千歳くんは応援したい

天雪桃那花

クラスの男子に見られた!

私の初読者は、初恋の彼!

 隣りの席の千歳くんに見られたっ!


 きゃーっ!

 きゃーっ!

 恥ずかしいっ。

 恥ずかしいっ!


 漫画のヒロインのイラスト、見られちゃったよ〜。


 学校の休み時間、わたしはこそこそと誰にも見られないように、大好きな少女漫画雑誌のヒロインを自由帳に書いていたの。


 わたしが描いた絵の見た目は、きっと周りの人にはそれはただの落書き程度のレベル。

 だけど、自分では描くごとに上手くなってるって気になっていた。

 好きな漫画の登場人物を描くのが大好き。

 マンガ本とにらめっこしながら、毎日描いてる。

 上手いか、下手かって?

 うーん、元々がすごく下手くそなトコから始まっているので、その絵が何のキャラクターかって判別出来る程度のレベルだと思ってもらえれば良いかな。


 この時の私、小学生だし。


 まぁ、上達したってわたしなんか何の才能もないし、先はたかが知れてる。

 小学五年生にして、わたしは自分が天才ではないことも、モテまくりのイケてる女子でもなく、なんでも出来たりする器用で特別な人間でないことは重々分かっていた。


 でも千歳くんは、そんなわたしの絵を見てもからかわなかった。

 それどころか……。


「姫川って絵上手いんだな。ねぇ、漫画にして僕に見せてよ」

「――えっ?」


 え――っ!?

 え――――っ!?

 そんな困る、困る。

 だって無理。無理だよ〜。


 ……実は何を隠そう、わたし、姫川柚葉ひめかわゆずは飛竜千歳ひりゅうちとせくんのことが好きなのだ。

 初めての恋をしている相手に、わたしなどの拙いイラストを見せられるだろうか。

 得意げに自慢げにするほどの画力はないのだ。


「え、えーっと」

「うち、お姉ちゃんがいるんだけど、僕さ、お姉ちゃんの持ってる漫画をよく借りるんだよね。――姫川にだけ言う。内緒だよ? 今ではすっかり少女漫画ファンなんだ。姫川の絵って素敵だから読んでみたいなって。そんなにキラキラしてる絵、姫川、話にしてみたら楽しい漫画になりそうだよ」

「わ、わたし、物語なんて書いたことないから……」

「描けるよ、姫川なら」


 一度は断ったわたしだけど、結局は描くことに決めた。ドキドキしながら漫画を描いて究極恥ずかしくて仕方がなくて、でも千歳くんだけに読んでもらった。

 そこは純粋に、わたしの物語でわたしの描いた絵の漫画で千歳くんを喜ばせたい――という、ただその一心だけだった。

 だって描くことを断った時の千歳くんの顔があまりにも哀しそうに見えたから。

 好きな人のそんな表情を見るのは、胸がズキリとして辛かった。

 

 わたしは毎日少しずつ描いては、隣の席の千歳くんに読んでもらっていた。

 学校での勉強や宿題や習いごとの合間にちょっとずつだ。夢中になって描いた数ページは気づけば自由帳を一冊埋めて紙が終わっていた。


「賞に出してみたら?」


 それは甘やかなささやきに聴こえた。千歳くんは褒め上手だ。

 すっかりその気になってわたしは少女漫画雑誌のまんがスクールに投稿することに決めた。

 漫画を描く勉強を意識的にするようになって、漫画の描き方の本を買ったり、風景を描きに公園に行ったりもした。

 千歳くんはわたしの家に遊びに来るようになった。

 学校で漫画を読んでもらうのには周りの目があって私が嫌だなと思っていたのを感じ取ってくれたみたいだ。

 千歳くんの家にも遊びに行くようになった。

 何度か遊びに行くうちに、わたしは千歳くんの一つ年上のお姉ちゃんの菜結なゆちゃんとも仲良くなった。


 いくつも作品を仕上げても、出しても出しても賞は獲れなかった。それでも、わたしは諦めなかった。


 夏休みには千歳くんと菜結ちゃんに付き合ってもらって、プロの漫画家さんの作家展に行ったりして、勉強のつもりで本物の生の原稿を見た。

 その迫力に圧倒された。



 三年の月日が経ってわたしは中学ニ年生になっても、漫画家への夢は諦めることが出来なかった。

 やめずに続けられたのは、応援してくれる千歳くんがいるから。作品を初めに見てくれる人は変わらない。ずっと千歳くんだった。

 それともう一つ――。

 私の創作活動に仲間が加わったの。

 千歳くんのお姉ちゃんの菜結ちゃんも一緒に漫画を描きたいって言ってくれた。

 菜結ちゃんはわたしよりお話作りが上手だ。構成力、断片的なアイディアや胸キュンキュンな場面シーンやシチュエーションを二人でああでもないこうでもないって出し合うと、それを上手に一つの物語に繋ぎ合わせようとしてくれるんだ。


 ある日、わたしは漫画のネーム(漫画のコマ割りやセリフとかキャラの構図や配置などを簡単に描いたもの)、作品を仕上げるために必要な設計図みたいなものを描いたノートを学校で落としてしまった。

 大事な大事なアイディアノート!

 菜結ちゃんと意見を出し合って作り上げた大事なものだったのに。


 昇降口で、待ち合わせていた千歳くんのお姉ちゃんの菜結ちゃんがやって来た。


「ごめんなさいっ!」


 わたしは菜結ちゃんに事情を話して心をこめて謝った。菜結ちゃんは怒らず、優しくわたしの頭を撫でてくれた。


「とりあえず一緒に探してみようか? 千歳にも手伝わせよう。失くなっても、アイディアは頭の中にあるから、また描けば良いよ」

「ありがとう。本当にごめんなさい」


 千歳くんも一緒に学校内を探してくれた。誰かにノートを拾われ見られてしまうのも恥ずかしい。

 ……ノートにはいつもの癖で、バッチリ私の名前を書いてある。


「姫川、落としたのは学校のなかとは限らないかも」

「……千歳くん。わたし、いつでも菜結ちゃんと話せるように毎日持って来てるんだ。しかも、お昼休みに確認ずみで」

「……お昼まではあったんだね。柚葉ゆずはちゃんは今日は校内のどこに行ったのかな?」


 うーん。わたしは今日一日の行動を思い出していた。

 授業は国語に数学、理科と家庭科、体育館で体育……があったよね。


「今日、体育あったけど。姫川、移動したのは体育の時だけか?」

「うん。体育の時はたぶん手ぶらだったと思う」


 千歳くんとは今年もクラスが一緒だから、話が分かりやすくて助かる。


「姉ちゃん、僕は姫川と教室を見てくるよ」

「じゃあ、私は念のため体育館の方を見てみるよ」

「お願いします」


 わたし達は散り散りになって、ネームノートを探しに行こうと廊下を歩き出した。

 ――その時だった。


柚葉ゆずはちゃん、コレ」

「えっ?」


 わたしが振り返るとクラスで仲良しの我妻あがつまさんが立っていた。

 我妻さんの手にはわたしのネームノートらしきものが。


「昼休みに教室に落ちてたの。ごめん、すぐ返そうと思ったのに、あまりにも面白くて」

「ははは、読んじゃった?」

「うん、ごめん」

「ううん、拾ってくれてありがとう」


 我妻さんからノートを受け取ろうとしたら、わたしは彼女にガシッと手を掴まれた。


「えっ?」

「あ、あのっ! 私も仲間に入れて! 前から漫画を描いてみたいって思ってたんだ」


 わたし達は我妻さんからのお願いにびっくりしてたんだけど。


「良いんじゃない? ねぇ、姫川、姉ちゃん」

「あぁ、うん。もちろん私は良いよ。ねっ? 柚葉ちゃんも良いよね」

「う、うん。もちろん」

「なぁに、泣いてんだよ?」

「グスン……。だって我妻さんはわたし達の漫画が面白いって。仲間に入りたいって」


 わたしと菜結ちゃんの漫画は賞なんてすごいものを獲ったことない。それでも面白いって言ってくれる人がいた。


「僕だって面白いと思ってるし、伝えてるのに」

「千歳は身内びいきに聞こえるんだよ」

「そ、そんな。千歳くんの応援も感想もわたし嬉しいよ。我妻さん、わたし達と一緒にやる? 漫画描く?」

「良いのっ? もちろん」


 笑顔になったわたしの頭を千歳くんがくしゃくしゃっと撫でた。


「良かったな。姫川の描く漫画はいつだって応援してるよ。どの作品も初めの読者は僕だからね。約束して」


 ち、近いよ、千歳くん。

 わたしは距離の近い千歳くんにドキドキしてる。

 ふと思った。

 今度こういう胸が高鳴る場面を表現出来たら良いな。


 わたしはまだまだ夢半ば、叶えるために歩き出したばかり。道の途中では辛くて泣きたくて諦めたくなるかもしれない。

 だけど、一緒に頑張る仲間が出来たし。

 千歳くんが読者になって応援してくれる。たった一人の読者だけど、私にとっては百人力だ。


 いつか、夢は叶えられるって、そう信じたって良いよね。

 そう、いつかきっと。



     おしまい♪



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