Web小説は楽じゃない
高野ザンク
初心者から脱したい
声をかけられていることに気付かずに、お客さんに怒られてしまった。
「奥貫さん、最近ボーッとしすぎ」とフォローしてくれた同僚の木崎さんにも注意される。「すみません」と小声で返事をする。
完全に自分のミスなのに素直に謝れないのは彼が苦手なせいでもある。もう1年も一緒に働いているのに掴みどころがない。本屋で働いているんだから本好きなんだろうに、どんなジャンルが好きなのかもわからない。「まあ、色々ですよ」と仏頂面で言われてしまって以来、なんとなく聞くのも憚られる感じがしていた。
傍からボーッとしてみえるのは、このところ小説のことばかり考えているからだ。
私は「パンジィ☆ジャンプ」のペンネームを名乗り、Web小説サイト「カキミル」で小説を書いている。
カキミルでは今、3日にいっぺんお題が出て、それを3日で小説にして書く「KAKIまつり」というキャンペーンをやっていて、それに参加している私は自然と創作に頭を巡らせてしまうのだ。
お題に沿って書くのは大喜利っぽくて楽しいし、締切があるのはモチベーションになる。それまで登録だけして書くことを放置気味だった私は、これに参加することでWeb小説初心者を脱したいと思っている。
キャンペーン中、10個出るお題を全部書けばもらえる皆勤賞も同時に狙っているのだが、今回の『私と読者と仲間たち』というお題でつまづいてしまった。どうしたってWeb小説を書く自分とリンクするし、それを狙ってのお題なんだろうけど、まだまだ「読者」も「仲間たち」も少ない私には良い話が思い浮かばない。
悶々と悩んだ末に、他の人はどんなものを書いているかとカキミルを覗くと、リア友である
「むしゃむしゃNO COZY実篤」のペンネームを持つ彼女は、連載中の『おっさんに転生したらイケメンだらけのBLパラダイスで悶絶!!!』が大好評で、今朝公開されたばかりの第8話にもう200PVもついている。
いいなあ。
私のPVはどれも2ケタもいかない。一気に読んで、応援のハートと評価の星3つをつける。今回も抜群に面白い。
すごいなあ。
実子ちゃんにアドバイスが欲しくて、SNSでメッセージを送る。「なら、肉でも食うべ」という返事が来て、焼肉屋で相談することになった。
「全然読まれないんだよねえ。読んでもらえさえすれば高評価もらえるって、結構自信あるのにな」
ギアラを箸で弄んで訴えてみる。
「その気持ちわかる!でも甘い!とも言っておくね」
実子ちゃんがピシャリと諌めた。
「書き始めはそんなもんだよ。私だって『おっさん転生イケパラ』が注目されてようやく認知されてきたんだもん」
そう言って実子ちゃんは生ビールのジョッキをグイグイ飲み干す。その仕草は昔から変わらないけれど、なんだか得意げに見えたりもする。
「Web作家の先輩としてアドバイスするとねえ……ひとの評価なんて気にせずに書きたいもんを書きなさい、パンジィちゃんが面白いと思うもんを。そのうち趣味のあう人がポツポツ読んでくれるから」
小説の話になると、実子ちゃんは私をペンネームで呼ぶ。それは照れ臭くも、でもまあちょっと誇らしくもある。
「せっかく好きで書いてるんだから、好きに書けばいいのよ。何が足りないかなんて書いてるうちにわかってくるよ」
実子ちゃんは最初からBLもののコメディを書いていた。それが彼女の“好き”なんだろう。そして最初の頃の作品に比べたら、今のほうが断然面白くなった、というか、私にも理解しやすくなったと思う。
そういうものなのかな。もっとも、その感覚を掴めるのが「才能」って奴かもしれない。
「あと、ハートや星をくれた人は大切にすること。コメントまでくれたら絶対返事するべきだよ。自分の小説にコメントくれる人って貴重なんだからね」
噛み砕けないホルモンを持て余して怪訝な表情で語るむしゃむしゃNO COZY先生の言葉はひとつひとつありがたい。
帰りの電車でカキミルを見て、Web作家仲間のポゲムタさんと、めんそれんたるちゃんの新作を読んでハートを送っておく。みんなジャンルもキャリアも違うけど、それぞれの場所で頑張っている。私もめげずに何か書きたくなり、さっきのホルモンを頬張る実子ちゃんが面白かったので、それを題材にした短編をひとつ書いてアップしておいた。
朝起きると、自分の小説のPV数が増えていないか確認するのが最近の日課になってしまった。
実子ちゃんはああ言ったけど、今の私は1つでもPVが増えていることを期待してしまう。大抵はガッカリする結果なのに、今朝はめずらしくハートとコメントまでついていた。
つけてくれたのは「bohemiやん」さんで、初めて見る名前だった。どんな人かとプロフィールに飛ぶと、古典文学っぽい難しげなタイトルやあらすじが並んでいる。まだ10作品程度しかないから、私同様Web小説初心者なんだろう。
「『マルチョウを噛み潰したような顔』って面白いですね!今度どこかで使ってみます!」
私の考えたフレーズに共感してくれたのが嬉しい。bohemiやんさんの小説はどれもこれも私の趣味には合いそうになくて、読むのを躊躇してしまったが、コメントの返信だけはすぐにしておく。
「応援ありがとうございます!この感覚を理解していただけて嬉しいです!!ぜひぜひどこかで使ってみてください!!!」
実子ちゃんや馴染みの人からの星やハートも嬉しいけれど、こういう初めて触れ合うWeb作家さんからの反応は嬉しい。同志からエールをもらったような気がして、なんとか『私と読者と仲間たち』のお題を書き上げてやろうという意気込みがふつふつと湧き上がる。締切は明日のお昼まで。
その日も木崎さんと同じシフトだった。しかも第3レジという、一番大きな文芸レジの当番。
大きな文学賞が次々発表され、本屋大賞が決まるのも近いこの時期は、中規模書店でも結構な忙しさで、私は会計とカバー掛けと袋詰めを必死にこなした。その間も、例のお題が頭から離れない。午前中の波が引いたとき、私はまだアイディアが浮かばない苛立ちと、慌ただしさを乗り切った状態でいた。
だからきっとそういう表情をしていたんだろう。
「なんでそんなマルチョウを噛み潰したような顔してるんすか?」
木崎さんの口から発せられたはずなのに、私は一瞬なにがなんだかわからなくなった。でも確かにこの人は私のフレーズを言った。
「え?今なんて言いました?」
にわかに信じられず、一応確認してみる。
「聞こえてなかったらいいですよ。繰り返していうほどのことじゃないですから」
変なことを言ったと、顔を真っ赤にしながら彼が答える。
「マルチョウを噛み潰したような顔って言いましたよね」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですか!だって、あの、その……」
必死に弁解する木崎さんの慌てぶりが面白く、私は思わず吹き出してしまう。ニュアンスが伝わらないと思ったのか、彼は憮然としていたが、「いやいや、そうじゃない、間違いなく私には伝わっている、当たり前でしょ」と説明してあげたいけど、言わなかった。こんな身近に同志がいるなんてこと、今はまだ秘密だ。それに、小説の中じゃなくてリアルで使う気だったんだと思ったら、また笑いがこみ上げてきた。
「そのフレーズ、面白いですね!」
フォローするつもりの言葉が、自分でもびっくりするぐらいの大声になったので、木崎さんは訝しげに私の顔を見つめた。
自分の言葉を発してくれたときに気づいたことがあったので重ねて言う。
「木崎さんって、綺麗な声してますね」
私の言葉に彼はまた顔を赤くして目を逸らせた。掴みどころのなかった人との距離が一気に縮まった感じ。憂鬱だった時間もこれからは少し気楽に過ごせそうだ。それと今日帰ったら、ちゃんとbohemiやんさんの小説も読んでみようと思う。
そんなわけで、ようやく書けた私の『私と読者と仲間たち』の物語はこれで一旦おしまい。
そしてここからまた始まるのだ。
Web小説は楽じゃない 高野ザンク @zanqtakano
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