第7話
「聞きたいことが山ほどあるんですけど」
小さな火を囲みながら僕は目の前の男に尋ねる。男は昼間あの謎の怪物から僕を助けてくれた恩人だ。
「好きなだけ、時間はたっぷりあるよ」
焚火の火でチーズをあぶるのんびりとした彼の、ゆったりと返事が返ってきた。終始親し気で距離感を感じさせない振る舞いが、僕には少し居心地が悪い。
「あれはなんだったんですか」
あれとは昼間朽ちかけの廃墟で僕を襲ってきたあの少女の形をした植物の化け物のことだ。
「僕も正確には知らない。あれは古参の隊員たちが根と呼ぶ何者かによってが作り出された怪物さ。枝と呼ばれている。そういえばパキラ、君もまだ根と対峙したことはないっていってたね」
「女の子に見えましたけど…」
彼女は、本は好きかと尋ねてきた。人間の少女の声で。次の瞬間にはとても人だとは思えない姿に変わっていたが。
「女の子…、だったんだよ」
柔和な表情が少し歪む。
「きっと現地の協力者の子供だと思うよ。教会の場所が奴らにばれたんだ。そしてあの場所は襲われた。あの化け物は、彼女の生前の姿を模していたんだろうね」
「根っては人を怪物に変えてしまうんですか?」
「皆が怪物にされてしまうわけじゃないけどね。でも中には彼女のように自我を奪われ、化け物に変えられる人もいるってこと」
「そんなことができる人間きいたことない…」
敵の実態は僕の想像を超えていた。
「根は人間なんかじゃないよ。彼らは人の形をしているだけだ。古き神々、有史以前からいる悪しき神の一種じゃないかといわれている。ああやって人を化け物に変えてしまうのも神の御業なんだろうね。奴らだって無限に手駒を作り出せるわけではないのだろうけどね。現に一度に複数の枝が出現することは、何か怪物化するための条件があるのかもね。まあただ、あそこに枝を配置する意味は分かるでしょ?」
彼の言葉の意味を考えて、ハッとする。
「…、あそこに怪物を配置して張ってればMALUSの隊員たちが勝手に集まってくる」
僕たちは羅針盤の指針に先にやってくる。まるで街灯に群がる蛾のように。
「そういうことさ。だから、少女を枝に変えてあそこにおいたんだろうね。まんまと飛んで火に行ったのがパキラってこと」
そこにきてまだ彼に、先ほどの礼を言ってないことに気が付いた。
「さっきは助けてくれてありがとうございました」
畏まって頭を下げる。
「いいよ、いいよ。僕と君との仲でしょ。助け合うのは当然さ」
なれなれしい言葉を聞き流す。
「本当に助かりました。入隊早々もう二度目のデッドエンドなんてシャレにならないですから。あそこにいたのは偶然ですか?」
あの時、この男がタイミングよく助けに入ってなければ今頃二回目の死が待っていたはずだ。
「……」
彼はそこで少しだけ沈黙する。それから再び口を開いた。
「数日前に他の隊員と合流してあの教会に入ったんだ。結果は言わなくてもわかるだろう。僕だけが命からがら逃げだした。後のやつは多分、デッドエンドかな」
「そう…、ですか」
なんと返すべきかわからず短くそう返す。
「あのままにしとくわけにはいかないからね。街でいろいろ準備してから、戻ってきたんだ。でもよかったよ、君だけでも助けられて」
彼はあぶり終わったチーズを指した串を差し出してくる。
「はい、パキラの分」
親し気な笑み。僕は未だにその距離感になれないまますごすごと受け取ってしまう。
「…」「…」
そこで少しだけ会話が途切れた。
「あの、どうしても一つ確認しておきたいことがあるんですけど」
ずっと感じている違和感。意を決して尋ねる。これだけはどうしても聞きたかった。
「なんでも、聞いてよ」
「僕とあなた。以前どこかでお会いしましたっけ?」
「えっ…?」
彼はキョトンとした表情に変わった。まるで、信じられないものでも見るかのように。それからしばらく難しい顔をして、最後に何かに納得したかのような顔に変わる。
「そっか~、やっぱりパキラ次のセーブポイントに行く前に死んじゃってたんだね。その敬語だし、薄々そうかもとは思ってたんだけど」
その言葉でいわんとすることが大体わかった。きっとこの男と僕は、前回の旅の途中で会っているのだろう。セーブできなかった記憶は現実に持ち帰ることができない。
僕の記憶に残る最後は旅の途中でであった三人の隊員とセーブポイントまでたどり着き焚火を囲んできた記憶。彼の言葉を信じるならこの男と僕は初対面ではなく、あの後のどこかで一緒に旅をしているのだろう。
「前にあってたんですね」
短く返事を返す。
「会ってた会ってた、めっちゃあってた」
なんだか陽気な人だ。僕の苦手な。
「そっか、そうなんですね」
「敬語、やめなよ。僕たちは友達だったんだからさ。君の記憶がなくても今も友達」
彼は寂しげに笑う。
「すみませっ…、じゃなくて、ごめん」
小さくにらまれて、言い直す。正直、こっちにしてみれば全くの初対面でやりにくい。
「それで僕の名前、知ってたんだ。ずっと変だと思ってたんだよ」
たんに初対面の人との距離感がバクっている人ってわけではなかったらしい。
「そうそう、君は葵パキラ。僕はディオネア。二人は友達、いや親友だね」
冗談めかしてディオネアと名乗るそいつは笑う。
「ははは…」
と愛想笑いで返す。さすがに親友は誇張だろうと、人見知りな自分の本来の性分を思った。
「あっ、疑ってるな。ほんとだよ。短い付き合いだけど、意気投合してたんだから」
「そうなんだ」
そんなはずはないが、もうそういうことにしておくことにする。
「そうだよっ、だからさ改めてよろしく。僕はディオネア。君の親友」
手が差し出される。
「えっと、葵パキラです」
その圧に押されるように思わず握り返す。
「知ってる知ってる」
彼は依然親し気に微笑んで、満足そうにつながれた手をゆすった。
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