溺れ水


「そう…」


真白さんはホッとしたように応えた。


「今日の予約を入れますか?真白さまでしたらマスターも何も言わないでしょう」


「…でも明日バイトなんでしょ?」


遠慮がちながらもどこか期待しているような目線に自然と頬が緩む。

内心を悟られた事に気付いた真白さんは顔を赤くして目を反らした。


「真白が望むなら喜んで睡眠時間削るさ」


俺は真白さんにしか聞こえないように囁く。


真白さんは更に顔を赤くして拗ねた目で俺を睨みながら「意地悪」と呟いた。














高級な材料や器具が並ぶキッチンは一人で住んでいるにしては明らかに広すぎる中、俺はバスローブ姿で朝食の準備をしていた。

内容は簡単で目玉焼きにベーコン、トーストにサラダと鉄板な朝食だ。


「おはよう~」


丁度準備を終えた所に眠け眼の真白さんがはだけたバスローブで俺の背中に抱きついてくる。

お互いバスローブの下は何も着けてない。


「おはよう真白。朝食も丁度出来てる、食べよう」


「いつもありがとう~」


寝起きでふにゃふにゃな真白さんを椅子に座らし、その隣の椅子に自分も腰掛け朝食を食べる。


「はぅ~…本当にとおるったら容赦無いんだから。腰が立たないくらいイッちゃったわ」


「激しいのが欲しかったんだろ?」


「それでもヤりすぎよ」


昨日のBARでも見た拗ねた目に俺は笑いながら真白の頭を撫でる。


「…一応私のほうが10才も年上なんだけど…」


「じゃあやめる?」


「…もう少し…」


ジト目を結局ふにゃふにゃにして頭を撫でられている真白さんは猫の様だった。

年上で社会人、仕事も出来て若き女社長が夜は未成年の俺に喘がされて、朝には懐いた猫のように頭を撫でられている。

征服欲を感じてしまう俺はやはりあの糞な人間の血が流れているのだと思わされてしまう。

そしてそんな俺が真白さんを汚してしまう罪悪感と背徳感に甘い痺れを感じる。


「上手くなったわね。私以外の人と沢山経験したんでしょうけど」


「嫉妬してるのか?」


「…べっつに~勝手にすればぁ~」


元々むくれていた頬を更にむくれさせる。

そんな彼女に愛おしさのようなものを覚える。

だけど俺は抱き締めたりしない。

安心させるような甘い言葉も吐かない。


「早く食べないと仕事に遅れるよ」


「む~…はぁ~い」


彼女の言うとおり俺はもう仕事とはいえ他の女性とも関係を持っているのだから。

彼女もそれを承知の上なのだから。

それは男娼といっても間違ってはいない。

未成年である俺がこんなことしていれば本来は犯罪だ。

そしてそれは真白さんも…


「…面倒になったら言ってね」


お互い支度を終えて外に出るとき真白さんが行った。

だけどその声は少し震えていて…怯えているような、泣くのをこらえているような声だった。


「…面倒になるなんてあり得ませんよ。でも…勿体ないですよ。俺みたいな男忘れてちゃんとした男の人を作らなきゃ…真白さんなら良い人すぐ見つかります」


真白さんは仕事ばかりで男なんて作ったこと無かった。

そしてこんな俺と関係を持って絆される。

人でなしの息子も人でなしだ。

だから真白さんには俺を忘れて幸せになって欲しい。

だからと言って彼女を突き放すこともできない俺はやっぱり…


「それでも今は君しか見えないの。できるならもう少しだけ…こんなおばさんにも夢見させて」


「おばさんなんて年じゃないでしょう。本当のおばさんに怒られますよ」


俺たちはお互いに笑って歩き出す。

今はまだどうなるかわからない。

もしかしたら真白さんが良い出会いを見つけるかもしれない。

もう俺を指名しないかもしれない…BARに来ないかもしれない。

もしそうなったら…俺は…








祝福できるのだろうか…?

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澄んだ水に写る私は 暁真夜 @kuroyasya0

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