怪人ポエット
葛瀬 秋奈
絶対に「ポエマー」と呼んではいけない
机の上には、紙が一枚。
──
怪人ポエットただいま参上!
まずは最初のご挨拶
貴方は私のイマジナリー?
私も貴方も世界にひとり
鏡写しの貴方と私
わたしはあなたで
あなたもわたしで
誰が誰でも同じだって?
君と僕では全然違う
俺とお前は同じになれない
間違い探しで安心できない
違いを認めて仲良くしたい
私と僕では戦争でしょう?
二人で世界は回らない
ここに私の居場所はない
ホントの私はどこにもいない
ぐるぐる迷って出口は無い
くるりと回って一巡り
それでは始めに舞い戻り
スタート地点でやり直し
貴方の名前を聞かせてちょうだい?
──
ルーズリーフにボールペンで書き殴られたその文章はそこで終わっている。読み終えた私は眉を顰めた。
「なんですか、これ」
ほとんど怪文書だが、恐らく本人はポエムのつもりなのだろう。確かに韻を踏んではいる。
問題は、何故こんなものを私が読まされているのか、だ。
「今日、部室に来たらドアに挟まってたんだよね。もしかしたら部員のかもって思ってここに置いてたんだけど。金子さんは詩も書くでしょ。心当たりない?」
文芸部副部長の小野先輩が肩を竦める。
「知りませんよ。どうみても原稿じゃないし」
「下書きかもしれないだろ」
「だいたい、なんで今日は田神先輩いないんですか。原稿見てもらいたかったのに」
「田神部長は実家の用事で早退しました。残念だったね」
「そんなぁ」
私は肩を落とした。
「僕や他の部員たちじゃ駄目なの?」
「田神先輩が一番的確なので……他の皆さんには完成してから見せようかと」
「俺、ネコさんの読みたいんだけど」
「一条先輩は自分の原稿をさっさと終わらせてください。このままじゃ卒業までに連載完結しませんよ」
「ホントにな。金子さんはまだ一年生だし、焦らなくていいからね」
「はい。用事がなくなったので今日は早めに失礼しますね」
部室のドアをしっかり閉めたことを確認し、私は走り出した。
先輩たちの前ではああ言ったが、実はあの文章に心当たりがあった。というよりも、「怪人ポエット」というのは私が昔ノートに書いていた小説のキャラクターなのだ。
つまりあれを書いたのは私の小説の読者ということになるが、そのノートは誰にも見せたことがない。だって未完結だし。きちんと形になってないものを他人に見られたくない。
今はそのノートをアイデア帳として使っているから教室のカバンの中にあるはず。すみやかに、可及的速やかに所在を確認しなければ。
「やあやあ、どちらへお急ぎで?」
下駄箱に向かう途中の廊下で、不審者に会った。赤い仮面に黒いマント、不審者としか言いようがない。
長いおさげ髪で女子制服を着ているから女子だと思うが、恥ずかしくないのだろうか。
「誰?」
「私の名は怪人ポエット!」
「いや、それ架空の人物だし」
自信満々に名乗る姿に思わずツッコんでしまった。しまったと思ったが時既に遅し。自称怪人は嬉しそうにこちらを見ている。
「やはり、あなたが作者様!」
「だからあなたは誰なのよ?」
「私、あなたに出会えたら、渡したいものがあったんです」
「会話をして」
「どうぞ、新作です!」
強引に手の中にねじ込まれたのは、先程見たのと同じ、一枚のルーズリーフ。違っていたのは、書かれた内容。
「これって……」
──
今こそ感謝を捧げよう
あなたの咲かせた心の花を
返礼無用!
お義理は結構!
ありがたいのは本気の講評
外野の陰口ノーセンキュー
欲しかったのはあなたの笑顔
強気でいきなよ応援してる!
──
やっぱり怪文書じゃないか。顔をあげると怪人ポエットを名乗る謎の女子はいなくなっていた。
気配を悟られず足音も立てずに去るあたりは本物の怪人ぽい。ちょっと悔しい。
「……結局聞けてないじゃん、名前」
怪人ポエット 葛瀬 秋奈 @4696cat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます