染まらない水


「あら?私がプレゼントしたネクタイ使ってくれているのね。嬉しいわ」


白木しらきさまから戴いたものですからね、ありがたく使わせて戴いてます」


俺の前では煌びやかなドレスを来た二十代半ばの女性が俺の作ったカクテルを飲みながら嬉しそうに言うので俺は本音で返す。

彼女は俺の働く「BAR SIRIUS」の常連で良く俺を指名してくれる。

そして俺が本来BARで働ける年齢でないことを知っている数少ない人でもある。


「そんなこと言いながら色んな人からプレゼント貰ってるんでしょ?それに今は個別指名なんだから名前で読んでよ」


「かしこまりました、真白さま」


否定は出来ないので名前を呼ぶだけにしておいた。

このBARはあまり知られない場所にありながら提供する酒は高く、集まる人もかなりの金持ちである。


「明日はだったかしら?」


「ええ、そちらがですので」


お互いの会話の中で通じる隠語。

彼女と俺の言うバイトは学校のことである。


「そう、そういえば明日は月曜日ね。最近忙しくて休日と平日の区別がつかなくなってきてるわ。私からしたら一週間平日だもの。」


彼女は若くして女社長となった白木真白しらきましろ

彼女の忙しさは聞くまでもないほどだろう。


「…ねぇ、本当に私のところで働く気はない?言い値出すわよ」


「…真白さま、何度も申し上げましたが…」


「わかってるわ。挨拶みたいなものでしょ?」


真白さんはつり目がちな目を緩めて悪戯好きな顔を浮かべていた。


「…真白さまの会社は未経験者を入れていないと聞いていたのですが…」


「今は人材も集まったし人材を育てる余裕が出来たもの、それに見込みはありそうだから。今のバイトの後の仕事は決まってないのでしょう?なら今のうちに検討しておいてもらおうかなって」


「もし真白さまの会社に行けば私にここを辞めろとおっしゃいますでしょう?」


「当然よ!私のところだけで贅沢出来るほどの金額を出すんだもの。ここで働く必要もなくなるでしょう?」


「その言い方は失礼ですよ」


俺は軽く諌めておかわりのカクテルを作る。


「あ、ちがっ!!」


一瞬で焦った彼女に俺は微笑んで頷く。


「そんな意図が無いことは私もマスターもわかってますよ」


そう、彼女はこのBARを気に入っている。

ここがただのBARであれは彼女もそこまで俺をここから引き抜こうとしないだろう。


「…今日の夜は誰か予約しているの?」


「いいえ、フリーですよ」


このBAR SIRIUSのマスターのお眼鏡にかなった常連客はある権利の話を持ちかけられる。

それは気に入ったバーテンダーと予約をすることで一夜を共にする権利。

SIRIUSは男女のバーテンダーがいるため客も男女で人気のあるバーテンダーも出てくる。

別にホストのように人気が高ければ給料が上がるわけでもないが、暗黙の了解で常連客の指名はある。

裏営業と言ってもおかしくないこの権利は当然お互いの合意のもとで行われる。

権利を持っていても相手側が了承しなければ成立しない。

店側も従業員に強制はしないし、もしするとしても完璧に割りきった関係で終わらせる事が厳守である。

そしてその権利は真白さんも持っていた…







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