第2話

「よっ、パキラ」

学食で食事をする僕の前の席に、断りもなく腰を下ろしたのは親友のアカシア・ミモザだった。


「なんか、久しぶりだな」

「お前最近学校来てないだろ、忙しいの?」

「来てるよ。MALUSの活動で時間がずれる分、お前とは授業が重ならなくなっただけだ」

一月ぶりの会話はそんなやり取りでスタートする。


「そういえばさ、お前この前可愛い子と話してるとこ街で見ちゃったんだけど、誰?」

ミモザの話す相手が誰なのか即座には浮かばない。


「もしかしてあれか。先週の夜」

少し考えてからひねり出す。


「そうそう、それだ。パキラもしかして俺たちモテない同盟から脱退する気か?」

ミモザは体を乗り出すようにして尋ねてくる。

「そんな不毛な同盟に調印した覚えはないが、不幸にも同盟は継続中だ。あれはお隣さん。あんときは偶然会っただけ」

彼女は半年ほど前に、引っ越してきた隣人だ。せいぜい、顔を見れば挨拶する程度の仲だった。


「なんだ、つまらんな」

露骨に不満そうな顔をする。

「そっちはないの?なんか浮いた話。こっちはお前からこの不名誉な同盟関係を破棄してくれても構わないんだぜ」


「これがさ、全くないんだな。同志」

心から残念そうにため息をつく。

「なんかさ、もっといい出会いあっても良くない。ここはスクールだぜ。若者たちが恋する場所。人類が滅ぼかけている今、人口増加に協力するのが若者の義務だとは思わないか?」

わけのわからないことを喚く。


「なら、適当にそこら辺の子に声かけてみれば?」

学食を見渡す。当然女子生徒もそこにはたくさんいた。


「そういうのじゃないのよ。なんかもっとこう、運命的なやつが欲しいのよ。お手頃感がある恋を探しに行く系じゃないのよ」

彼の発言はもはや混迷を極めている。


「お前…、案外ロマンチストなのな…、なのか?」

わけのわからない会話にこちらのIQまで下がってくる。


「恋がしたい、したいんだ~」

完全に男は勢いだけで叫んぶと、顔を突っ伏した。周りから少し白い目が飛んできて恥ずかしい。


「ところで、どうでもいいんだけどよ」

それからにょきっと顔を上げる。

「最近また、不穏な感じになってきたな」

打って変わって声のトーンが変わる。


「今更半年前のこと言ってんの?」

半年前、一時期小康状態で止まっていたかのように見えた灰化の被害者が再び増加に転じた。かつての大厄災ほどではないにせよ。短い期間のうちに多くの人が亡くなっている。


「それも含めてだよ。灰化現象は一時期すぎたらまたいつもの水準まで戻ったみたいだけどよ。あれのおかげで、移民申請が増えてあちこち大変らしい。コロニーの建設は全然進まないし、外では入れない連中があちこちで暴徒化してるって話だし」


「最近のニュースはどこもそんな感じだな。外界はまさに世紀末って感じ」

「だよな。このコロニーも一部施設を解体して、居住地を増設して、新しい住人をいれるって話だけど、計画じゃたった500人程度だろ?全然間に合ってないよな…」


そこで少し会話が停まった。ミモザはそれから少しだけ考え込んで言葉を選ぶようなしぐさをしてからまた真っすぐと僕に目を合わせてくる。

「お前、大丈夫なの?」

何気なさと、真剣さを絶妙に織り交ぜたトーンは彼の気遣いだろうか。


「なにが?」

とぼけて見せる。

「最近、MALUSの隊員があっちの世界で大量にロストさせられる事件があったって聞いたぜ」


「噂だろ?」

表情に気を付けて否定する。表には出ていないはずの情報をしゃべることはできない。例えそのことがすでに街中で噂になっていると知っていても。


「話せないってことね」

ミモザは僕の目をじっと見て隠したはずのその表情から言葉を読み取る。


「ごめん」

「いや、わかってるよ。言えないってことぐらい」

「そっか」


「なあ、隊員なんて辞めちゃえば?」

親友はあくまで何気ないトーンで突然驚くようなことを口にする。

「何だよ突然」


「パキラはさ、向こうで生まれてさ。厳しい試験をやっとのおもいでパスして永住権をえたんだろ?だったらさ、もうそこで終わりいいと思わねえ?お前じゃなくてもいいじゃん。後のことは誰かに任せて平穏平和に過ごせばいいのにってのは俺が言うと無責任かな?」

なんと返すべきなのだろう。僕はよく考えてから言葉にする。


「初めてこのコロニーに来たときはそうするつもりだったな。でも状況に流されて気づけばこうなってる。結局、外からやってきた僕たちにはないのかもしれない、この現状を無視する特権が」


「特権ね。そう言われちゃうと、特権を持って生まれて何不自由なく平穏に生きてきた俺は何も言えねえな」

少し寂しげな表情をする。


「別に、嫌みじゃないぞ」

「わかってるよ。たださ―」

「知ってる。要は僕を心配してくれてるんだろ」

先回りして口にする。ミモザはそれに苦笑で返す。


「そうなんだけどさ。いや、ちょっと違うかな。俺にはさ、結局心配することまでしかできないんだなって自問」

物憂げな表情で口にしたその違いが僕にはよくわからなかった。ただ、彼の気持ちは嬉しい。


「要はさ、無事に帰って来いってことだろ?」

明るい表情で締めくくる。

「まあ、それは願ってる」


彼のちょっとだけ歯切れ悪くい言葉と共に笑ったが、僕はその言葉を素直に受け取って立ち上がる。

「そろそろいくよ。ミモザもか?」


「ああ俺も午後から授業があるな」

見渡せば周りからもボチボチと立ち上がる生徒の姿が見える。そこには張り詰めた世界情勢はみじんもなく、学院の日常は今日も平穏だった。

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