第4話
MALUS本部のエレベータの扉が開く。扉の先には無機質な白い部屋。簡素な椅子が一つと、見慣れたカプセル状の機械、モニターとデスク、そこに座る白衣を着た女性。この部屋はMALUSが僕の為だけに用意した部屋で、エレベータは僕をここにしか運ばない。他の隊員と顔を合わせるのは一回のロビーでだけで済むようにという配慮だ。僕たち隊員は互いが互いにどのような任務に就いているかを知らない。
「おはようございます」
白衣を着た黒髪の女性に挨拶をする。禁煙目的なのだろうか?咥えたキャンディーはそのクールな容姿に一ミリも似合っていない。
彼女は僕を認識するが、特に何か言葉を返してくるわけでもなくモニターに視線を戻す。世間話はしないタイプらしい。彼女が担当になってから一週間、もう少しフレンドリーであってもいいだろうにと思う。むしろ未だに名前も知らない女性に毎回挨拶をする僕の方が場違いなのだろうか、とかどうでもいいことを思った。
奥に勝手に進み、更衣の為にカーテンレールを滑らせる。もう入隊して二か月ともなれば、一通りのことは言われなくてもできる。
「何か気になることはある?」
仕切り越しに今日初めて、彼女のハスキーな声を聴く。エンジニアである彼女の仕事は機材の調整と、隊員つまり僕の体調管理だ。
「ありますよ。前回、初めて死にました」
昨日に次いで今日も悪夢と共に目が覚めた。実感のない死の存在が、僕の潜在意識に住み着いてしまったようで少し怖い。
「そうなの。それで?」
返事は素っ気ない。だが同時に、彼女がカーテン越しにこちらに視線をよこすのを感じる。万事無関心というわけでもないのだと思いたい。
「僕は、あと何回ぐらい、死ねるんですかね?」
今更する質問でもない、ただの愚痴だ。覚悟はしてるつもりだった。でも実際にそうなってみると、心がざわつく。
「知ってるでしょ?誰にもわからない。数度の死でダメになった例もあれば、百回死んでいまだに現役の隊員もいる」
「ですよね」
当然の答えだ。
「安心して、まだ一度でしょ。確かに死亡する回数が増えるごとに未帰還者になるリスクは増大していくけど、過去の統計を見ても、一桁程度の死亡回数で未帰還者になった隊員がほとんどいないのも事実よ」
一応、勇気づけてくれてるのだろうか。彼女の相変わらず声音は読み取りづらい。
「なんだか、時限爆弾みたいですね。爆発するギリギリまでチャレンジして手放す、爆弾ゲームしてる気分になります」
不安を塗りつぶすようになるべく明るく口にする。
「そうね。爆弾のカウントを進めるのが怖い?」
彼女は変わらず淡々としていて、それがかえって僕を落ち着かせた。
「いえ」
せめてもの虚勢を張って勢いよくカーテンを開ける。肌に密着するスーツが少し気持ち悪い。
「じゃあ、始めましょうか」
少しだけ苦笑するような表情をみせて、白衣を翻して真顔に戻る。
「中へ、説明はいらないわね」
僕は促されるように、中央にずっと鎮座し続ける人をすっぽりと包み込める大きさのカプセル状の機械の方に歩み寄った。上面の半透明になっている部分を軽く押すと、自然とスライドして内部があらわになる。側面をまたいで中に入る。わずかながら外より温かい。やわらかい座面に座り、シートを倒して仰向けとなる。
「いつでも行けます」
僕の合図で、カプセルが今度は自動でスライドして閉じた。完全に密閉された空間は思いのほか心地がいい。中に入ってしまえば外の声はもうぼんやりとしか聞こえない。やがて機械音が中で反響することで彼女が装置を起動したのが分かった。僕はそのまま瞳を閉じて、安らぎに身を任せる。急激でこらえがたい眠気に襲われた。
「いってらしゃい」
遠のいていく意識に聞こえてきたのは、なんだか彼女に似つかわしくない言葉だ。幻聴だろうかと考えている間に、僕という意識は完全に僕らが暮らすこのアトラス世界の大気から消失した。
さあ、旅の再開だ。
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