バーチャル村の出来事

向日葵椎

私と読者と仲間たち

 ネット上、バーチャル空間にとある村があった。

 これはその村で起きた一つの出来事と、その出来事について私が経験したことを記録したものである。


 東京都内には数か所、文士村ぶんしむらと呼ばれる地域がある。呼称の由来は大正から昭和の時代にその地域で多くの作家や芸術家が暮らしていたためだ。余談として私の生身の肉体もその地域の片隅に転がっているが、今回はバーチャル空間での話だ。

 そして現在、バーチャル空間の世界にも詩や小説と関係の深い村があった。そこは村の運営者の他に、小説や詩を書く者と、そこで生まれたものを読む者、その両方である者によって日々賑わいを見せている。この村で何かを書く者は、作家でなくてもよく、読む者も評論家でなくてもよく、どこに住んでいようがそのとき肉体がどこにあろうが――しいて言うなればネットに繋がりさえすれば――問題ない。村の出入りもいつでもできるので、とにかく自由である。


 前置きはここまでとして、いよいよ事の始まりになる。

 その日、私は村にある自分の家の前に新作を並べていた。このバーチャル村では自分の家の前に作品を並べておけるのだ。そうすると家の前を通りかかった人が手に取ってくれたり、新作の知らせを聞いてきた人が読んでくれたりする。また余談だが、この村にある家は作業部屋として自由に使えて、なんと家賃がかからない。

 すると物書き仲間の朗月郎ろうげつろうがやってきて片手をヒョイと上げた。

「どうだい君、やってるかい」

「やってるかいって、新作の知らせで来たんじゃないのか」

「違うよ。ちょっと頼みがあってさ、散歩のついでに寄ったんだ」

「また読んでほしいものがあるってところだろう」

「いや違う。あるお題で小説を書いてもらいたいんだ。文字数は問わない。今散歩しながら他の仲間にも声かけて回ってるんだ」

「簡単に言ってくれるなよ。他に書くものもあるんだから。どうして君はそんなことしてるんだ」

「僕の読者が困ってるんだ。それも現実で知り合いだから力になりたい」

「参加しない。私には関係ないだろう。でも小説で助かるってのはどういうことだ」

「この前病気でしばらく入院することになったと連絡があってね。命に別状はないんだけど気が塞いでしまいそうなんだと」

「それは残念だけどどうしようかな。書店で買えばいいんじゃないか」

「この薄情者! 三文さんもんクソ文士!」

「ひどい言いようだな。三文も稼げるなら今の私よりすごいぞ」

「それは言えてる。でも頼むよ。僕はそんなに本を買う余裕もない。一言くれるだけでもいいからさ」

「じゃあ一言だけなら」

「助かるよ! いつもの広場に小説募集出しておいたからきっと送ってくれよ」

 それから朗月郎と別れた後、私は広場へ向かった。

 広場は村の中心にあり、そこの掲示板には村民たちの小説募集がいつもビッシリと張ってある。この村全体の作品量は膨大であり、また、いろいろな物書きがそれぞれの書き方で作品を生み出しているため、効率的に好みの作品を見つけるための方法の一つとしてこのような募集があるのである。

 朗月朗の募集はすぐに見つかった。

『読むと元気が出る小説や詩の募集』

 詳細の部分を読んでみると、締切や文字数についての記載はあったがそれ以外に目立った指定はなく、それから病気の読者がいるということについては触れられていなかった。あまり騒ぎ立てないための朗月郎の気遣いなのかもしれない。

 そして私は家へ戻った後、当たり障りのない一言を書いて送った。


 *


 締切の少し前に広場へ行って、集まった作品を見ることにした。

 募集要項での指定の少なさから想像していた通り、幅の広いものが集まっている。いくつか読んであらすじや感想を書いておく。


〈宇宙人劇場〉

 ワープ飛行に失敗した宇宙人が地球にやってきて、故郷へ帰るため大学生の姿でワープ装置の開発を目指しながら生活することになる短編小説。地球の文化にビックリしたり同じ大学の女の子に恋をしてしまったりという宇宙人の姿が楽しく、応援したくなるとともに元気が出る。

〈にゃんだふる・イズ・ダンサー〉

 全文猫語の詩だった。可愛くて元気が出る。ただ人間には少し早い。

〈マスク〉

 マスクの集団が一人ずつ自分の「好き」について語る。様々な視点で「好き」が掘り下げられていく面白さがあり、自分の「好き」に自信が持てるような元気が湧いてくる短編小説。


 まだまだあるが時間の都合でこれくらいにしようと思った。

 ふと朗月郎の募集の面白い点に気づく。募集タイトルには「読むと元気が出る」とあるが、「誰が」とは書いていなかった。だからこれはそれぞれの作者が特定の「読者」を想定して書いたものかもしれないし、それが「作者自身」であることも考えられる。私は事前に決めていたので当たり障りのない一言となっているが――

 朗月郎は何を書いたのだろう? 疑問が浮かんだ。あれだけ皆に書くように言うのだから自分も書いたはずだ。知り合いの「読者」へ向けた何かを。

 朗月郎の名前を探す。探す。探す。

 ――あった。


〈仲間たちのゲンキ〉

 病が突然発覚して入院することになった男は、気持ちが塞ぎそうでどうしたらいいのかわからなくなった。そんなとき見舞いにやって来る同じ村出身の仲間たちそれぞれからゲンキの出る話を聞いてみようと思い立つが、その行動や仲間との会話によって男に元気が出てくる姿が描かれている短編だった。特に仲間の三文クソ文士をなんとか説得したところは男の喜びが爆発していて最高に元気が出る。

 きっと「読者」であれば。


 知り合いの「読者」を励ますためにあえて事実に近いものを書いただけだろうか。それとも現実の朗月郎は入院しているのだろうか。朗月郎の小説のどこまでが本当なのかはわからないが、私は締切までにもう一つだけ当たり障りのないものではなく「読者が元気になるもの」ものを送ろうと思う。

 その「読者」が誰になるのかは、読んでからのお楽しみだろう。

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バーチャル村の出来事 向日葵椎 @hima_see

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