第14話

「こっちだ」

老人に案内されたのは見覚えがある部屋だった。


「ここって、俺たちが初日に泊まった部屋だろう?狭い部屋にベッド四つ、爺さんぼけるのが早いんじゃねえか」

リンドウのいうようにここには他に何もないように見える。


「こいつをずらすのを手伝ってくれ」

しかし、その言葉を無視して老人は促す。ディオネアと僕は言われるままに目の前にある二段ベッドを引きずってずらす。ホコリにまみれた石畳の床が姿を現した。


ヤナギは床の上にしゃがみ何かを探すように目をそばめる。やがてお目当てのものを見つけたのか石床を構成する一つの石に手をかける。老人の力だが引っ張るとするりと床から一石が抵抗なく抜けた。老人はすかさず、抜けた空洞に手を突っ込むと床を引っ張り上げる。


「隠し通路ってわけね」

状況を理解したリンドウが彼を助けて、重そうな石の床面をずるずるとずらした。


「この街には至る所に地下道がめぐっているといっただろう」

現れた竪穴には梯子がつけられていて確かに地下に伸びているようだ。


「誰から行く?」

「誰でもいい早くしろ、時間がない」


上階は確かに騒がしくなりつつあった。兵隊たちがここに向かてきているのかもしれない。


「僕から行こう」

ディオネアが先導して梯子を下り始める。


「んじゃ、殿は一番頼りなる男ってことで、パキラ、じいさん先に降りろ」

リンドウの言葉で動き出したのはパキラだけだった。


「?じいさんどうした」

再び促す。


「…私はここに残る」

ヤナギは静かに口にした。

「誰かがここに残って入り口を閉じる。ベッドも戻そう。それでこの部屋は元の何もない部屋だ。相手は追ってこれない」


「向こうは兵隊を派遣してきてるんだぞ」

「私一人ならどうとでもやり過ごせる。私はただ会員制の宿を経営しているだけだ」

「ほかの隊員がやられてるってことは相手はただの兵隊とは限らないぞ」

「この先に降りて行って、私が役に立つとでも?」


「…じいさん」

「私の戦場はここだよ。ここで奴らをやり過ごす。もうじき、和平が終わる。そうすれば我々もまた光のある所に戻れる。世界は知識と知性によって繫栄するのだ」


「……行こうリンドウ」

その表情をみて説得は無理だと諦める。使命に命を懸ける高揚感にこの老人は浸っていた。彼の覚悟を尊重すべきなのだろう。


「死ぬなよじいさん」

いつもの軽薄さはなく、力強い言葉だった。


「老いぼれをなめるなよ。若造の兵隊どもをたらしこむ口ぐらい持っているさ」

ヤナギはニヤッと笑う。


僕らはその笑顔を脳裏に焼き付けたまま、闇の広がる階下へと下り始めるのだった。


***


かつん、と音を立てて降り立った先はゆらゆらと赤い光で薄暗く照らされていた。先に降りたディオネアが、用意していた松明に火を灯しておいたようだ。


「辛気臭い場所だ」

最後に降りてきたリンドウが口にする。


「ヤナギさんは?」

彼の後に続くはずの姿が見えず疑問が飛ぶ。僕は静かに首を振る。

「残って、通路を塞いでくれるらしい」


「…そうか」

短く簡潔につぶやく。思えばここにきていらいヤナギ老人と一番会話をしていたのはディオネアだ。熱心に活動していた半面、思う所は僕らよりはるかに多いのだろう。状況と覚悟をかみしめるような声だった。


「行こうか」

彼はそう口にするがその場に止まったままだ。代わりに意味ありげな視線をこちらに向けてくる。


「?いくんだろ?」

リンドウがその視線の意味を理解しかねるといった顔をする。


「懐中時計を開け、針が導いてくれると言ってただろう。やみくもに歩いてどうする。地下は迷宮だ」

少し小ばかにするような口調だ。


「なんだってんだよ。自分のを開けばいいだろ」

リンドウは文句を言いながらも自分の時計を取り出して指針を見る。


「ディオネアは方向音痴だからね」

一応フォローを入れる。ここまでの旅でも常に指針は僕が見てきた。


「なんだそりゃ。まあいいや。じゃあ、俺が先頭ってことで。この方向に進めばいいんだろ?」


そういって歩き出す。ディオネアがそれを追い。僕はさらにそれを追う。


地下道は暗い。ぼんやりと照らす松明の灯りで見通せるのは、一寸先だけだ。唐突な事態に暗闇に潜む未知の未来向けて僕らは重く進むしかなかった。

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