第12話
「どいうことなんですか?」
扉を閉めてからすぐに僕らは隊長に詰め寄る。
「すぐに答えを求めるのは現代っ子の良くない癖だ。少しは自分で考えてみたまえ。私は君たちの受けた印象が知りたい」
隊長は試すような笑みを浮かべる。
「同じでした。でも違う人なんですよね。以前お会いしたマザー・アイビーと今のマザー・カタバミは…」
遠慮がちにヒナギクが感想を述べる。
「我々は少なくともそう考えてるよ」
「だけどよ。話す内容だって同じだったぜ。俺がマザーに偉いのかって尋ねた後返ってきた言葉にはぞっとした」
「同じような思考の人間ってことじゃないかな。ヒナギクだってさっき無意識に前回と同じような発言をしたんだし、同じ人間が同じシチュエーションに置かれれば結局同じようなことを言う。無為な会話なんて所詮決められた定型文の応酬だろ?」
「前提が間違ってるぜ相棒。マザー・アイビーとマザー・カタバミは違う人間だ」
「そこはほら、あれだよ。同じような条件で生まれ、同じような環境で育った人間は、同じような人格になる、っとか?」
我ながら苦しい解釈だ。
「いくら何でも一言一句同じこと言うか?」
「…だな」
「…」「…」「…」
そこで議論は止まった。
「なるほどなるほど、面白い意見だよ」
雲蘭隊長がようやく口を開く。
「あんたたちはどう考えてるんだ?」
リンドウは降参といった表情だ。
「君たちの折衷案といったところかな。もちろん所詮我々の予測に過ぎないが」
「どういうことですか?マザーさんとマザーさんは同じような別の人ってこと?」
「確かにそれなら折衷案だけど。意味不明だ」
「だが、正解だよヒナギク」
隊長はヒナギクの意見を肯定した。
「どういうことですか?」
「我々もマザー・アイビーとマザー・カタバミは別人だと考える。だが同時に同じ役割を持った人間だ」
「全然わかんね」
リンドウが混乱するのも当然だ。よく話が見えない。
「君たちはユニバース6が崩壊するのを見ただろう。都市も人も皆流された。だが、このユニバース7はどうだね。確かに人の顔や都市の細部は違う、だが大きな意味ではユニバース6と同じに見える。まるで双子の世界だ」
「私わかったかも。ユニバース6は滅びても結局ユニバース7には同じような人が出てきて同じような建物ができて、同じような歴史を歩んでるんですね。歴史は繰り返す、的な的な」
「いい線を行っている。が、現実はもっと不思議さ。この世界はね、異常に安定しているんだ。私は都市の様々な時間に交代で君たち隊員を送り記録を取った。結果、この都市は300年間どこを切り取ろうと同じような日常が延々と続いていることがわかった。例えばマザーが寿命で亡くなっても、すぐに似たマザーのような人が現れる。それは都市の元首だろうと、街角のパン屋だろうと一緒だ。いなくなった人の椅子を埋めるように誰かが代わりにそこに座って、大きな事件も変化もなく同じような日々がずっとずっと繰り返すんだ。終末を迎えるその日まで」
「それってマザー以外にも似たような人がいるってことですか?」
「そうさ、この街に住む人間には必ず役割がある。ゲームや映画の配役のようにな。後でじっくり都市を散策して違いを探してみるといい。間違え探しみたいで面白いぞ」
「待ってくれ、俺たちが見てきたユニバース6は一回目と二回目で都市の様子は全然違ってはずだ」
「そうだ。それを実感してほしくて君たちをあえて大きく異なる時点にログインさせた。この世界の日々を観察するのは苦痛だよ。同じ映画を延々と何度も繰り返し見ている気分だ。だが、進んではいるのだ世界は確実に変わっている。じわりじわりと、我々の認識できないスピードで確実に腐敗し、最後には滅びる」
「なぜですか?」
「そこが我々の探すべき問題にして課題だよ」
隊長は奇怪に思えるこの状況にも動じない。必ずこの問題を解決できるという自信を感じる。それを支えるのは彼女が築いてきた経験と実績なのだろう。
「そんな、魔法みたいな話。解けるとは思えません」
心配そうな表情だ。
「魔法とはまさに言い得て妙だ。覚えておくといいルーキー。この仮想現実世界の物理法則は我々の世界のそれとは異なる。結局我々が知覚しているものは、現実の世界に生きる我々に理解できるようコンピュータが置換したそれらしいビジョンでしかない。魔法はあるし、常識は通用しない。この先MALUSの隊員として結果を出したいなら、頭のねじは全部引っこ抜いて、まっさらな思考をこの世界に再構築しろ」
「そうすれば私も隊長みたいになれるんでしょうか」
ヒナギクは羨望のまなざしを向ける。それはリンドウも同じだ。
「なりたいと強く願うなら、欲する者のもとに運命は跪く。強欲たれ。それが全てを手に入れた私からの、今はまだ持たざる君たちへのアドバイスだよ」
雲蘭隊長から放たれる自信に満ちたオーラに僕もまた充てられる。現実の彼女もまた、このアバターの様に威厳と風格を持った女性なのだろうと勝手に想像が膨らんだ。
少なくとも幼い少女のような見た目をしていることはないだろうと、可愛らしいと評したあの白衣の女性の言葉を感性が否定する。可愛らしいなんて思うのはあの人にとって隊長が昔から知る年下の少女だったからに違いない。僕のような若輩から見ればきっと、大人びた理知的な女性に見えることだろう。人は立場によって、同じものを見ても違う様に感じ取るのだから。
ユニバース7で事態が動いたのは、その後何度目かのログインでだった。
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