第11話

ユニバース7に初めてログインしたのは、ユニバース6が崩壊してから現実の時間で一週間ほどたったころだった。


「きたか」

僕がどうやら最後の一人だったようで、チームの二人と雲蘭隊長はすでに待ち構えていた。


「君たちがシフトを外れている間に文明は再興したよ。この時代でも協力者コーポーレーターを紹介せねばならんな。ついてきてくれ」

隊長に促され、僕らは部屋を出る。そしてすぐに違和感に気づいた。


「同じです」

声に出したのはヒナギクだ。僕たちがログインしたのは極めて大きな建物の中だ。。廊下は広々としており、その先々に別の部屋に通じる扉が並んでいる。


「なんだこりゃ?あの時文明は全部洪水に押し流されたんじゃないのかよ」

リンドウも疑問の声を上げる。


「窓の外を見てみろ」

隊長に促されて外を見る。ここはずいぶんと高い場所にあるようで都市が一望できる。見覚えのある街。


「同じ…街?」

厳密にいえばディティールは違うのだろう。だがその都市の姿は、僕たちの見てきた街、ユニバース6の頃にここにあった都市と瓜二つだ。


「まだ、驚いてもらうぞ」

隊長はそう言うと扉の一つに立ち止まりノックする。

「マザーよろしいですか?」


知っているこの教会を含む複合施設のの間取りは知る限り以前とと一緒だ。そしてこの扉の先にある部屋も知っている。中にいる人間もきっとあの人だ。


「ええ、少し騒がしいですけど入っておいでなさい」

既視感のある返事が返ってきて、扉は開かれた。


中からこちらを伺う目が複数あった。三人の子供たち、一人の男性、そして女性に抱かれた赤ん坊。赤ん坊を抱える女性は、初老のシスターで穏やかな表情をしている。似ていると最初は思った。だがそれは雰囲気の話で顔も年齢も僕たちの思い描いたその人とは異なっていた。


「ま、さすがにだな」

リンドウがぼそりとつぶやき、僕たちは息を吐く。


「ここは孤児院でもあるのよ」

と戸惑う僕らの反応を誤解したのか、初老の女性は赤子をあやしながら教えてくれる。


「マザー彼らは―」

「心得ていますよ。あなたの部下なのね隊長さん。ここに滞在する間は施設を自由に使ってもらって構わないわ。部屋も用意いたしましょう。皆さんお名前は?」


「葵パキラです」「ヒナギク・オリーブです」「俺は英雄、エゼルウルフ・リンドウだ」

三人は口々に初対面の女性に名前を告げる。


「よろしくね。私はアイラ・カタバミです。皆さんのことを歓迎いたしましょう」


「ご助力。ありがとうございます。マザー」

隊長が代表して礼を言う。

「当然のことをしたまでです。神の御遣わしたあなたがたをサポートすることこそ私の喜び」


「同じだ…」

ヒナギク声が漏れる。僕も同じ衝撃を受けていた。同じ言葉に、同じ返答、まるでデジャヴに出くわしたかのような戸惑いが走る。違うのは彼女の顔と名前だけだ。


「マザー…、あんたは偉いのか?」

リンドウは冷静にそして試すように尋ねる。前回彼が口にした言葉と全く同じセリフで。


「偉いという表現をなさるなら、私は何ら権力を持たない一回のシスターに過ぎません」

失礼な言葉にも笑顔を崩すことをしないところまで一緒だ。


「確かに、明文化された地位や権力を持った方ではない。だがマザーはこの国で最も偉大な人物だ。この都市の元首だろうが、大司教だろうが、彼女には頭が上がらない。我々もその人脈に大いに助けられている。失礼のないように」

隊長はリンドウの意図をくみ取り、あえて前回と同じ言葉を選ぶ。


「いいえ、何もかしこまることはないわ。私が彼らと親しいのはひとえに、彼らがみなこの院の出身であるからというだけ。ここには学校でもあり、孤児院でもあるの。ここを卒業していった彼らが偉くなっただけ。私が偉いわけではありません」


もう疑うことはない。彼女は僕らが知るあのシスター、マザー・アイビーと同じだ。いや、違う、容姿も年齢も違う。だが、同じだと感じた。なぜ?こちらとあちらの時間の流れは違う。マザー・アイビーはとっくに寿命を迎えて死んでいるはずだ。


「えっと、そっ、そちらの方は?」

もう十分だと言うように、ヒナギクは前回との相違点、同席する男性の方に視線を送る。


「アランよ。アラン・マクラーレン。ここの卒業生で、今はマクラーレン元首。この都市で一番偉い人」

ここに来て初めて、会話がずれる。どうやら何もかも前回と一緒というわけではないようだ。


「初めまして、私こそが噂の頭の上がらない卒業生、アラン・マクラーレンだ。事情は聞いてるよ。私もなにか力になれることがあれば手伝おう。先生には返しきれないの恩と借りがある。孤児である私を育てて、一流の教育までしてくれた。今の私があるのは全て先生のおかげだ。君たちに協力することで少しでもそれを返せるなら協力は惜しまない」

冗談を交えて自己紹介される。都市の元首にふさわしくカチリとした印象を受けるが、見た目よりも堅物層ではないのかもしれない。


「マザー・カタバミは素敵な方なんですね。きっとだからマクラーレンさんみたいな立派な人が輩出されるんです」

ヒナギクの言葉は狙ったというよりも、うっかり同じセリフが出たのだろう。彼女は口にした後に気が付いてその口を慌てて抑える。


「そういってもらえるのは嬉しいわ。ぜひこの街をじっくり見ていってください。私の自慢の子供たちが作ったこの街は、平和で活気のある所よ。あなた達の探し物、見つかるといいわね」


まるでゲームの中の登場人物の言葉のように、マザーは聞き覚えのあるセリフを不気味に繰り返した。

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