第8話
僕たちが次にその幸せな世界にログインしたときそこに広がっていたのは、以前とは180度違う荒廃した都市の姿だった。
「なんだよ。これ」
「これ、おんなじ街ですよね」
リンドウとヒナギクが発した言葉が全てを物語っている。
「君たちがログアウトしてから約200年の時が経ったからね」
ログインしてくれた僕らを迎えてくれたのは副長のアッカ―だった。
「でもこれは流石に変わりすぎじゃ」
「二百年ってのはそれほどに長い時間だということかな。君たちはこの瞬間を迎えるのは初めてだったね。まあ僕らがそうシフトを組んだんだけど」
「この瞬間?」
アッカー副長の顔はいつもと違って柔和な笑みがない。
「時期にわかる。今回君たちを呼んだのはほかでもない。今日この日に立ち会ってもらうためさ。街を見てきてもらいたい。ただし、雲蘭隊長からくだされた指令が一つある」
「何だよその指令ってやつは」
リンドウが尋ねる。
「3時間」
彼はをたてて数を示す。
「君たちが滞在できるのは、こちらの時間で今から三時間だ」
「たった…、それだけですか?」
ヒナギクだけではない誰もが戸惑った。
「そうたった三時間だ」
それから副長は念を押す。
「この時間は厳守してもらう。どんな事情があってもだ。それは例え果実に関する何らかの重大な情報が手に入りそうな場合でもだ」
「なぜですか?」
「それがあの人の引いた安全にこちらで過ごせる最終ラインだからだ。だが、信頼してくれていい。あの方は判断を間違えたりしない。隊長が三時間で戻れと言ったら必ず戻ってくれ。彼女がそう判断したのなら、それ以上の正解はない」
そう言い切る副長の声からは雲蘭隊長に対する絶対の信頼を感じる。
「そんな風に言い切っていいのかね。どんな優秀な人間だって間違うことくらいあるだろうに」
呟いたのはもちろんリンドウだ。副長はその言葉に優しく微笑む。
「隊長だけは例外さ。君たちはまだ雲蘭隊長の本当のすごさを知らない。彼女の下す命令こそ、この世界における最も安全で効果的な行動だよ」
「まあ、副長さんがそこまで言うなら、その命令を信頼して、三時間見れるもんだけ見てきますかね」
「そうですね。急がないと時間がなくなっちゃいます」
「わかった。行こう」
僕のその言葉を最後に、僕たちは与えられた時間を有意義に使うべく足早に部屋を後にした。
***
アッカー副長の元に戻ってきたのは命令通り、三時間を少し前にしたころだった。
「いったい何がどうなってるんです?」
部屋に戻ってきた僕は開口一番にそうこぼす。たった三時間、だが見たものはかつてあれほど栄えていたとは思えないほど、荒み切った都市の様子だ。都市の住人は二極化していた。豊かできれいな富裕層と、荒廃したスラムに住む暴徒たち。前者は希望なく日々を呆然と生き、後者は秩序なく略奪と暴力に明け暮れる。
「災害とか?戦争?飢餓がってことも」
僕は事情を知っていそうな副長の方を向いた。
「はずれだ。この二百年大きな災害や、戦争、飢餓は観測上一度も起こってないよ」
「簡単だ。つまり結局これさ、どんな理想も搾取の上に成り立ってる。支配するものがされる人間から奪いすぎた結果だろ。権力は人を腐敗させる」
リンドウが自分のことのように毒づく。
「いや、少なくとも為政者や、都市の有力者たちの間に大きな不正なんてなかった。彼らはいつもルールの中でできる限りの努力をしていたよ」
部屋に入ってきたのは雲蘭隊長だ。生真面目そうな顔のもう一人の副長、レノフ副長を伴っていた。
「いったい何があったんでしょうか?」
着いたばかりの隊長にヒナギクがさっそく質問する。
「何もなかった。少なくとも我々は何も気づかなかった。ただ延々と繰り返す日々が300年続いただけ。世界は少しずつ腐敗していった、本当に少しずつ、少しずつ。気が付いた時には手遅れになってしまうようなスピードで」
「気がつかなかっただけだ。
「それは無い。時代を通して努力をして豊かになった者たちは、そうでない者たちへの救済を怠らなかった。我々が本部を置くこの教会にも多額の寄付があり、マザーを中心に食料や寝床を常に貧困層へ供給していた。それは都市の為政者たちも同じだ。望むものは皆、寒さに震え飢えに苦しむことはないほど、都市のセーフティーネットは優れている」
「なら、どうして?」
尋ねずにはいられない。
「利用する人間がいない」
答えたのはレノフ副長だ。
「正しくはだんだんといなくなった。理由はわからん。時代が進むごとに貧困層はしだいにセーフティネットへの参加を拒み、暴力的な集団を形成するようになった。彼らは互いに攻撃しあい時に、教会や裕福な者たちを襲うこともあった。一方で富裕層はそんな彼らに愛想をつかし、自らのコミュニティーに引きこもる。結果として両者は分断され今やそれぞれを異なる混沌が支配している」
「でもだとして、よく考えたら私たちの目的にはぶっちゃけ関係なくないですか」
元も子もない少女の言葉だが一理ある。果実を探している僕たちにこの都市の衰退はどうでもいいと言えなくもない。
「そうでもないのさ。調査はここから先に進めない」
今度は隊長が答える。
「なんでですか?」
「この後、世界は滅びるからだよ」
「滅びる?」
その意味が呑み込めない。
「文字通りさ。300年王国と我々は呼んでる。300年経つと必ず滅びるからだ。そしてリセットされて一から歴史を作り直す。繁栄と衰退。都市は全く同じ歴史を、延々と繰り返えしている」
「この永遠の連鎖には根が絡んでいると僕らは見ている。君たちは何か気が付いたことは?」
アッカ―副長が付け足した。
「……」
声を上げるものは誰もいなかった。
「……」
「…それで?俺たちはこの後どうするんだ?」
ため息一つと共にリンドウが先を促す。確かにアッカ―副長が出発前に話した雰囲気にはこの先がある。
「我々はログインとログアウトを調整して、意味のありそうな時間に隊員たちを送り込んでいる。一度ですべての謎が解けるとは思っていないよ。君たちにはまたログアウトしてもらう」
「隊長たちは?もう、すぐにでも世界は滅びるんでしょ?」
「僕とレノフは他の隊員たちをすべて帰した後にログアウトするよ」
「その後、私がギリギリまで都市の情報を収集し最後にこの都市を去る。君たちには私の見る最後の記録を共有できるように手配しておく。向こうの時間の流れだと、ログアウトとすぐ同時に見ることとなるだろう」
そこで彼女はいったん言葉を切る。
「さあこれからともに見ようじゃないか。世界の終わりを」
整った分少しだけ、彼女の顔は楽しそうに微笑した。
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