サクラ
環流 虹向
河川敷
3年生の卒業式が終わった。
その卒業式の後片付けも終わり、私は電車に乗って家に帰ろうとしている。
扉近くで背中を預け、外の景色をぼーっと眺めていると今日は特に晴れてる事に気がついた。
この桜の季節特有の雲が無い青空で、少し西日が強くなってきていた。
今日ならいい写真撮れるかも。
私は家がある最寄り駅の1つ先の駅まで行くことにした。
目的は河川敷の写真を撮るため。
この日差しなら柔らかい日差しが川に当たって、キラキラと輝くからその風景を収めたいと少し前から思っていた。
今日は卒業式で写真係だった事もあって、自分のカメラを持っていたからちょうどよかった。
少し落ち込んでいた私の心はその偶然のお陰でちょっとだけ元気になった。
[続いては、
誕生日プレゼントで貰ったイヤホンの合間から聞こえるアナウンスの声。
私はイヤホンを取り、カバンの中にしまう。
電車が止まって扉が開き、パラパラと人が改札に向かっていく。
私は歩きながら友達とお揃いのケースに入ったパスカードを取り出し、ピッとかざし桜川畤に降りた。
久しぶりにここに来たな。
最近は色々思うことがあって、行こうという気になれなかった。
今日もそんな日だったけれど、この陽気が私をここに呼んでくれたんだろう。
きっと初春の陽気が気分転換しろと言ってくれているんだと思う。
私は駅から15分の河川敷に向かいつつ、コンビニであの人が好きだと言っていた紙パックのレモンティーを買った。
ペットボトルのもあったけど、紙パックの方が美味しく感じるのはきっと思い出のせい。
私は紙パックにストローを挿して、片手に持ちながら河川敷行った。
今の時間は昼でも夕方でもない中途半端な時間で、平日な事もあって河川敷には人が少なかった。
まばらにいる人たちは思い思いの時間を過ごして楽しんでいる様子。
そんな中、私は大きい橋の近くまで行くことにした。
あそこは時間が合えば路面電車が見えるから川の煌めきと電車を一緒に撮りたいと前々から思っていたからだ。
私は橋に向かう間、撮りたいと思った風景を収めながら歩いていると1人の男性がレジャーシートの上に座って何か大きめの声で喋ってることに気づいた。
私は少し遠くで耳を澄ましてみる。
「…メンの、…いかがですかー?」
何かを売っているっぽい感じで1人空に呼びかけている。
でも男性の周りには少し大きめのカバンが1つしか無い。
出店するにしても物が無かったら人は寄って来ないんじゃないのかな?
私の目的地の橋は、その人の向こう側にあるからあそこを通り過ぎないといけない。
その時に何を売ってるかだけでも横目で見ようかなと思いながら足を進めていると、だんだん男性の言葉がクリアになってきた。
全ての言葉を理解した時に私は若干その人に疑問を覚えた。
「イケメンの膝枕、いかがですかー?」
と、自信満々で呼びかけている。
顔は人の好みだからどうこう言わないけれど、なんで膝枕なの…?
膝枕屋さんなんか来たことないんだけど…。
私はその様子がじわじわと来て、その男性に気づかれないようフィルターを覗かずこっそり写真を1枚撮った。
写真を見返した時にこの日はこんな面白い人がいたことを思い出すためだ。
私がその人の前を通りかかろうと時、その男性が私に呼びかけた。
「そこのお嬢さん。膝枕はどう?」
私はこんな不思議な商売をしている人がどんな顔をしているのかちゃんと見たくなり、断る前提でその男性に顔を向ける。
見るとその男性は20代前半くらいで全体的に色素が薄く、栗色の髪の毛と琥珀色の瞳、少しそばかすがある整った顔立ち。
服はクリーム色で統一されていて、今にも風景に消えてしまいそうな雰囲気だった。
私「いえ、大丈夫です。」
お兄「じゃあモデル代くれる?」
私「え…?」
お兄「さっき僕の事、写真に撮ってたでしょ?」
お兄さんは片手でカメラのシャッターを押すような仕草をする。
私「あ…、すみません。消しますね。」
お兄「消さないでいいよ。消してもモデル代は払ってもらうから。」
こんな悪徳商法に出会ってしまうなら来なければよかったと後悔し始めると、お兄さんがふわふわと笑いながら選択肢を出してくる。
お兄「写真は好きにしていいよ。お嬢さんは、モデル代を払う?払わない?払いたくない?正直に言って。」
きっとここは現金なんだろうけど、私は今日どこにも出かける気が無かったのでお財布を家に置いてきた。
さっきコンビニで買ったレモンティーはパスカードのお金で買った。
払ってこの場から立ち去りたいけれど、払えるお金が無い。
私「…すみません。今、現金を持ち合わせてないので払えません。」
なるほどねぇ…、と笑顔のまま頷くお兄さん。
ここら辺の交番も知らないし、最悪な事に周りには人が誰1人としていない。
地面の一点を見つめながら1人で解決策を考えるが全く思いつかない。
お兄「じゃあモデル代を払わない代わりに、サクラになってよ。」
私「えっ…と、桜?」
お兄「サクラは花じゃなくて、集客の方のサクラね。膝枕しながらなんでも相談に乗ってあげるからここにおいで。」
と、お兄さんは話を決定事項にしてあぐらをかいている自分の脚をぽんぽんと叩く。
私「相談って言っても…、言うほどの悩みがないと言うか…。」
お兄「なんでもOK。とりあえず膝枕、膝枕!」
お兄さんの透き通るような白い肌の手が私に伸びる。
私「…分かりました。ほんの少しでいいですか?用事があるので…。」
お兄「君の相談事によるね。まあ明るいうちに終わるよ。」
と、お兄さんは呑気に笑顔を振りまきながら少し腰を上げて私の手を掴み、その手を引っ張ってレジャーシートの上に座らせた。
お兄「はい、いつでもどうぞ。」
と、お兄さんは腕を上げて私の頭が脚に置かれるのを待つ。
私は覚悟を決めてお兄さんの脚に体を預けた。
するとお兄さんは大きいカバンを漁り、薄い毛布を私のお腹から脚にかけて掛けてくれた。
私は毛布が春風に飛ばされないように手を置き抑える。
お兄「鼻毛見えるの恥ずかしいから、目元にこれをかけさせてもらうね。」
と言って、とても薄い目隠し用の布を掛けられた。
日差しの加減でお兄さんの顔が少し見えるのが少し気になる。
お兄「これでOK。君はどんな悩み事を抱えてるのかな?」
私はあまり時間をかけたくなかったので、適当に答える事にした。
私「そうですねー…。強いて言えば『可愛くなりたい』ですかね。」
お兄「そっかぁ。なんでそう思ったの?」
私「うーん…。」
可愛くなりたいというのは嘘ではない。
さっきあった卒業式に思ったこと。
私は委員会で一緒だった先輩に恋をしたらしい。
だけど、3年生だから受験で頭がいっぱいだろうと友達に言われて、先輩の受験が終わった所を見計らって告白した。
そしたら付き合う事になった。
けど、そのお付き合いは3週間程度しか続かなかった。
先輩は私の事をどうしても妹としてしか見れないらしい。
そう言われた時、私はそんなに悲しくなったり辛くなったりはしなかった。
きっとちゃんと恋はしていなかったんだろうと思う。
けれど私がもう少し大人っぽくなっていればその未来は変わっていたのかなと考えていたけど、違った。
それに気づいたのは、今日卒業式の写真を代表で撮っていた時に先輩の隣にいた前髪がくりんとしてふわふわとカールされてた黒髪ロングの女の先輩がこっそり手を繋いでいた所を見てしまったから。
その2人がいつから付き合っていたのかは分からない。
けど、私は帰り道一緒に帰ったりデートは行ったけど手を繋がれる事は無かった。
私の存在は先輩にとってどんな存在だったのかよく分からないけれど、きっと彼女として見ていなかったんだろうな。
今の先輩の彼女は、私と真反対な雰囲気だった。
私は色が抜けてしまって茶色味がかった前髪パッツンのショートボブ。
でも、この髪型はお父さんお母さん、友達からも似合ってると言われ続けていたからきっとこれが私なんだと思ってこの髪型にしていた。
先輩の彼女は少しラメが入ったアイシャドウをして、艶々のリップグロスをつけていた。
私はシンプルな方が似合ってると友達に言われて、まつ毛をビューラーで上げて色付きリップを塗る程度だった。
そういう私はみんなの『似合ってる』で作られている。
みんなに言われた事は“良い”って思って言ってくれている事だから拒否するものもったいないと思って全て受け入れてきた。
だから私の周りの物は友達とお揃いの物やオススメされた物で溢れている。
スクバについてるウサギのキーホルダーも、ペンケースも、ノートの冊子だってそう。
家にある本も、雑貨も、目覚まし時計だってオススメされたから持っている。
けど、最近自分が何者なんだろうと思い始めて来た。
子供の頃から親の話をしっかり聞いて言うことを聞いてきた。
この高校だって、親が私の偏差値を見て決めてくれた。
次に行く大学もお父さんとお母さんで私がいないのにもかかわらず、よく話し合っている。
少し違和感を感じても自分じゃない他人が見た“私”に似合っている物を教えてくれるんだから無下には出来ない。
だから私はそれを受け入れ続けてきた。
でも、先輩に告白する時も友達のゴーサインが無かったらしなかった。
私は少しいいなと思ってた程度で付き合いたいと言う強い願望は無かった。
それでも『好きなら付き合えた方がいいじゃん』と友達が言ってくれたから告白をして付き合える事になった。
でも、先輩から妹としてしか見れないと言われた時、私はなんでこの人とわざわざ付き合って勝手に自分が嫌な思いをするような事をしているんだろう、とふと疑問に思った。
その時、先輩の彼女を見てああいう可愛い人なら自信があって自分に迷う事なんかないのかなと思った。
だから、ふと頭に思ったのが可愛くなりたいだった。
私「…先輩の彼女が可愛かったからです。」
お兄「へぇ。その彼女さんはどんな人なの?」
私「印象は、キラキラふわふわクルクルって感じです。」
お兄「確かにその要素は可愛く感じるね。」
私「はい。」
お兄「その彼女さんの真似してみたらどう?」
私「うーん。でも、私っぽくないです。」
お兄「君らしいってどんな風だと君らしいの?」
お兄さんの言葉に私は言葉が詰まってしまった。
その沈黙をお兄さんは見逃してくれなかった。
お兄「自分らしいって思える時は、自分が選んだ道を素直に歩けた時だと思うんだ。
他人は横からたくさんいいアドバイスをくれるけど、その道を歩くのは自分だけなんだ。
だから、君が先輩の彼女さんの雰囲気が可愛くて良いなと思ったらやってみればいいよ。」
私「でも似合わなかったら?」
お兄「やってみて途中で似合わないな、自分らしくないなって思ったら、自分の好きなもので自分を固めるんだよ。
今日のメイクの色合いが好きだなとか、今日のファッションの組み合わせが好きだなとかね。
その好きをたくさん見つけて、自分の感覚で確認してこれをしている自分が好きと思えるならそれはもう自分らしさを手に入れられたってこと。」
私「…友達にこっちの方が似合うって言われたら?」
お兄「友達の似合うは友達感覚の君らしさだから、自分らしさの似合うとは別だよ。
君がそれを見て好きと思ったら、取り入れれば良いよ。」
私「なるほど…。」
私の周りにあるものは他人の好きが集められた物ばかりで心ときめくものは無かったなとふと思い返す。
お兄「君の好きが君らしさ。だから自分に自信を持って。」
布の向こうのお兄さんが布越しに私の目を見てきた。
私「…分かりました。ありがとうございます。」
と言って、私は起き上がった。
お兄「うん。それで君はこれからどうするの?」
これからの私…。
私「まずは髪の毛をロングにしてふわふわクルクルにしてみます。」
お兄「うん!良いね!きっとその頃には今以上に君は可愛くなれてるよ。」
お兄さんは今日の日差しのように温かい笑顔をしながらそう言ってくれた。
私「ありがとうございます。」
私は立ち上がってお礼を言い、サクラの役目を終えた。
その場を立ち去り、振り返るとお兄さんは私が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
その様子をまた写真に撮る。
今度は堂々とフィルターを覗きながらしっかりとブレないようシャッターを切る。
お兄さんはその様子を見て、さらに笑顔になって見送ってくれた。
私は家に帰る前に1つ、用事を増やす。
お母さんと私で今一緒に使ってるシャンプーを辞めて、ドラックストアで自分が好きな香りと自分の髪質に合いそうなシャンプーとリンスを見つける事にした。
そう思った時、少し心が踊った。
サクラ 環流 虹向 @arasujigram
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