきます」
駆けだそうとする少女は向かいから走ってきた少年と衝突しそうになり、それをよけた勢いで今度は向かいにいた男性に激突した。
「おっと、姉ちゃんごめんよ」
祭りの準備だろうか、少年は足早に立ち去る。
「お嬢さんお怪我は?」
彼女を優しく抱き留めたのは、この都市の今の元首だった。
「あっ、すいません。マーニー元首」
「お久しぶりです皆さんお変わりないようで」
慌ただしい状況にも穏やかに挨拶を返してくれた。
「マーニー元首今日はどうなされたのですか?」
普段は自分の執務室にこもりきりの忙しい人だけに自然とそんな質問が口をついた。
「マザーに少し用事がありまして、今向かっているところです」
「それなら、わざわざ向こうに行くより、ここで待ってた方がいいぜ。すれ違いになる」
「おいっ」
思わずそうアドバイスしたリンドウを僕はこづく。
「なぜそんなことがわかるのですか?マザーは何かこちらに用事が?」
当然そんな質問が帰ってきて僕らは少し慌てる。僕らがマザーの行動を知っているのは、地道な調査の結果だ。この都市の住人は、周期性をもって同じ日、同じ役割の人物はおおむね同じ行動を繰り返している。収穫祭の前日、マザーが子供たちとこの広場付近に見学に訪れるというのは、僕たちだけが知るタイムテーブルだった。
「やっ、まあ、そんなところだ。子供たちとマザーが祭りの準備を見学しに行きたいって話してるのを偶然耳にして、なっ?」
リンドウが適当な言葉で誤魔化して僕に同意を求めてきた。
「この都市の行政機関は我々を欺いている!」
その時広場から大きな声が響いてきた。
「あれ?なんですかね」
ヒナギク同様僕たちの注意はそちらに向いた。
広場では百人ほどの集団が列をなし、プラカードを掲げて行進していた。皆一様に同じような白一色で着流しのローブのようなものを着ていた。
「お見苦しいものを。あれはここ最近急速に信者を増やしている宗教団体ですよ。行政機関や、こともあろうかマザーのことを批判し、終末論を唱える困った人たちです」
「元首も、マザーもみな悪魔の手先です。皆さん気を付けてください、このままだとこの都市に終末がやってくる」
元首の言葉を示すように彼らの中の誰かが叫び。集団から口々に賛同の声が上がる。
「ひどいです。元首さんもマザーさんもこの街の為に必死で頑張ってるのに。何とかしないんですか?」
「なにも、言論と宗教の自由は保障されています。彼らが法の中でどんな主義主張をしようと我々は何もできませんし、するつもりもありません」
静かな言葉だった。
「むしろ、あなた方の方が彼らに興味がおありなのでは?」
「どういう意味ですか?」
突然の発言に虚を突かれた思いだ。
「君たちの同僚が熱心に調べていたようなので、いろいろ協力させてもらいました。話は聞いていませんか?」
他のチームのことだろう。個々のグループが何を調査しているかを知っているのは隊長と二人の副長だけで僕たちには共有されていない。
「あの物言い、なんか聞き覚えがあるんだよな」
リンドウはどこか既視感を覚えた様で首をかしげる。
「あの団体は、50年ほど前ある一人の男が広場で毎日終末論訴え始めたことで始まったようです。最初はだれも聞く耳を持ちませんでしたが、今ではあの通り一定の信者を得ています」
「あっ」
元首の説明で思い出した。ユニバース6で広場で終末の予言を訴えていた女性だ。あの時、ヒナギクがパニーニを買いに行っていて僕とリンドウはちょうどこの場所で待っていた。あの時、終末を叫んでいた女性、あの女性と同じ配役をこのユニバース7で与えられた人物が元首の言う男性だろう。
「あの時の預言者っぽい、女だ。あの時ログインしてた時代が大体今日の50年ぐらい前だったんだよ」
僕は小声でリンドウに耳打ちする。
「ああ」
彼も思いだしたようだ。
「おや、ところであなた方の予言の方は当たったようです」
元首はいたずらっぽい口調で告げる。広場にちょうど、マザーと子供たちが一緒にやってきたのだ。
しかしそれは見方によっては最悪のタイミングだった。
「悪魔だ!」
集団の中の一人がマザーを見つけて叫ぶとそれは次々と波及していく。あまりの剣幕に、子供たちはおびえて泣き出した。
「ひどい!」
ヒナギクが怒りの声を上げる。そして駆けだそうとするがそれは杞憂だった。
「お前ら、マザーになんてことを言うんだ」
今まで静かに宗教団体を黙認していた街の人から声が上がる。
「そうだよ。マザーがどれほどこの都市の為に尽くしてくれているか、子供たちの笑顔を見ればわかるでしょ」
言葉は様々だ。しかし街の人から次々と擁護の言葉が上がり、白服の教徒たちはたじろぐ、もともと集団で気が大きくなっているだけでそれほどの覚悟があって非難をしたわけだはないのだろう。
「みんなわかってるのさ」
マザーの活動をずっと観察してきたリンドウはそんな風にその光景を評した。
「マザーは、優しくてとっても優しくて、何でも教えてくれて、いっつも褒めてくれて、私たちの、みんなのお母さんなのだから、いじめないで」
少女の訴えと共に、子供たちが宗教団体からマザーを守るように間に進み出たことで状況は完全に沈静化した。
「い、言い過ぎたかもしれない」
場の空気に気おされ、教徒たちのリーダー的な男性が渋々と謝る。物事は円満とは言わないまでも収束した…かに見えた。
衝突が避けられ、状況が弛緩した瞬間、誰もが一瞬気を抜いたその瞬間に街角に座っていたホームレス風の男が突然マザーに向って駆けだす。
「いけない」
僕らと離れた場所で状況を見守っていた元首が思わずつぶやく。
「悪魔め、我々の痛みを知れ!」
手にはナイフ、雑踏は騒然とする時間もない。二人は交錯し、広場は騒然とした。教団のメンバーと思しき人たちの慌てぶりからもこれは彼らにも知らされていなかったのだろう。あるいは、一人の教徒の暴走か。どちらにせよ遠目には最悪の事態にしか見えない。僕らは慌てて広場へと駆け寄った。
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