第7話
僕たちの最初の滞在は一週間程度で終わることとなった。今回の滞在では目指しい成果はなく、司令部から帰還の命令が下されたのだ。
「収穫は全然なかったですね」
三人は、街の中をセーブポイントでもある司令部に戻るために歩いていた。
「そんなに焦らなくても、今回は視察が主な目的だって雲蘭隊長も言ってただろ」
ヒナギクを慰める。
「それにしても、この街はヤバいな」
リンドウはそんな感想を述べた。
「ですです。こんなに大きくて発展している街。向こうにもなかなかないですよ」
「同意だ。技術的にはまだ、近世って感じだけど」
「おっと、姉ちゃんごめんよ」
向かいから走ってきた男の子が軽くヒナギクにぶつかってそんな言葉をかける。ヒナギクが笑って許すと、彼は仲間たちに紛れてまた駆けていく。
「でもなんか、幸せな街ですね。理想郷って感じ」
子供たちが笑いながらかけていく姿がそんな言葉を引き出すのだろう。
「ああ、厄災の後に生まれた俺たちが知らない。満たされた世界ってこんな感じだったんじゃないかって思うよ」
彼何気ない言葉は、外からやってきた僕たちそれぞれに心からしみる。普段はガサツなこの男からこんな言葉を引き出してしまえるぐらいこの街は平和だ。
「最後に何か食べていきましょうよ。いつもあそこで出店してるパン屋さんのパニーニが大好きなんです。もう次にログインするころには確実になくなってますし、ラストイートです」
平和ボケした少女は一人、ふらふらと目的のものにひかれていく。
「こんにちは女将さん」
「あら、お嬢さんいつもありがとう。今日もたくさん買ってくれるのかい?」
もはや顔なじみとなってしまっている後輩は、店主と世間話を始める。
「あいつはいつも食べてばっかりだな」
「食べるてる姿がいつも幸せそうで、止めるのも忍びないしね…」
ため息とともに足を止め、僕ら遠巻きに彼女を待つことにする。
足を止めた広場には噴水やベンチがあり、夕刻にもかかわらずまだ人影が結構残っていた。立ち話をする人、犬を散歩させている人、ベンチに座るカップル現実とさほどかわりはない。
「皆さん、話を聞いてください!」
そんな風に叫ぶ女性の姿が目に入った。
「あの人いつもいるよな」
何んとなしに話を振った。
「ああ、なんか毎日のようにあの場所で演説してる気がするな」
「皆さん、気づいてください。今この街は幸せに見えるかもしれません。しかし、破滅は確実に近づいているのです。教会を信じてはいけません。彼らが信仰しているのは今や悪しき神なのです。教会と今の元首が作り上げたこの幸せは偽りの平穏なのです!」
彼女の訴えかるように演説する。しかし誰一人足を止める者はいない。あの様子では彼女話は誰の耳にも届いてやしないだろう。
「どんな世界にもいるんだなああいう電波びんびんなの。ああやって不安をあおって信者作って金に換えるんだ。俺の国にも一ダースはいたぜ、まっあっちの世界は実際滅びかけてるから結構人気があるんだけどな」
「確かに、僕の所にもいたな。でも、この街の人は誰も聞いてない」
「そりゃそうだろ。あの姉ちゃんが非難する教会と元首様を中心とした統治のもとでこの繁栄があることは市民が一番わかってるだろうからな。それを非難したって誰も信じはしないさ」
「幸せには人は疑問を抱かないのかな?」
「不幸だとその理由を、いくらでも考えるんだけどな」
「考えつくのか?」
リンドウという男には似合わない言葉だ。
「そしていくらでも思い当たるんだ。所詮そうやってひねり出した理由なんて全部こじつけだけどな」
「せんぱ~い、大変です。事件です」
そんな会話を横切って、ヒナギクの慌てた声が聞こえてくる。
「なんだ⁉」「どうした?」
僕たちは驚いて彼女の方を振り返る。
「お財布が、お財布がありません。パンが買えません~」
先ほどの女性並みに悲痛な顔で叫んでいた。
「落としたのか?」
「でも、さっきまであったんですよ。確かにここに入れてたんですから」
そういって持っていたカバンをひっくり返してみせる。中からはばらばらと色々と物が落ちてくるが、肝心の財布はなさそうだ。
「誠に残念だがあきらめろ。もう探してる時間はない。パンなら先輩におごってもらえ」
「はっ?僕?」
リンドウはニヤニヤと笑っている。
「せんぱ~い~」
僕は後輩の涙ながらにせがむ声を拒むことはできなかった。夕日が暮れて、僕らの最後の滞在日が終わりを迎えようとしていた。
***
「お願いです。聞いてください!」
夕日がくれゆく広場で、いつものように私は訴えかけ続ける。わずかでも足を止めるものは今日も一人もいなかった。
「教会は今や悪魔に乗っ取られています。マザー・アイビーを信じてはいけません。彼女は悪魔です。彼女が作り上げたこの平穏がいずれ、破滅をもたらすのです!」
平和な世界ではだれも私を認識しない。今はまだ誰も信じてくれなくとも…と自らにできる精一杯をすると決めている。
「大災害がやってくる!すべてが水に飲まれてしまう!」
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