第8話

街道を行きかう人は少しずつ増えている。大きな街が近いのだろう。今日中にはやわらかい布団で寝られるかもしれないと。少なからず期待してしまう。旅の同伴者との連れ合いも、こちらの時間で一週間になろうとしていた。


「方向は会ってる?」

懐中時計に表示される方位磁針を見ていたいたパキラの肩越しに、ディオネアが覗き込む。


「自分のを見ればいいだろ?」

彼の距離感は相変わらず近い。パーソナルスペースがぶっ壊れてる。


「いいのいいの。僕、方向音痴だし」

とはいえ極めて違和感があった自称親友との距離感は、共に旅を続ける中で幾分か自然になってきた。


「なあ、ずっと思ってたこと聞いてもいいか?」

おもむろに切り出す。


「なに?」

常時張り付いて変わらない人懐っこい笑顔が飛んでくる。


「あれが、元は女の子だったなら。ああするしか、なかったのか?」

先日の話を僕はまだ引きずっていた。それは少し残酷な問いかもしれない。あの少女を焼き殺してしまう以外に方法はなかったのかと、助けることはできなかったのかと聞いたのだ。


「言いにくいことをズバリというなパキラは」

と彼はなれなれしく僕の名前を呼んで困った顔で笑う。

「少なくとも僕は他の方法を知らない。そもそも、あれで死ぬのかも、というか大前提としてあれが生きてるのかもわからないけどね」


「焼く、が唯一とれる道ってことか?」


「いや、正確には枝の存在できる空間を壊すことだ。君も見ただろう?あれは定められた空間以外では存在できない。理を外れた力は、定められたフィールドのみで発揮できる。だから壊す。今回は焼いてね」


「その理を外れた力ってやつが消えれば、あの少女も元に戻れたりはしないかな?」

希望的な発言だろう。だけど尋ねたかった。


「彼女を異形の存在として、留まらせているものがそもそも理を超えた力だから、それを失えば現実の理を離れた彼女の肉体もまた失われるんじゃないかと僕は思ってる」

残酷な現実を淡々と話す姿は、決して冷たいからじゃないと感じる。彼の底に眠る優しさを合理性が上回っているといった調子だ。


「そうか」

僕は言葉の行き先を失う。やっぱり聞くべきじゃなかっただろうか。そしてその先数歩分の沈黙を選んだ。


「パキラはさ。どっち?大勢の人を救うために、目の前の誰かを生贄にしなければならないなら、君は手を下せる?」

ディオネアは柔和な表情に戻って、再び話を転がす。


「わかってるよ。ああするべきだてことは」

彼の考え方を尊重して答えたつもりだったが、聞いたディオネアの反応は不満げだった。


「今回の話じゃなくてさ、もっと純粋な質問。パキラってどんな人間かなって。そうだな、じゃああそこにいたのがあの女の子じゃなくて、パキラの大切な人だったら?」

興味津々といった瞳が向けられる。


僕はその視線を受けながらまた数歩分の沈黙を作る。大切な人、そういわれてなぜか脳裏に浮かんでしまった人影が消えなかった。


「今想像してる人が、パキラの恋人かな?」

沈黙をくみ取ってニヤリと、瞳に浮かぶ興味の色が変わるのを感じる。


「いや、違うよ。彼女とはそういうのじゃない。僕たちはただの隣人で、友達だ」

慌てて否定したがこれは完全な悪手だ。恥ずかしさで赤面する。


「でも、今浮かんだ人がいるんでしょ?つまりパキラにとってその人は特別な人」

何気ないその言葉がふいに刺さる。そうなのだろうか?僕にとって彼女は、そういう人間だったのだろうか?と今不意に予想外の方向から、想像だにしなかったタイミングで突き付けられた感情は理解するには手に余った。


「なに?教えてよ。僕たち親友だろ?」

空気を読めない、にやけ面の追撃が飛んでくる。邪気のない笑顔が腹立たしくもある。


「親友にだって秘密はあるだろう?なんだって言うわけじゃない。君はどうなのさ、大切な人って言葉には誰が浮かぶんだ?」

その勘ぐりをかわすために、誤魔化すつもりで跳ね返す。


「僕は…」

彼は僕発言を聞いて不意にハッとした表情になって止まる。

「そうだね、余計なことを聞いたね。僕たちは所詮旅の連れ合いだ。そんなことを話す義理なんてない」

彼は突然大人の表情をして、突然会話を打ち切る。


お互いにその先に振れられらぬまま、僕たちはそれからしばらくを気まずく淡々と歩く羽目になった。


「あっ」

次に声が上がったのはそれから数時間が立ったころだ。眼前についに街らしきものが見えてきたときのことだった。


「大きい街みたいだ。今夜の寝床は期待できる」

ディオネアはここ数時間の沈黙がなかったかのように元の態度で明るく話す。


「ああ、食べ物もやっとまともなものが食べられそうだ」

努めて自然に返事をする。それからまた沈黙。


「…なあ、さっきの話…」

先ほどの会話が気になり、勇気を出して突っ込んでみることにする。


「さっきはごめん。こんな時代に生きてるんだ、触れられたくない話の一つ二つ誰だってあるよね。友達とこんな風に話すのは久しぶりで、ちょっとはしゃいじゃったんだよ。忘れてくれ」

バッサリと切られる。


向こうが話を振ってきたくせに、自分の話になるとめっきりと口を塞ぐんだから少し腹が立ってくる。なれなれしく近寄ってくるくせに、こっちが踏み込むと一歩引くなんて、普段は友達友達言うくせに。街までの残りの距離を、彼から少し後ろに歩幅をずらして歩く。


斜め後ろから眺める彼の顔はそれからずっと、何かを思い出したように遠い目をしていて、結局それ以上話をしようという気にはならなかった。

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