第10話

最初の印象はまあ、悪くないだ。どうでもいい話を長々としゃべらせた後、こいつは本当に悪くない物件だと思った。このアカシアミモザというボンボンは将来ほぼ確実に、父親の議員としての地盤か、祖母の抱えているグループ会社、運が良ければその両方を受け継ぐ。加えて、友情の在り方だの、愛だ恋だの、考えるだけ無駄なことを考えて頭を詰まらせるお花畑加減がちょうどいい。この程度の男なら結婚すれば彼の持っているものはほぼ私の所有物になるのと同義だ。


向こうにしてみても私の積み上げた地位と財産、そして才覚が手に入るのだ悪い婚姻ではないだろう。私にこいつの家の地位と財産を任せてくれるなら一族をさらに繁栄させて見せようではないか。正直なところもう家柄でいけば少し上を狙いたい気持ちもあったが、成り上がり物の私にはこの辺が精いっぱいであろうこともわかっている。しかしこれで私も遂に名実ともに上流階級の仲間入りだ。MALUSでの更なる出世の道も開ける。また夢に一歩近づいた。この縁談話を持ってきてくれたあの方には感謝しかない。


「二名で予約していた雲蘭だ」

とは言え、まずはこの小僧を口説き落とさなければ話は進まない。今日という特別な日の為に予約していたレストランだが二人の夢の為だ、彼女も許してくれるだろう。


「ここって、確か…」


「外地で採れた本物の食材で作られた料理が食べられる場所だよ。来たことがあるのか?」


「はい。子供のころから何度か」

だろうなと思った。私が初めてここで食事をするまでに何年かかったかを思い出す。黒い感情が湧かないわけではない。だが、私はもうここで食事をする側の人間だ。こいつらと同じ席にいる。対等なとこまで己の力で成り上がった。引け目を感じる理由はない。


「誰かと来る予定だったんですか?」

二人分の食事の準備がされている席を見てミモザが尋ねてくる。


「予定はあったが永遠に来ない人さ。遠慮することはない。かけてくれ」

そういって自らも着席する。


「誰と来る予定だったんですか?」

私に興味がわいてきたのだろういい傾向だ。

「妹だよ」

素直に答える。


「妹さんは今?」

「なんだ、ぐいぐいとくるじゃないか。妹はもういない。地獄か天国か、そうじゃないどこかにいるだろうさ」


「えっと、すいません…」

「構わないよミモザくん。同情するなら私と結婚してくれ。私も君のように恵まれた人生を送りたい」


「それは…」

困った表情をさせるのは思いのほか楽しい。


「私は好みじゃないかな?自分で言うのもなんだが容姿は悪くない」

「正直、好みではないですかね。でも、かわいらしい方だなとは思っていますよ」

彼の視線が私のあちらこちらに走ってそれで何となく察しがついた。


「残念ながらそこだけは完璧な私の唯一の欠点だ。成長期に栄養状態が悪かったんだ。努力ではカバーできないことさ。見逃してくれ」

十代前半の少女にしか見えない自らの容姿を卑下する。アカシアミモザもようやくこのやり取りに慣れてきたのか少し笑顔を見せた。


「妹さんはどんな方だったんですか?」

「私と妹は双子だ。ともにコロニーの外で生まれたが、幸い私たちにはともに才能があった。それで祖父がコロニー移住の試験を受けさせてくれたんだよ。頭のできも、運動神経も、容姿も何もかも一緒だった。強いて言えば彼女の方が少し信心深く、優しい性格をしていたかな。受かったのは私だけだった」


そんなことを話していると、最初の料理が運ばれてきた。私は、話をつづけながらも手を付けるように促す。


「約束したんだ。どちらかだけが受かったら、MALUSに入隊して、出世して成り上がって、財産と地位を手に入れて、それでもう片方をこのコロニーに引き上げようって」


「それじゃあ、妹さんは…」

「間に合わなかった。必死に稼ぎ、成果を出し、出世し、ようやく彼女を呼び寄せられるようになったんだ。手紙を出して、帰ってきた。彼女はすぐに準備をしてこちらに来るといい。私は、向こうでは見るだけで味わうことのできなかった外地で生産された食事が食べられるこのレストランを予約した。そうやって待っていた当日。彼女は来なかった…」


「そんな」

「灰化現象だよ。向こうではいつだって誰にだった起こりうる。だが流石にこのタイミングには、運命という呪いのくさびを感じたよ。今日はその日。彼女の命日さ」


そんな話を聞いらからか彼は食事をしていた手を止める。タイミングよく次の料理が運ばれてきた。

「手を止めないでくれミモザくん。君が食べなければこの料理は誰にも食べられない。それじゃあ、もったいないだろう」


「食べます」

彼はかみしめるように口元に運ぶ。愚鈍だがそんなに悪い人間ではないのだろう。


「…俺の友達も、ずっと学院でのんびりとしていたのに、突然MALUSに入隊したんです。彼にも誰か、呼び寄せたい人がいるんでしょうか?」

例の友達のことを思い出したようだ。


「この世の中のシステムというのは良くできているよ。永住権のあるA級資格は表向きには試験だが実質的には金持ちにほとんど割り当てられる。貧乏人の大半は、入隊義務のある一時滞在資格でコロニーにやってくる。彼らは永住権を得るためには必死に頑張って隊で成果を上げるしかない。知っているだろ?」


「ええ、そして言い訳程度にわずかに残された一般人向けのA級試験をパスした人間も結局は入隊する。永住権を得られるのは本人だけ、家族を呼び寄せたいなら結局MALUSの中で出世して結果を出すしかないからです」


「彼が天涯孤独というわけでもないなら、のんびりしてもいられない事情があるんだろうさ。友達なら聞いてみればいいんじゃないか?」


「俺みたいな何の努力もせずにここにいる人間が聞けませんよそんなこと。あなたはすごいです。厳しいA級試験にパスして、MALUSでも出世を果たし地位も財産も築いた。どんな理想をもって突き進めばそんなことができるんですか?」


「勘違いしてはダメだよ。理想なんてないさ。理想なんて語る余裕はない。そんなものが原動力になるには生きるに困らない内地の人間だけだ。君は外の世界に貼ってあるポスターなんて見たことがないだろうな。私たちは結局必至なだけさ。生きて食うために全てをかけるしかないのだから」


「やっぱりすごいです。あなたも彼も。あなた達を見ていると思うんです。外の人間が何に変えても欲しいと思ってるものを持って生まれた俺は、醜い」

そう話す彼の言葉は一つも理解できなかった。


「よくわからないな」

「世の中のパイはどうして限られているのでしょうか。住むところも食べ物も、全然足りてない。皆で分け合えるほど十分であればいいのに」


「それは違うぞ。ミモザ。足りないということはいいことだよ」

私は熱を込めて否定する。


「私を育ててくれた祖父は私たちに常々こう教えてくれたよ。『世の中の人間は足りないことが悪いことだと思っている。だがね、人によっては足りないことはいいことだ。誰もが手にしているものを欲しがる人間がいるかね。富みを生み出している人間は世の中を満たそうとはしない。なぜなら、彼らは知っているから、足りないことが価値なのだと』」


「俺にはそうは思えません。足りている方がいいに決まってる」


「君はまだ青いなミモザくん。私も若いころはそう思っていた。だが足りないのは結局世の中の原則だ。私たちにはどうしようもない。ならば、その原則を利用した方がいい。足りないから価値が産まれ、価値が生まれるからそこ財産が産まれ、財産が偏るからこそ地位が産まれる」

ついつい熱弁してしてしまう。


「私は死に物狂いで得た。だから知っている。持っているもの価値をね。君は生まれながらにして手にしているから気づいていないのさ。持っていることは罪などではない。むしろ素晴らしい祝福なんだよミモザ」


それが私があの方に教えてもらった世の中の姿だ。彼はまだ若い。だがいずれわかってくれるだろう。


「君もこの食事を美味しいと感じるだろう。それは私たちだけが食べることができるからだ。特権の味だよ」

料理は次々と運ばれていていた。


君にもいずれわかるさミモザ。なぜなら君も私も同じ持てるものだからだ。戸惑う青年に私は、愛おし気に視線を送った。私は努力して手に入れたものがこの上なく愛おしい。だから富と地位のを与えてくれる君を私は愛すことができるだろう。ああ本当に、私は君が心から欲しいよアカシアミモザ。


そんな思いをひた隠しながら、私は極上の肉を最高のワインで流し込むのだ。

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