第21話・最終話


「あ~いけないんだ。本を読むのは異端だよ」


声につられたわけでもないが思わずパタンと本を閉じた。眼下から、まだ幼い子供の姿をした仲間の一人が覗き込む。


「そうだね。異端だ」

微笑みを返すと、今度は短髪のまだ19歳の活発な少女の姿をとどめたままの彼女が近づいてくるのが見えた。


「それ、なに?」

彼女は手元の本を指さす。


「昔話さ。太古のね。永遠とも思える長い月日はときに消してしまう。記憶の檻は有限で、彼の守った矜持も、彼を犠牲にしてまで保った王国の記憶も、全部全部、いつしかなかったことになる。それでさ、こっちの本に書いてみたんだよ。俺たちのこと、消えないように」

微笑みからは寂しさが滲んでしまう。


「ちなみにちゃんとみんなの分もあるよ」

部屋にはテーブルがあり、十の席がある。老女が一人、そして柔らかい雰囲気の男が一人それぞれ自分の席に座っていた。習うように、先ほどの少年が椅子を引きよじ登る。


「何言ってんだ。そうならないために、私たちがいるんだろ」

少女はそう言って自らの席の方に向かった。空席は四つ、一つは僕の席で、もう一つは彼の席だった。残りの二つはもうすでに空席で、亡き主をしのぶようにそれぞれ一冊の本がおかれている。


「ここも随分寂しくなったね」

言葉と共に持っていた本を、彼が座っていた新しい空白にそっと置く。

「さよなら、そしてありがとう友よ」


この場に集う四人の仲間は思い思いに彼のことを追悼する。そのための沈黙が少しの間だけ、静寂をもたらした。


「さあ、僕たちも行こうか。このどうしようもない世界を救わないと」

声を受けて、四人は各々に立ち上がる。一人、また一人と部屋を後にする彼らを人々はと呼ぶ。誰もいなくなった部屋には、十の空席と三冊の本が残された。


***


沿道にはいよいよ桜が咲いていた。


今日は午前中しか授業はなかったのだが、なんだかんだで終わってからミモザたちと街に遊びに出かけることとなり、今や外はすっかり日暮れを再現する光度へと移行し始めている。夕闇の中に沈むように、ハラハラとまう花弁は、かつて枝の先で咲いていたことを誇るように雄弁に美しく散る。


見慣れたアパートの階段を登るとその先には二つの扉。一つは僕の部屋。そして長らく主がいなかったもう一つの前に今人影がある。僕の存在に気づくと影は軽く会釈をよこす。反射的に戸惑いながらも会釈を返した。


階段を登り切れば逆光だった光は適切に人物を照らし、僕は彼女をまじまじと観察する。歳は同じぐらいだろうか?短めの髪と、活発そうな表情はどこか消えてしまった彼女を思い起こす。少女は緊張した面持ちで、手汗を拭うと、僕に向って微笑んだ。


「あ、あの、はじめまして、最近引っ越してきたんです!」

このコロニーにも新しい住人がやってくる時期なのだ。僕はその言葉を心の奥で深く受けとめてから、よろしくと返す。


春が新しい一年を連れてこようと、世は未だ混沌の中にある。入植の希望者が順番待ちをしているコロニーには遊ばせておけるスペースなど一つもないない。誰かがいなくなった空白は誰かが埋めるのだ。一つは僕の部屋の扉で、そしてもう一つの扉には新しい住人。彼女がいた場所はもう、目の前の少女が勝ち取った居場所だった。


時間は決して止まらない。

この世界が終末を迎えるその日まで。


<第一部、完>

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