第19話
澄んだ両の目が見下ろす。膝をつく僕は相対位置が気に食わない。まるで地べたで頭を垂れる臣民が玉座に座る王を見上げるような屈辱だ。
「ずいぶんと余裕だな?」
力の入らない足に力をこめ立ち上がろうと試みる。せめて敵意をこめて眼前の男を睨むことが最後の抵抗だった。地鳴りが再び、空間を揺らす。
「早まるなよ。焦る必要はない。僕は時期に死ぬ。君にもわかるだろう?どうやら寿命がきたようだ。君は僕の話に付き合ってただ少しの時を待てばいい。それで全部終わりさ」
握る短剣に力を籠め、絶望の中でどうにかそれを突き立てられないかと思考を巡らせる僕の考えを見透かすように穏やかで冷たい声がした。
「話をしようパキラ」
彼は諭すようにもう一度口にする。
「何を話す必要がある?」
怒りを込め片足で何とか立ち上がったが、その先の展望はまるで浮かばない。よりよい未来が一つも想像できなかった。
「質問することを許すそう。この僕が知る限り何でも答えてあげるよ。そして僕は君に比べれば膨大なことを知っている。損することはないだろう?」
それは僕を一瞬沈黙させる。正直知りたいことはたくさんあった。だが今まで切りあっていた相手と会話ができるように、自分の精神状態を持っていくこともまた困難だ。
「選択を間違えちゃだめだ。僕と十二分に言葉を交わせるこんなチャンスは二度と訪れない」
諭すような声。結局その言葉で僕は自分を律し構えを解く。
「これからの会話に何の意味があるんだ?お前の話によれば、お前はもう死ぬんだろう?」
「それが一つ目の質問ということでいいかな?」
彼は僕が彼の話に応じたことに満足そうに微笑む。
「そうだなぁ。簡単に言えば感傷かな。長い人生すぎて見送ってくれる人がいないんだ。僕はそういうのも大事だと思うんだよ。僕の愛した世界に見送ってほしい、君にその代表をしてもらおうということさ」
「何でも質問に答えてくれるんだな?」
「時間の許す限りね。これは僕を見送ってくれる臣民へのちょっとした特典だよ」
「ならばなぜ僕を殺さない。今この瞬間でなくとも、機会は無限にあった」
僕らは共に旅をして、寝食を共にしていた。各地の教会を襲撃したあの瞬間用済みになった僕らを、こんな奥地まで入り込ませる理由などない。
「さっき言った通り、感傷だよ。今日この日を見届ける人間が欲しかったのさ。だからここまで君らを生かし導いた。一人は逃げちゃったね。あとはそうだな果実を見せてあげたかったのさ、君たちが欲してやまないこの果実が実在しているという事実をね」
手に持つそれを愛おしそうに眺める。
「ところでそんなつまらない質問でいいのかい?」
視線は再びこちらに投げられた。
「お前は何者なんだ?」
不満げな顔を無視をして質問を重ねる。
「またつまらない質問。僕はね王さ。君たちの長い歴史の中にはや十分にその記録も記憶も残っていないほど、太古にあった王国の。君たちからすれば、女神に背く背信者、根ということになるのかな?この国の人間にしてみれば、文明の発展を妨げる邪神でいいんじゃないかな」
「お前の目的は?」
「僕の目的はいつも明確さ。最大多数の幸福。つまり、理不尽な二択に正解し続けることさ。人類のためにね」
どこまで本気で答えているのだろうか。
「揶揄ってるのか?」
そんな言葉が漏れ出る。
「くだらない質問をするからさ」
と彼は再三にわたって同じ感想を述べる。
「もっと本当は聞きたいことがあるだろう?」
彼はずっと最初から、その質問を待っている。思えばこの場所に訪れたその瞬間から常に僕の関心をそこに誘導し続けていた。それに悔しいが結局、僕自身がそのことについて知りたいと強く思っているのだ。
「じゃあ聞くさ……、その実は本物か?」
観念するように口にする。僕の最大の関心ごとを。
「本物だよ。つまりこれを持ち帰れば君のささいな願いもかなえられる。この果実の力に比べれば小さな小さなその願いをね。ただし君の望む形でとは限らない」
「だとしても、僕の願いはかなうんだな?」
彼の答えがまさに僕が望むすべてで感情が漏れ出る。思わず足を引きずりながら、吸い寄せられるようにじりじりと果実の方へにじり寄る。その時また、地鳴りが起こる。台地が揺れた。いや、揺れ始めたというべきか。その微細な振動は空間全てを震わせながら止まることなく響いている。
「世界樹とは、果実とは結局なんなんだ?この世界はただのシュミレーションじゃないのか?いま世界で何が起きてる」
疑問を投げかけ続ける。彼の気を引くためだ。じりじりとまた距離を詰めた。
「そうだ。そういうことさ。よく考えなよ。『世界は終末を迎えた』『だからコロニーに批難する必要がある』『仮想現実の世界に隊員を送り込まなければ』『果実を持って帰れば世界が救える』教会もMALUSも政府も、一見説明しているようで何も何も説明してはいない。教会は―」
地鳴りと振動がいったんやんだ。
「残念。すべての疑問に答えてあげたいが、もう時間みたいだ。君がくだらない質問ばかりするからだよパキラ」
彼の言葉と共に、大きな地鳴りが響く、同時に大きな震動が襲った。先ほどまでとは比べようもなくもはや立っているのがやっとだ、地震ともも呼ぶべきそれが今まさに大地をを揺らす。
「何をした⁈」
叫ぶ声すら地鳴りに飲み込まれる。エネルギーという目に見えない塊を始めて肌で感じる。その化け物のような圧力に直感が恐怖し、思考が一瞬止まる。
「この世界で育った文明が滅びるのさ。全てがリセットさせる。あの老人も、MALUSの隊員も、あのおしゃべりな男も、国も、知識も、歴史も―」
落ち着いた二つの目がこちらに向けられる。
「―それから、君の記憶もだよ。パキラ」
そしてついに大地が割けた。安定した平面だと思っていた床面は隆起し、あるいは沈没する。天井と呼んでいたものははがれ、がれきの弾丸となってどんどんと降ってくる。この地下において、その質量の波は死を覚悟するに十分だった。もうダメだと感じた瞬間、差し迫る死の匂いは最後に僕の欲望をひん剥いてさらけ出す。衝動的に僕は足を引きずっていたことも忘れ前に駆け出した。痛みも物理的損傷も理屈以外のものが消す。最大速度まっすぐに、それだけを目指すために。
「ならせめて、それをよこせえええええええええ」
手を伸ばす、玉座に座る王に抱えられた僕の望みをかなえてくれるはずの禁断の果実へと。男は遠ざかることも剣を抜くこともなかった、ただ何もせずそこに座り続ける。あるいはもう立ち上がる力すらないのかもしれない。なされるがまま、突っ込んでくる僕を受け入れる。
大きな揺れにバランスを崩す。それでも手を伸ばす。僕の願いへと。つまずいて男の方に雪崩れ込む。倒れる体とともに、まさに指先が果実に振れようとする瞬間、男の顔は僕耳元にあった。
「それでいいと思うんだ。パキラ、正義のために動く人間にできることなんて、所詮この程度さ」
彼はまるで親友にに微笑みかけるかのように笑う。
「さあ、プロローグはお終いだ。何もかも忘れてよ。友達のまま、さようなら―」
結局僕はその手に果実をつかむことができたのだろうか。
崩落する世界に引きずり込まれ、僕も、ディオネアも、果実も、肉体も、記憶も、全てが大地に還った。
デッドエンド。
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