第11話

都市はにぎわっていた。今日だけの話ではない。この街に来て一週間、いつだって多い人の流れは街の大きさを表していた。ここはこの辺りを納める王国の首都で、中央には王族の住む城もあるらしい。街のメインストリートから一本離れた道を歩きながら、今まで通ってきた村々との文明度の違いを市に並ぶ品々から感じる。いよいよ大通りにに合流する道でパキラは知った顔と出くわした。


「よう、奇遇だな」

陽気で軽い声が一手先に反応した。


「奇遇ですね」

しまったという表情が顔に出てないことを祈る。エゼルウルフ・リンドウを名乗るこのどこか軽くていい加減な印象を与える男、正直苦手だ。なんたって、誰彼構わず相手を見つけては10倍返しで喋っている。僕のような口数の少ない人間の天敵のようなものだ。もっとも彼を得意とする人間が存在しうるのか疑問だが。


「ようよう、今日は相棒は一緒じゃないのか?」

不幸にも話相手にロックオンされてしまう。


「ディオネアは今日は一人で調べたいことがあるそうで。リンドウさんは何をしてたんですか?」

諦めて相手をすることにする。時間を考えればリンドウも、あの協力者コーポ―レーターの老人の宿に戻るのだろうから逃げるだけ無駄だ。


「何ってほら、前から目を付けてた可愛い子ちゃんをデートにお誘いしようと思ってな」


この男からはいつも軽薄な感じが漂ってる。世界を終末から救うために志願した隊員とは思えない。もっとも地位や名誉、あるいは金銭の為に隊員になるものも少なくはないのだ。大方彼もその口なのだろう。


「成果はあったんですか?」

結果は明らかだが、一応聞いておく。


「わかってる。目に見えない成果だったことはな。だが考えてみてほしい、彼女も俺のことが気になってるのは間違いないんだ。つまり、彼女がデートに応じてくれないのはきっと照れ隠しなんだわかってあげて欲しい」

自分の言葉に大仰に頷く。


「だといいですね」

ごくごく極めて控えめな否定の言葉を添えるに留めた。


「んで、相棒は?いったんログアウトして向こうに帰ったのか?」

リンドウは僕より少し大きい歩幅で歩みを続ける。


「帰りませんよ。今帰ればXデーに間に合わないですから。この街と近隣に潜伏する他の隊員たちと接触してみるそうです。いよいよと僕たちとの大掛かりな決戦になりそうなので」

こちらとあちらの世界の時間の流れは違う。一度ログアウトすれば、意図した時間に戻ることは不可能だろう。


「だよな。こんなチャンスめったにねえ」

今まで見せたことがない真剣な声が聞こえて、思わず頭一つ高い位置にある顔を見上げた。


「リンドウさんはなんで、MALUSの隊員になったんですか?」

この男に小さな興味がわく。


「そりゃもちろん国の為さ。俺の国は小国だ。安全なシェルターに入れる人間は限られてる。そしてそれは往々にして大国に住む割り当てられちまう。だったら、手柄を上げるしかねえ。隊員として結果を出す。金と発言権を得てその権利を俺がもらう。俺の国と、家族と友人のために」

それから、普段のキャラを崩してることに気が付いて恥じ入るように付け加える。


「そうすれば俺様は、国の英雄になって、国民はあがめまくり、シスターは俺に惚れ直し、彼女の愛は永遠に俺のものさ」

無理やりおどけて喋って見せる彼は、少しだけ照れてはにかむ。彼は予想通り地位や名誉みたな俗な目的のために入隊したらしい。


「そういう理由もありですね」

でも、心からそう思った。地位や名誉や、金銭がたくさんのことから大切なものを守ってくれるのなら、それを追い求めることは悪くないのかもしれない。そう思わせてくれる表情だった。


夕暮れはもう地平線の向こうから赤い残光を放つばかりで、僕らは半分の闇のなかを並んで歩く。隣では高身長の男が、真剣だった表情を誤魔化すように、愛も変わらずくそくだらない自身の生い立ちや恋愛話をこちらのおざなりなリアクションにもめげず浴びせてきて、僕は以前ほど彼のことが苦手ではなくなった。


陽が完全に落ちるころ、老人の宿に帰りついた。

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