鳥、参戦す
ラ国を支配下に置き、以前に比べ俄然大きく強くなったイ国は、いよいよヤ国に戦争を仕掛けた。
ヤ国は大きな国なので、これを支配下に置けば、イ国は蟹社会を征服したも同然となる。しかし、ヤ国に住む蟹は数が多いので、ラ国を併合するときほど楽な戦争とはならなかった。
最初はイ国が優勢であった。ところが、ヤ国がヤ族以外の蟹、すなわちユタカニ、オオマカニ、ホノカニ、ハルカニ、バカニ、ニワカニ、ノドカニ、ホカホカニ、ヤブサカニ、ユウガニ、カスカニ、スカスカニ、ワズカニ、シズカニを仲間に加えたことでイ国とヤ国はほぼ互角となり、戦争は長期化した。イ国も負けじと、オゴソカニ、オロソカニ、ヒソカニからなるソ族を仲間に入れて応戦したが、戦況にさしたる変化はなかった。
ただし、戦争は蟹たちに利益を
そういうわけで、ヤ国の存亡を揺るがすこととなる直接の原因は、戦争そのものではなかったのである。ヤ国を滅亡にまで追い込んだのは、戦争に乗じて現れた第三勢力にほかならなかった。
その第三勢力は、意外なことに、海外からやってきた(海外といっても、外国のことではない。海に住まう者たちにとって、海外とは文字通り「海の外」のことであり、つまりは陸や空のことを意味する)。
ヤ国を滅ぼしたのは、蟹を水揚げすることを天空から
鳥貴族はトットリという地域に住んでおり、ふだんはラッキョウや二十世紀梨を食べて暮らしているのだが、無性にシーフードが食べたくなることがあり、しばしば魚や蟹を求めて海に繰り出していたのだ。
鳥貴族をまとめるリーダーは、いつも天下を取ることばかり考えているテンカトリという名の鳥である。テンカトリの的確な指導によって、鳥貴族の連中は、まずイ国を壊滅させることに成功した。
実はイ国には、第三勢力から送り込まれたスパイが密かに紛れ込んでいた。ヒソカニこそ、鳥貴族からのスパイだったのである。ヒソカニの正体はハットリという名の鳥であった。
ハットリは「忍者ハットリくん」として名を轟かせるほどの凄腕の忍者である。それゆえ、ハットリは鳥でありながら
ハットリの暗躍が効果を発揮し、イ国にいた蟹のほとんどはあれよあれよというまに鳥に捕獲され、水揚げされた。水揚げされた蟹は、舵取りが得意なカジトリという鳥が船長を務める船に積まれていった。
こうして、イ国に残されたのは上層部の蟹だけとなった。
イ国の王であるイカニは頭を抱えた。「いかにしてこの危機を脱すればよいだろう」
「われわれだけで何とかするしかなかろう」シハイカニは言った。「幸い、忍者ハットリを捕虜にすることに成功した。ハットリをうまく使えば、逆転もありうる」
「いや、駄目だ。そいつは捕まえたときはハットリかと思ったのだが、よく見てみるとオトリという名の
「何と言うことだ。貴様、ただのオトリだったのか。騙したな」シハイカニは激高し、オトリの首を鋏でちょん切った。「捕虜が役立たずだったのは残念だ。しかし、幸いなことに、上層部の蟹はいずれも水揚げされずに済んでいる。上層部の蟹の力を結集すれば、まだ、何とかなるはずだ」
「いや、それがそうでもないのだ」イカニは弱りきった顔で言った。「見てみろ。ここには私とコワイカニとシハイカニしかいない」
「馬鹿な」シハイカニは周囲を見渡した。「他の蟹はなぜここにいない。外国産の蟹たちはどうした。そうだ、ジャマイカニやドミニカニのことだ。あいつらはどこへ行ったのだ」
「此は如何に!」コワイカニがここぞとばかりに叫んだ。「奴らはなぜここにいないのだ」
「実は、ジャマイカニはジャマイカに、ドミニカニはドミニカに帰国してしまったようなのだ」
「なんということだ。わざわざ外国から取り寄せて仲間に加えたというのに。仕方ない。こうなれば地方産の蟹に頼るほかあるまい。シズオカニ、フクオカニ、オオサカニ、モリオカニ。お前たちの力を貸してくれ。それから、どこかしらで仲間にしたドコカニとドッカニ、お前たちの力もだ」
「駄目だ。奴らもそれぞれ故郷に帰ってしまった。シズオカニは静岡に、フクオカニは福岡に、オオサカニは大阪に、モリオカニは盛岡に帰郷したらしい。挙句の果てには、ドコカニはどこかに、ドッカニはどっかに行ってしまう始末だ」
「くそっ。奴らめ、肝心なときに逃げ出しおって」シハイカニは顔を真っ赤にして激怒した。
「これこれ。あんまり怒りすぎるのは身体によくないぞ、シハイカニよ」と言ってイカニは
だが、いかにイカニといえども、三匹だけでヤ国や鳥と戦うことはもはやできないと判断せざるを得なかった。それゆえイカニは、ヤ国に降伏したうえで、鳥と戦ってイ族を助けてくれるようヤ国に頼むことにした。屈辱的な選択ではあったが、選択肢はほかにない。
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