第4話

ログインするとすぐに懐中時計を開く。相変わらず針はグルグルと回っていて、意味をなさない。この時計の持つ三つの機能のうち、一つはあの日を境に全く機能していない。だからこそあれ以降、MALUSの調査は雲蘭隊長のような経験豊富な人物を中心にチームを組んでの作戦へと移行を余儀なくされている。依然として単独での行動を軸にした緩やかな協調を主張する派閥こそ存在するものの、成果において明確な差が付き始めていた。


ログイン地点の安全はすでに、確保されていると聞いている。任務はシフト制となっていて、隊長の雲蘭を含む複数の隊員が、現地ではすでに待ち構えていた。


隊員の一人と思しき長身の男が、僕のログインに気が付く。すると彼の顔は突然旧知の友を見つけたかのような笑顔に変わり、彼は手を振った。


「よっ、相棒」

その言葉はこちらに向けられているようでもあるが僕には今一つ身に覚えがない。僕に続いて誰かがログインしてきているのかと後ろを振り返ったが、そこに他の人影は特になかった。やはり僕に向けられたものだろうかと思いながらも、視線を元に戻す。


「?」

「なんだ、やっぱり覚えてないか。半年ぶりだな。パキラ」

その言葉で僕に向って話かけたことが確定する。


「誰ですか?」

「リンドウ。エゼルウルフ・リンドウだ。我が祖国、救国の英雄にして、お前の相棒さ」

既視感のあるセリフに、僕は少し嫌悪感を感じる。なぜだろうか?


「半年前っていうと、僕が一度ロストした頃ですかね?」

「その通り。かしこまった言葉遣いはやめてくれよ。確かにお前は覚えてないかもしれないが俺たちは相棒だったんだ」

その物言いにまたもや思い出がフラッシュバックする。


「似たようなことを言ってきた友人を思い出したんだけど」

遠慮なく敬語はやめる。


「ディオネアのことだろ。あいつのことも覚えてるよ」

「じゃあ、ディオネアと再会した後に僕たちは会ってるだな」


「そういうこと、俺たちは共に背中を預け合い協力してに立ち向かった。相手は極悪で強大な力を持つ化け物のような大男とその部下300。一方立ち向かう俺たちはたった三人、敵の策謀により援軍はこない。しかし、それでも俺たちは友情パワーを結集しバッタバッタと敵をなぎ倒す。敵の大将は目前…、しかし悲劇は起こった。視覚外から放たれた強烈な一撃にディオネアがやられ、そのままの勢いで俺にもその凶刃が迫る。そこを救ってくれたのがお前、パキラだ。お前は自らの身体を盾に、根の眼前に立ちふさがると俺の身代わりとなりその攻撃を受け止めた。倒れゆく仲間たち、最強の敵と俺は一対一死を覚悟したよ。その時、深手を負い死を待つだけの戦友たちから檄が飛ぶ。『たのむ。そいつを倒してくれ俺たちの英雄』仲間たちの声が、俺心に火をつけた。両手に長剣をぐっと握ると、それを敵に向かって思いっきり振り下ろす。『必殺、ジャスティス・スラッシュ』だ。俺様の一撃に敵は真っ二つ。大きな犠牲を払いながらも俺は勝利を手にしたのだよ」


「偉く、壮大な冒険をしたんだな」

芝居がかって話す男の言葉を、パキラは疑いの目で見る。


「おいおい、ホントだって。俺はお前たちと事前に交わした約束通り、全てをきちんと報告して、手柄を山分けしたんだ。だから、それが評価されて俺もお前もこのエリートチームに呼ばれてるんだろ」

確かに自分がこの選抜チームになぜ呼ばれたかは疑問に思っていたことだ。話の三分の一ぐらいは信じていいのかもしれない。


「ディオネアはどうしてるのかな?」

「なんだ。お前も知らないのか。まあ、心配することはないんじゃないか。あいつはあいつで、前回の評価を糧に、別のチームに組み込まれてるんだろ」

ひょうひょうとした態度で語る。記憶を保持してログアウトできた彼には確信があるようだ。


「まあ、改めてよろしく頼むよ」

「じゃあ、よろし―」


「あっ、もしかして先輩ですか?」

今度は背後から声がかかる。誰かがログインしてきたようだ。振り返るとそこには、16、7ぐらいの少女が立っている。


「誰だ?そのかわいこちゃん」

「あっ、私、ヒナギク・オリーブといいます」

リンドウの言葉に反応するように、ヒナギクは頭をさげる。


「ヒナギクか!なんていうかあれだな。そのアバター、ヒナギクって感じだ」

僕は彼女の容姿を見て率直な感想を述べる。当然顔が似ているわけじゃないが、雰囲気が何となくばっちりと現実のヒナギクを思わせた。


「先輩はなんていうかあれですね。現実のイメージとは違いますね」

合わせるようにヒナギクも感想を返してくる。


「現実のパキラってどんな感じ?」

「なんていうんですかね。なんかもっと、陰気で青白い感じ?」

「なるほど、なっとくだ。俺もきっと現実のパキラはもっとなよっとした男だろうと思ってた」


「どんな素体になるかは選べないんだから仕方ないだろ」

なかなかひどい会話に顔をしかめる。


「まあまあ、そう怒るなって。ところでさ、オリーブちゃんもこのチームに呼ばれてるんだよね?」

いきなりなれなれしく下の名前で呼ぶ。


「はい。そうです」

「じゃあ、君もエリート隊員だ」

「えっと、違うと思います。私は、まだ研修を終えたばかりですし」

彼女は戸惑ったようだ。


「担当の技官の方には、第二の研修だと思って行って来いって言われました。雲蘭隊長の元でなら、下手に通常任務に駆り出されよりはるかに生存率が高いので、新人も何人か配属されるそうです」

「そういうパターンもあるのね」


「というか、一介のMALUS職員にまでそんな風に評されるなんて改めてすごい人だな」

僕はその話を聞いて改めて感心する。


「だよなぁ。地位と名声、権力と金、ゼロから全部を手に入れた女帝って感じだ。いいね。理想の成功者。俺はあんな風になりたい」

力強く言うリンドウの視線につられるように見た先には、凛とした女性隊長の姿がある。


「そろそろ、交代の時間だ。次の隊集まってくれ」

そんな視線を感じてかどうか。雲蘭リナリア隊長はその良く通る声で僕たちの方に声をかける。声をかけられた三人は、その威厳に急かされるように背筋をピンと伸ばし足早に彼女のもとに駆け寄るのだった。

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