第3話
スクリーンに映されているのは巨大な津波の映像だ。見たこともないほど大きな、大きな津波。空を覆うほど高く、地平線を見失うほどに広大な水の壁が迫ってくる。人々はその光景にもはや逃げることを諦め、ただ呆然と立ち尽くす。端から順に順序良くすべてが飲まれていく、人が、建物が、街が、世界の全てが飲み込まれてそして大地は汚い青になった。
「映像は以上だ」
壇上に上がる背の高い凛とした女性は良く通る声で全体に話しかける。簡素な部屋には机と椅子が整然と並んでいて、そこに腰掛ける隊員は40名ほど。僕もまたその後列付近に座って映像を眺めていた。
ここはブリーフィング用に用意された仮想空間の会議室で、仮想の空間に合わせて仮想の身体の僕は褐色の肌で、無駄なくついた筋肉と本来より低めの身長、現実の姿とは異なっている。ここにいる全員がリアルとは異なる姿、アバターだ。同じコロニーの知り合いがいたとしてもわかりはしなかった。
「諸君らにもすでに通知してあるように、この現象はこれ以降一定の周期で繰り返しており、現地の文明を滅ぼし続けている。MALUSはこの現象を、根による攻撃と考え、その解明と解決が急務と考えている」
そこで言葉を区切り部屋にいる隊員を見渡す。
「ここに集められた隊員たちは少数精鋭、各地の調査任務にて実績を残したエリートぞろいだ。隊長はこの私、雲蘭リナリアが務める。では、作戦の詳細を、副長」
「はっ」
雲蘭隊長の一歩後ろに控えていた男が、一歩前へでて場所を代わり、作戦全体の説明を始める。
僕はその内容を頭に叩き込みながらも、なんでこんな特別部隊に自分が選ばれたのだろうかとどうでもいいことを考えるのだった。
***
MALUS施設のエレベータはロビーと、自身に割り当てられた部屋以外に僕を運ぶことはない。ブリーフィングを終えた僕が乗ったエレベータの扉が開いたのは、当然ロビーについた時だった。
僕がエレベータを下りたると同時に、偶然隣のエレベータから降りてた人物と目が合う。
「あっ、先輩」
明るく元気そうな彼女は半年ほど前に越してきた僕の隣人だった。名前をヒナギク・オリーブという。
「このタイミングってもしかして…」
「たぶんそうだな」
僕もまた同じことを思う。
「一緒のチームになりましたね」
「お互いの情報が守られるように、こういう仕組みなんだろうにな」
こういう仕組みとはエレベータの仕様のことだ。
「これは不可抗力ですよ」
「まあ、察しがついちゃったものは仕方ないか」
「ですです。でも、先輩も隊員だとは聞いてましたけど、ここで会うのは初めてですね」
エレベータの前にとどまり続けるわけにもいかないので歩き出す。その後を追うようにまた彼女も同じ方向に歩みだした。長話をするつもりはなかったが、彼女の方はそうでもないようだ。
「この街にはもう慣れたか?」
仕方なく歩きながらも話を振った。
「ええ、もう完璧ですよ。ここには何でもあって、私毎日ドキドキしちゃいます」
「完璧なのか」
「完璧です」
彼女は興奮気味に言う。
「先輩も外から来たんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、いろいろ大変だったでしょ?」
「君と同じぐらいにはな」
「ですよね。外はどこも平等に最悪ですから」
内容のわりに明るいトーンであっけらかんとしゃべる姿は、どこかの誰かに似ている気がする。
「この街に来て一番よかったことはなんだ?」
「そりゃあ、もちろん食事ですよ」
恍惚とした表情で言い切る姿はかわいらしい。こちらもつられてクスリと笑った。
「確かに。向こうの食事は食事というより栄養補給用の餌だな。農地は減ってる上に上等な食材を作ったところで、コロニーにほとんど持ってかれるし」
「はい。はやく、隊員として成果を上げて永住権を得て家族にもここの食事を食べさせてあげたいです」
そんな話をしたせいか、ホールの壁に貼られている隊員募集のポスターがふと目に入る。外から来た人間である彼女もまた、同じことが気になったようでそこで足を止めた。
「『英雄求む、ともに世界を救おう』か」
キャッチフレーズを読み上げるとヒナギクが反応する。
「私、なんかこっちのポスターって好きじゃないです。こんな偽善的な言葉で人が集まるんですかね」
奇抜なイメージキャラクターの口を借りて、自己を犠牲にして人類の為に立ち上がることの尊さと、道徳的素晴らしさをこれでもかと説明しているポスターを眺めながら、僕も同じ感想をもった。それでも内地で育った人間には刺さるのだろう。
「向こうのが、単純でいいよな『成功せよ。ここで上手い食事と、安寧の寝床を私は得た』みたいな文言だった」
「ですです。向こうではそのポスター街のいたるところで見ました」
「あの人だったな」
ポスターが目に入った理由をポツリとつぶやく。
「ですよね!やっぱ先輩も思いましたよね。さっきのブリーフィングの時に思ったんですけどやっぱりそうですよね」
やはり考えていたことは同じようで、力いっぱいの同意された。
「だよな、やっぱあの隊長、ポスターの人だ」
「しょっちゅう見た顔だったんで、私一発でわかりましたよ。私たちと同じ外の出身で入隊して出世して今では隊長か、憧れますね」
「地位も名誉も得て、金もしこたま持ってるんだろうなぁ」
これ以上にないくらい俗っぽい感想が出る。
「外界最大の、成功者。夢のシンデレラストーリー。そりゃあ、MALUSの広告塔としてあっちこっちでプロモーションに使われますよね」
「うらやましい」「ですね」
庶民感たっぷりな感想が再び飛び出る。
「ところでどうでもいいことなんだけどさ」
と僕は前々から思っていたことをヒナギクに問う。
「この、MALUSのイメージキャラクターってきもくない?」
ポスターに描かれたキャラを指さす。
「えっ?可愛いじゃないですか。私好きですよ。ファイカス君」
「…マジ?」
「マジです!」
というか名前があったのかという衝撃げき。この問いにはいつもどうも同意が得られない。なぜだ?僕の感性が間違っているのだろうか?どう見ても不気味に見えるんだけど?などなど思う気持ちは胸にしまうことにする。
「そっか、これ可愛いのか…」
いつかこの感覚を共有できる誰かが現れることを切に願うのこの日だった。
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