第16話

そこから先の様相は今までとは明らかに異なっていた。道の両脇にはランプの灯りが延々と奥まで続いてその先で左右のどちらかに折れている。まるで参道のような雰囲気を醸し出すそこは明らかに最近まで人の手で管理されていて、この冒険の終りにふさわしく僕らを招き入れるかのように不気味に鎮座していた。


「?なんだ行かないのか?」

その場でじっと足を止めてこちらを見つめるリンドウをディオネアが前に促した。


「……」

彼は何かを考えるように沈黙し、それから重そうに口を開く。

「提案がある。俺はここで折り返すってのはどうだ?」


「びびったのか?」

ディオネアは揶揄うように挑発する。だがリンドウの表情は微動だにしない。

「お前は、他の災難を逃れた隊員たちも俺たちと同じようにそれぞれ地下を通って集まってくるって言ったよな」


「言ったさ。可能性はあるとね」

「その援軍は今どこにいる?」

進めない理由探すように一つ突きつける。


「期待通りとはいかなかったみだいだね」


「今の戦力でどのくらい勝てると思う?」

「わからない」

「だろ?三人進んで全滅しいてここまでの記録がおじゃんになるのはもったいなくないか?」


「だとして、君が戻る理由は?その役割は僕やパキラでもいい」


その問いにリンドウは当然といった口調で答える。


「簡単だ。俺の命が一番重いからだ。俺は、とても小さい、地球儀の上で探すには虫眼鏡がいるくらい小さい国の出身だ。当然、俺を一度ここに送り出すリソースだってただじゃない。悪いが俺の一回分の旅の命はお前らみたいな恵まれた大国の使い捨てのプラスチック人形とはわけが違うんだよ」


彼は本音を吐き出すように告げた。


「リンドウさん…」

僕は返す言葉を失う。


「怖くなったってことか?」

ディオネアの口調は攻めるようなものに変わる。


「まあ、ありていに言えばそうだ。ここまで来て敵の居場所を突き止めた。だが、負けてアバターごと消滅すればここまでの苦労は全部なかったことになる。どっかでセーブポイントを見つけてログアウト、その結果を持って帰れば一定の評価は得られるはずだろ?リスクヘッジってやつだ。悪い話じゃないだろう、ちゃんとお前たちのことも報告しておくさ」


「本気か?評価を得てどうする。世界が滅びて朽ちれば、何の役にも立たない。果実を持ち帰らなければ、お前の言う評価は所詮一時の名声だ。あんなものは人のつける虚像だろ?」

そういって説得を試みる。正直、三人でも戦力としては心もとないのだ、彼に抜けてほしくないという僕の気持ちも代弁して。


「おっと、知らないなら教えてやるよ。このリンドウ様がな。知ってるか?人の付けた虚像にはも価値がつくんだよ。人の人生と時間を買えるだけの価値がな」

彼はいつの間にかいつものののらりくらりとしてしまりのない態度に戻っていた。それはきっと彼がいつも被る仮面なのだろう。これ以上関わるつもりがないと、素顔を隠しながら、態度で自分の意思を変えるつもりがない事を示す。


「…わかった。もういい。行こう。指針を見てくれパキラ」

静かに、侮蔑を込めて口にする。


「リンドウさん、残念です」

僕もまた、失望が転じて怒りに変わる。指針を取り出し、先導を始める。


「ご理解、ありがとよ。お前らも、気を付けて…」

最後までおどけた態度を崩さなかった彼の言葉は最後に少しだけ揺らぎ、

背中で彼の返した踵が、コツンコツンと音を立てながら離れていった。


***


たった一人減るだけで、なんとなく五倍は心細くなる。


「…なあ親友、究極の二択だ。世界を救える果実がホントにあったとして、それがもし誰かの犠牲に成り立つとしたら、君はその誰かを見捨てられる?」


長い沈黙を和らげるためか、はたまた押しつぶすような無音を嫌ったか、ディオネアは突然そう問いかける。それは決戦前の最後の会話。


「捨てられるよ」

静かに、返答する。正解を知っている。僕はその選択を間違う気がしなかった。


「そうかな?僕は思うんだよね。パキラは、まだ半々だって」


「どういう意味さ」

即座に否定されて、少しムッとする。


「ごめんごめん。パキラの覚悟を信じてないわけじゃないよ。実際に君は今までの人生でそうしてきたんだろうし、今後そういう局面になれば君はその通りに行動するんだろうね。でもさっ、パキラ、君はまだ『捨てられる』ってポリシーをを捨てられる」

彼の声は異様に穏やかだ。


「そんなこと…」

「かっこ悪いって思った?趣旨替えするのは」

ディオネアはからかうように小さく笑って、それから少し真面目な顔をする。


「人間は何というか一貫性を大事にする生き物だよね。『捨てられる』人間はずっと『捨てられる』人間であろうとする。『捨てられない』人間は『捨てられない』人間であろうとする」


「生まれ持った性分は変わらないってことか?」

彼の言わんとすることを何とか理解しようとする。


「変わるってことさ、変われるってことさ。ただ変わろうとしないのさ。一貫した主張をする矛盾なき個人であり続けるために」


「問題があるのか?」

僕の問いに彼は、寂しく微笑する。

「錆びついてしまうんだよ。長く固定し続けた自分の在り方ってやつは。そして、本当に動かなくなってしまう。老いるとはそういうことさ」


「だからそれで問題はあるのか?」

話の趣旨が分からずに少しイラついた声になる。


「ごめんごめん。勝手に語っちゃって」

そういってまた寂しく微笑する。

「最後に一つだけ年寄りからのアドバイスを聞いてくれよ。イデオロギーなんて生きる方便だ。守る価値なんてないものさ。いざというときは、魂が正しいと思う方を選ぶ方が絶対にいいんだ」


神殿を目の前にして、感傷的にでもなっているのだろうか。指針を確認する必要はもうなかった。そこは大きく開けていて、豪勢な彫刻の柱が多くく僕らを招いている。光がそこから強く漏れ出ていて、もはや松明の光など必要ない。


「どうでもいい話をしたね。行こうか、親友」

いつもの微笑がディオネアの顔に戻って、張り付く。そういえば彼の実年齢はいくつなんだろうかと、どうでもいいことを思った。アバターの外見は、結局仮初の身体なのだ。


「ああ、親友」

僕はそう力強く返すと、震えそうになる足を無理やり動かして、光の中へ強く踏み出した。

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