第2話
何かにうなされて目が覚めた。寝覚めは最悪。
なのに覚醒と共にその悪夢は、形を形成することができずに霧散していく。夢ってのはそんなもんなんだろうが、
空はもう明るかった。時計に目が行く。案外ちょうどいい時間かもしれない。
朝日がカーテンの隙間から漏れ出して目覚まし時計を起こす前に、止める。匂いの染みついたベッドから体を起こすと、自分好みじゃない派手なカーテンを開けた。
ベッド周りには散らかりすぎないほどに、物が散乱している。それを踏まないようにして僕は足を付く。きっちり綺麗に整頓されてるより案外このぐらいの方が落ち着いたりするものだというのが自論。
洗面所で顔を洗い、毛の広がった歯ブラシにチューブから歯磨き粉をたらし歯を磨く。部屋着を脱いでベッドの上に投げ捨て、制服を着こむ。靴下、洗濯ばさみに挟まれて宙に浮いているものをたたむ間もなく収穫して、足をねじ込む。もう壁紙から空気の一粒まで部屋には自分の生活の匂いが染み込むぐらい、空間は僕と時間を共有している。
朝食は取らない。というより、準備するのがめんどくさい。
最後に髪を整えて、すぐに靴を履き、ドアを開ける。外からパブリックな空気が流れ込んできて、僕はそれを押しのけながら外に出る。ドアはガチャンと勝手にしまり、右手で物理的にプライベート空間を鍵をかけて閉じ込めると、習慣が無意識に向かいにあるもう一つの扉を視界に納めてしまう。
もう長いこと空室で家主はいない。心なしかノブもさび付いて見える。さびは、時を止めてくれるようで、僕にはそれを歓迎する気持ちが少し湧いてしまう。開けてしまえば逃げ出す空気が惜しい。あそこにはまだ沢山閉じ込められているはずなのだ。
屋外に出れば、照り付ける偽物の太陽光は虚構の平和を照らしていた。コロニーはいつを切り取っても一様に穏やかに見える。
世界最悪の日から70年余りが経った。
わずか一週間で繁栄を極める人類から三分の一の隣人を奪ったその厄災は規模を落としながらも、地上では今もまだ不規則な間隔で続いている。あちこちで神様に選ばれた不幸な人間が前触れもなく灰となり、そして風に吹かれて散っているのだ。
昨日まで健康だった最愛の人が今日には塵となり残して消えてしまう、今日を当たり障りなく生きている自分も明日どうなっているかわからない。僕の記憶の古い方に入れられているのは、そんな普通だ。死神と手を握って暮らす日々はあまりに当たり前で、当時の僕にとってこのシェルターの秩序と平穏は、あこがれ方すらわからない遠い幻想だった。
人工的な光を浴びて、街路樹に桜が花をつけようとしている。この星に存在する数少ない安全地帯に築かれたコロニー。きっと僕の短い一生程度ならこの小さな箱庭は守り通してくれるに違いない。安全なこのシェルターに住むことを許されるのは厳しい試験を潜り抜けた選ばれた少数の人間だけだった。
僕はその幸せに満足している。満足していた。
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